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【秦末興亡記】 ~始皇帝の子に転生した公子は、乱世を生き抜く~  作者: 越後⭐︎ドラゴン
第2章 秦の栄光と崩壊編

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第58話 逆賊

 翌朝、俺は蒙恬(もうてん)とともに全軍の将校を集めた。


 二通の勅について、すべてを明かすつもりはない。とりわけ俺の出生に関する話は、この場で無闇に広げれば軍そのものを揺らしかねなかったが、今後どう動くのかだけは、兵を率いる者たちへ明確に示しておく必要があった。


「俺は咸陽(かんよう)へ向かう。陛下の前で、この勅が本当に御自身の意思によるものなのか、それを直接確かめる」


 将校たちの間に小さなざわめきが広がった。


 もちろん、俺はおそらく母上がすでに生きていないことを知っている。前世で知る歴史では、始皇帝は巡幸の途中、沙丘(さきゅう)で崩御し、趙高(ちょうこう)たちはその死を隠したまま遺詔を書き換えた。


 だから、これは母上に会えると信じての行軍ではない。


 母上が最期に何を望み、誰がその意思を奪ったのか。その真実を確かめるために、俺は咸陽(かんよう)へ行く。


「ただし、三十万すべては連れていかない」


 俺は卓上の地図を広げ、北辺と咸陽(かんよう)を結ぶ街道へ指を滑らせた。


「匈奴がいる以上、長城を空にするわけにはいかない。十万を北辺の守備に残し、残る二十万で南下する。こちらが動いた隙に匈奴が入れば、何のためにこれまで北を守ってきたのか分からなくなるからな」


 蒙恬(もうてん)も頷き、守備に残す部隊と指揮官について説明を加えた。


「南下する二十万についても、勝手な徴発や略奪は一切禁じます。我らは都を奪うために進むのではなく、陛下の御意思を確かめるために向かうのです。民から奪えば、その瞬間に我ら自身が逆賊の名を証明することになります」


 将校たちは互いに顔を見合わせた。


 二十万という兵数は、帰還と呼ぶにはあまりにも大きい。咸陽(かんよう)から見れば、北辺の大軍が都へ向かってくることになる以上、こちらが何を主張しても警戒されるのは避けられない。


 それでも、やがて一人の将校が膝をついた。


「公子扶蘇(ふそ)様に従います」


 その声をきっかけに、ほかの将校たちも続いた。


「私も参ります」


「陛下の御意思を確かめぬまま、公子扶蘇(ふそ)様を死なせることなどできませぬ」


 次々に頭を下げる者たちを見ながら、俺は胸の奥へ重いものが沈んでいくのを感じていた。


 この二十万を動かした時点で、もう簡単には後戻りできない。



 同じ頃、趙高(ちょうこう)は始皇帝の亡骸とともに咸陽(かんよう)へ戻っていた。


 そこで初めて崩御は正式に公表され、都には哭声が満ちた。天下を統一し、王より上の称号として皇帝を名乗った始皇帝の死は、官吏や商人、旅人の口を通じて、関中全体へ急速に広がっていく。


 同時に、後継者についても発表された。


 始皇帝が最後に選んだのは末子の胡亥(こがい)であり、遺詔に基づいて皇位を継ぐ。


 それが朝廷の公式な説明だった。


 本物の遺詔に扶蘇(ふそ)の名があったことを知る者は、極めて少ない。趙高(ちょうこう)李斯(りし)が新たに整えた詔は、皇帝の璽を備えた正式な文書として官僚機構へ流れ、その時点で多くの者にとっては疑う理由のない事実になった。


 そして趙高(ちょうこう)は、もう一つの情報も外へ放った。


 これまで誰にも口外せず、自分だけが握ってきた血の秘密である。


 公子扶蘇(ふそ)の父は呂不韋(りょふい)


 さらに始皇帝自身の実父も呂不韋(りょふい)であり、ゆえに扶蘇(ふそ)は始皇帝と、その実父との間に生まれた子だという話だった。


 最初は宮中の一部で囁かれた噂にすぎなかった。


 だが、それに「始皇帝は生前から事実を知っていた」「だからこそ扶蘇(ふそ)を後継者とせず、最後に自害を命じた」という説明まで添えられると、話は急速に形を持ち始めた。


 真実の中へ一つだけ大きな嘘を混ぜる。


 始皇帝が最後には扶蘇(ふそ)を選んだという一点だけを消せば、残りの事実はすべて扶蘇(ふそ)を否定する材料に変わった。



 俺たちが北辺を出て数日後、始皇帝崩御の知らせが軍へ届いた。


 正式な使者ではなく、街道沿いの宿場や商人たちから流れてきた話だったが、いくつもの経路から同じ内容が届けば、疑いようはない。


「陛下が……崩御なされたそうです」


 報告した蒙凛(もうりん)の声には、まだ信じられないという響きが残っていた。


 俺はしばらく何も言えなかった。


 知っていたはずだった。


 この時期に母上が死ぬことも、その死が隠され、やがて公になることも、前世の知識として覚えていた。


 それでも、知識の中にあった死と、自分の母親が本当にいなくなったという事実はまるで違った。


 もう本人へ確かめることはできない。


 あの二通の勅をどう思っていたのか。


 俺の出生をいつ知り、それでも俺をどのように見ていたのか。


 最後に何を残したのか。


 聞きたかったことは、すべて答えのない問いになった。


「扶蘇様」


 隣にいた蒙恬(もうてん)が静かに声をかける。


「……大丈夫だ」


 そう答えたものの、自分でも大丈夫ではないことくらい分かっていた。


 ただ、立ち止まれば何も分からないまま終わる。


「進もう。母上が最後に何を残したのか、それだけは確かめたい」


 蒙恬(もうてん)は何も言わず、深く頷いた。



 南へ進むほど、異変ははっきりしてきた。


 最初に現れたのは補給への非協力だった。


 本来なら、秦軍が街道を通過する際には各県が定められた量の兵糧や飼料を用意する。北辺の二十万が移動するとなれば、事前に必要量を知らせ、沿道の郡県から順次補給を受けるのが当然だった。


 ところが、ある県へ到着しても倉は開かなかった。


「郡から、公子扶蘇(ふそ)様の軍へ物資を渡してはならぬとの命が届いております」


 県令は青い顔でそう答えた。


「我らはつい先日まで、北辺で匈奴を抑えていた秦軍だぞ」


 将校の一人が詰め寄ったが、県令はただ頭を下げるばかりだった。


「承知しております。しかし現在、朝廷からは公子扶蘇(ふそ)様を逆賊として扱うよう命じられておりますゆえ……」


 俺はその言葉を聞き、嫌な予感を覚えた。


「ほかにも何か届いているな」


 県令の表情が固まる。


「言え。ここでお前を責めるつもりはない」


「……公子扶蘇(ふそ)様の御出生についても、都より触れが回っております」


 それだけで十分だった。


 趙高(ちょうこう)が、血の秘密まで使ったのだ。



 噂は軍よりも速く街道を走った。


 村へ近づけば、それまで外にいた人々が家へ入り、戸を閉ざす。井戸の脇で水を汲んでいた女が子供を抱えて家へ戻り、商人に金を払って兵糧を買おうとしても、朝廷から禁じられていると断られることが増えていった。


 誰も石を投げてくるわけではない。


 罵声を浴びせてくる者も、ほとんどいない。


 ただ、こちらを見ない。


 関わらない。


 それがかえって堪えた。


 以前なら北辺から来た兵を見て、匈奴を退けた秦軍だと声をかけてくれた者もいた。それが今では、俺の姿を見た瞬間に視線を逸らす。


 母と、その父との間に生まれた子。


 嬴氏の血を穢す公子。


 始皇帝から死を命じられ、それでも二十万を率いて都へ迫る逆賊。


 関中の民から見れば、俺はそういう存在になっていた。


 第二の勅を聞いた時ほど、自分自身を見失いはしなかった。


 それでも、会ったこともない大勢の人間が、俺が何をしてきたのかではなく、生まれだけを理由に距離を置いている。その事実は、少しずつ胸の奥へ重なっていった。



 当然、その噂は軍の中にも入ってきた。


 兵たちの間では、始皇帝の遺詔は本当に胡亥(こがい)を選んだものではないか、俺たちは皇帝の命令に逆らっているのではないかという話が囁かれるようになった。


「本当に公子扶蘇(ふそ)様は、呂不韋(りょふい)の……」


「声を落とせ。聞かれたいのか」


「だが、都から正式に触れが出たというぞ」


「なら俺たちは、何のために咸陽(かんよう)へ向かっているんだ」


 最初は小さな声だった。


 だが兵糧が減り、沿道の民から避けられ、朝廷から逆賊として扱われ続ければ、不安は消えない。


 夜のうちに姿を消す兵も出始めた。


 最初は数人だったものが、数日後には一晩で数十人になることもあった。二十万という大軍から見れば僅かな数だが、問題なのは脱走者の多さではない。


 兵が、自分たちは本当に正しい側にいるのかと疑い始めていることだった。


 敵の強さを恐れているなら、将は戦い方を示せる。


 だが、自分が持つ槍をどちらへ向けるべきなのか分からなくなった兵をまとめるのは、それよりはるかに難しい。



 蒙恬(もうてん)は、その日の夕刻に全将校を集めた。


 俺には何も告げず、蒙恬(もうてん)自身の判断で開いた会合だった。


「皆に聞きたいことがあります」


 集まった将校たちを前に、蒙恬(もうてん)は静かに話し始めた。


「都から届いた布告には、公子扶蘇(ふそ)様の御出生について様々なことが書かれております。兵の間にも噂が広がっていることは、私も承知しています」


 将校たちの顔に緊張が浮かぶ。


 蒙恬(もうてん)は、それを責めなかった。


「だからこそ、あなた方自身が見てきたものを思い出していただきたいのです。楚で我らが退路を断たれ、全滅しかけた時、命令もないのに僅かな兵を率いて救援に来られたのは誰でしたか」


 その場には、あの戦いを経験した者も少なくなかった。


「魏では、水攻めを急げば戦を早く終わらせられると分かっていながら、民が逃げる時間を作ろうとなされた。北辺へ来られてからも、兵糧や冬衣、人夫の扱いまで何度も確かめられた。私は赤子の頃から公子扶蘇(ふそ)様を知っておりますが、皆もまた、それぞれの場所であの御方を見てきたはずです」


 一人の将校が口を開いた。


「ですが将軍。朝廷は、公子扶蘇(ふそ)様を逆賊と定めております」


「ええ」


 蒙恬(もうてん)は否定しなかった。


「だから私も、朝廷の布告を忘れろとは申しません。御出生についての噂が偽りだとも申しません。私にも、すべての真実は分かりませんから」


 そこで一度、集まった者たちを見渡す。


「ただ、あなた方がこれまで自分の目で見てきた公子扶蘇(ふそ)様と、都から届いた布告の文字。そのどちらを信じて行動するかは、自分で決めてください」


 沈黙が続いた。


 やがて、年嵩の将校が立ち上がった。


「私は楚で、公子扶蘇(ふそ)様に命を救われました」


 別の者も続いた。


「北辺では、公子扶蘇(ふそ)様自身が兵と同じ食事を口にされていた。生まれがどうであろうと、私が見たことは変わりませぬ」


「血で戦うわけではない。我らが従ってきたのは、公子扶蘇(ふそ)様御自身です」


 声は少しずつ増えた。


 最後には、その場にいた将校の大半が膝をついた。


「我らは、公子扶蘇(ふそ)様に従います」


 蒙恬(もうてん)は深く頷いた。


「ならば兵たちにも、同じように話してください。噂を否定する必要はありません。あなた方自身が見てきたことを、そのまま伝えてください」



 翌日以降、軍の動揺は少しずつ収まった。


 脱走が完全になくなったわけではないし、俺を見る兵たちの目から迷いがすべて消えたわけでもない。


 それでも隊列は崩れなかった。


 後になって事情を知った俺は、蒙恬(もうてん)へ礼を言った。


「ありがとう」


「私は何も作り話をしておりませぬ。皆が知っていることを思い出してもらっただけにございます」


「それが一番効いたんだろうな」


 俺が苦笑すると、蒙恬(もうてん)も僅かに笑った。


「ならば、これまで通り進みましょう。咸陽(かんよう)はもう遠くありません」


「ああ」


 だが、関中の奥へ進むほど状況は厳しくなった。



 街道の関所では門を閉ざされ、郡兵が城壁の上へ並ぶことさえあった。


 二十万の軍を使えば、小さな関所など容易に突破できる。


 しかし俺は攻撃を命じなかった。


 こちらは秦の民を討つために来たわけではない。


 その代わり、迂回するたびに行軍は遅れ、兵糧は減った。関中の郡県は朝廷へ兵糧を送りながら、こちらには一粒の穀物さえ出そうとしない。


 その頃になると、趙高(ちょうこう)が狙ったものがよく分かった。


 二十万の軍を正面から倒す必要などない。


 先に扶蘇(ふそ)を逆賊と定め、民と官吏をすべて朝廷側へ置けば、こちらは歩くだけで消耗する。


 土地が敵になる。


 補給が敵になる。


 そして何より、兵自身の疑念が敵になる。


 同じ二十万でも、北辺を出た時と咸陽(かんよう)へ近づいた今とでは、その状態はまるで違っていた。



 やがて、咸陽(かんよう)まで数日の距離へ迫った時、前方へ出していた斥候が急報を持って戻ってきた。


「前方に秦軍が布陣しております!」


 蒙恬(もうてん)が馬上から尋ねる。


「旗印は確認できましたか」


「はい。将は李信(りしん)将軍にございます。兵数は、およそ二十万!」


 俺は思わず息を吐いた。


 李信(りしん)


 楚で大敗を喫した後、燕討伐で再び功を立て、今も秦軍の中で大きな名を持つ将軍。


 前世で知る沙丘の変に、李信(りしん)がこうして扶蘇(ふそ)の前へ立ちはだかる話などなかった。


「ここでも、俺の知っている歴史から外れたか」


 声には出さず、胸の内だけで呟く。


 少なくとも、相手が李信(りしん)なら甘く見られない。



 咸陽(かんよう)郊外の平原で、二つの秦軍が向かい合った。


 こちらは北辺から南下してきた二十万。


 向こうは李信(りしん)が率いる二十万。


 同じ秦の旗が風にはためき、同じ形式の鎧を着た兵たちが、互いへ槍を向けている。


 俺は馬を前へ進めた。


 敵陣からも一騎が出てきた。


「久しいな、扶蘇(ふそ)


 李信(りしん)は以前と変わらぬ調子で声をかけてきた。


「俺も、こんな形であなたと会うとは思わなかった」


「俺もだ。お前なら北で大人しくしていると思っていたんだがな」


「死ねと言われて、大人しく従えるほど素直じゃなくなった」


 李信(りしん)は小さく鼻を鳴らした。


「だが今のお前は、皇帝の勅へ逆らい、二十万を率いて都へ迫っている。朝廷から見れば、十分に逆賊だ」


「あの勅は偽物だ」


「証拠はあるのか」


 すぐには答えられなかった。


 本物の遺詔があるなら、今は趙高(ちょうこう)たちの手にある。


「だから咸陽(かんよう)へ行って確かめる。母上が最後に何を残したのか、それを見せてもらうだけだ」


「陛下はすでに崩御なされた。遺詔も公にされ、次の皇帝は胡亥(こがい)様と決まった」


「その遺詔を趙高(ちょうこう)が書き換えた可能性は考えないのか」


 李信(りしん)は少し黙った後、首を横へ振った。


「可能性だけで二十万を動かしたのは、お前の方だ」


 その言葉は正しかった。


 俺が何を知っているのか、李信(りしん)には説明できない。


「引け、扶蘇(ふそ)


 李信(りしん)は低い声で言った。


「軍を解いて投降しろ。今なら兵までまとめて罪人にはせずに済む」


「俺が投降した後は?」


「朝廷の裁きに従え」


 それが何を意味するのか、互いに分かっていた。


「悪いが、断る」


 李信(りしん)はしばらく俺を見た。


「なら、ここから先は戦場の話だ」


「ああ」


 俺たちはそれぞれの陣へ戻った。



 最初の戦いは、ほぼ互角だった。


 北辺で匈奴を相手にしてきた蒙恬(もうてん)軍は、長い行軍で疲れていても簡単には崩れない。蒙恬(もうてん)自身も相手の誘いに乗らず、騎兵を突出させずに戦線を維持し、こちらの補給線を守りながら少しずつ押し返していった。


 一方、李信(りしん)もかつて楚で大敗した頃とは違っていた。


 正面から勝負を急ぐことはせず、こちらが前へ出れば下がり、隙を見れば左右の騎兵を回して補給路を狙う。勝つことより、俺たちを咸陽(かんよう)へ近づけないことを優先しているのが分かった。


「右軍は追わせないでください。相手はこちらを引き出そうとしています」


 蒙恬(もうてん)の指示を聞きながら、俺は高台から戦場を見ていた。


 知識の中に答えはない。


 この時代の李信(りしん)扶蘇(ふそ)が、咸陽(かんよう)の前で二十万ずつを率いて戦う未来など、前世には存在しなかった。


 今ある兵力と地形、相手の動きだけを見て判断するしかない。


 そのことを、以前ほど恐ろしいとは感じなくなっていた。



 問題は、戦いが長引いた時に現れた。


 李信(りしん)軍には、関中各地から次々と援軍が届いた。


「東方の郡兵、およそ五千が敵陣へ入りました。さらに南方からも一万ほどが接近しております」


 斥候から報告を受けた蒙恬(もうてん)が、地図へ新しい印を加える。


 最初は小さな部隊だった。


 だが翌日には西の県兵が加わり、その次の日には別の郡からさらに兵が来た。


 理由は明白だった。


 朝廷から見れば、これは反乱鎮圧だった。


 新帝胡亥(こがい)に従い、逆賊扶蘇(ふそ)を討つ。


 しかも俺には、皇統を乱す血を持つ者という話まで広められている。関中の官吏や地方軍にとって、どちらにつくべきか迷う余地はほとんどなかった。


 李信(りしん)軍は戦うたびに減るのではなく、戦っている間にも増えていった。



「敵軍は二十四万を超えました。こちらは戦死と負傷、それに脱落した者を含めれば十八万余りです」


 数日後、蒙恬(もうてん)がそう報告した。


 俺は地図へ目を落とした。


 数字だけを見れば、まだ戦える。


 だが、こちらには兵数以上に深刻な補給の問題があった。


 関中の郡県は李信(りしん)へ兵糧や矢を送り、負傷兵を受け入れる。一方こちらは、戦うたびに兵も物資も減り、後方から補充されるものはほとんどない。


 時間は明らかに向こうの味方だった。


「このまま長引けば、戦わなくてもこちらが先に苦しくなるな」


「はい。李信(りしん)将軍も、それを承知で決戦を急いでおりません」


「厄介だ」


「ですが、まだ突破する余地はございます」


 蒙恬(もうてん)はそう言ったが、その表情は険しかった。


 そして二日後、状況はさらに悪化した。


 新たに三万。


 翌日にはさらに二万。


 郡兵、県兵、都の守備兵が次々に李信(りしん)のもとへ集まり、最初は二十万だった軍勢は、ついに三十万へ膨れ上がった。



 俺は高台から敵陣を見下ろしていた。


 平原の向こうには秦の旗が並び、遠くまで陣が続いている。


 北辺を出た時、こちらには二十万がいた。


 十分すぎる兵力だと思っていた。


 しかし今では、戦死や負傷、脱落を重ねて十八万を割り込みつつある。


 一方の李信(りしん)軍は三十万。


 しかもその背後には咸陽(かんよう)があり、関中の郡県があり、朝廷の名がある。


「土地も、民も、補給も向こう側か」


 俺が呟くと、隣の蒙恬(もうてん)が頷いた。


「はい。ただ、兵の心まで向こうへ渡ったわけではございません。我らの軍は、まだ崩れておりません」


「それは将校たちと、お前のおかげだ」


扶蘇(ふそ)様が、これまで兵を見捨ててこなかったからです」


 俺は少しだけ笑った。


「じゃあ、そういうことにしておこう」


 遠くで太鼓が鳴り始めた。


 これまで守りを固め、こちらが弱るのを待っていた李信(りしん)軍が動き始める。


 三十万まで増えた今なら、正面から押し潰せると判断したのだろう。


 こちらが勝つためには、もう単に李信(りしん)の軍を破ればいいという段階ではなかった。


 俺たちは朝廷に逆らう軍として戦い、関中の民からも疑われている。


 このまま戦い続ければ、兵力の差だけでなく、「逆賊」という名そのものに押し潰される。


 それでも、ここまで来て引くことはできない。


 俺は敵陣の向こうにある咸陽(かんよう)を見た。


 母上が最後に何を残したのか。


 それを知るまでは終われない。


 翌朝、李信(りしん)の三十万が全軍で進み始めた。


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