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【秦末興亡記】 ~始皇帝の子に転生した公子は、乱世を生き抜く~  作者: 越後⭐︎ドラゴン
第2章 秦の栄光と崩壊編

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第47話 坑儒

 焚書から一年ほどが過ぎた頃、方士たちの間に動揺が広がっていた。


 東海へ向かった徐福(じょふく)は戻らない。咸陽に残った者たちも、仙薬を得たとは誰一人として報告できなかった。


 それでも母上は諦めなかった。


「まだ見つからぬだけだ」


 方士にはさらに財が与えられ、各地へ人が送られた。


 だが、求められる成果が大きくなるほど、方士たちが負う危険も増していった。


 仙薬など見つからない。


 そう口にすれば、これまでの言葉が偽りだったと認めることになる。


 やがて、盧生(ろせい)をはじめとする数人の方士が咸陽から姿を消した。



「逃げた、だと」


 母上の声は低かった。


 宮中に集められた臣下たちは、誰も顔を上げない。


「はい。与えられていた財の一部も持ち出しております」


「理由は」


「……陛下を誹る言葉を残した者もおります」


 報告した官吏が、さらに頭を下げた。


「申せ」


「皇帝は人を信じず、刑罰を好み、己の権勢に執着している。そのような者には、仙人も薬を授けぬ、と」


 母上は何も言わなかった。


 俺はその横顔を見た。


 怒っている。


 だが、それだけではない。


 徐福(じょふく)は帰らない。


 西にも東にも仙薬は見つからない。


 そして、今度は方士自身が逃げた。


 これまでなら「まだどこかにある」と考える余地があった。


 だが、その余地が狭くなり始めている。


「捕らえよ」


 母上が言った。


「逃げた者だけではない。奴らと交わりのあった者も調べよ。方士、儒者を問わぬ。私を欺いた者が誰なのか、すべて明らかにせよ」


「御意」


 命令はすぐに実行された。



 数日のうちに、咸陽では多くの者が捕らえられた。


 逃亡した方士と親しかった者。


 仙薬について語った者。


 皇帝の政策を批判した者。


 儒者同士の議論の中で、始皇帝のやり方を非難した者まで調べられた。


 詮議は広がった。


 一人が一人の名を挙げ、その者がまた別の名を挙げる。


 やがて捕らえられた者は、四百を超えた。


 そして母上は命じた。


「埋めよ」


 俺は耳を疑った。


「母上」


「何だ」


「今、何と」


「生き埋めにせよと申した」


 広間の中で、誰も動かなかった。


 俺は一歩前へ出た。


「お待ちください」


 母上の目が俺へ向く。


「逃げた方士を罰することには反対いたしません。財を持ち逃げし、陛下を欺いたのなら、その罪を問うべきです」


「ならば何を止める」


「捕らえられた者すべてが、その罪を犯したわけではありません」


 俺は周囲を見た。


「方士と話しただけの者もいる。陛下の政治を批判した者もいる。それだけで四百人余りを埋めるのですか」


 母上の表情が硬くなった。


「私を欺く者を放置すれば、また同じことが起きる」


「だからといって、関わりの薄い者まで殺せば、誰も陛下へ本当のことを言わなくなります」


「本当のこと?」


「はい」


 俺は母上を見た。


「陛下が聞きたいことだけを語る者しか、残らなくなります」


 広間の空気が張りつめた。


 言い過ぎたかもしれない。


 それでも、引く気にはなれなかった。



「扶蘇」


 母上の声に怒鳴るような激しさはなかった。


 むしろ静かだった。


「また、お前か」


 その一言が重かった。


 東海への派遣。


 焚書。


 そして坑儒。


 確かに、俺は続けて母上へ異を唱えている。


「俺は母上に逆らいたいわけではありません」


「だが、逆らっている」


「陛下のために申し上げています」


「皆、そう言う」


 母上の目が細くなった。


「諫めるのは陛下のため。法を緩めるのも陛下のため。民の声を聞けというのも陛下のため。便利な言葉だな」


「母上」


「では聞こう。私のやり方が間違っていると、お前は思うのか」


 答えに詰まった。


 ここで否定すれば、四百人以上が死ぬ。


 だからといって、始皇帝の統治そのものを否定したいわけではない。


「今回の処罰は、重すぎると思います」


 俺はそう答えた。


 母上はしばらく黙っていた。



「恐れながら」


 声を上げたのは趙高(ちょうこう)だった。


 母上の傍らで文書を扱っていた女が、静かに前へ出る。


「公子のお言葉には、以前より一つの筋が通っております」


 嫌な言い方だった。


「仙薬を求めた時も、反対なされた」


 趙高(ちょうこう)は俺を見ない。


 母上だけを見ていた。


「焚書の折にも、反対なされた。そして此度もまた、陛下がお決めになった処罰を止めようとなされております」


「それぞれ理由が違う」


 俺が口を挟むと、趙高(ちょうこう)は初めて俺を見た。


「承知しております」


 穏やかに答える。


「公子は、いつも理をもってお話しになる」


 だからこそ厄介だった。


「ですが、結果だけを見ればどうでしょう」


 趙高(ちょうこう)は母上へ向き直る。


「陛下が望むものに、公子は異を唱える。陛下が天下を一つにしようとなされれば、公子はそれを行き過ぎと申される」


「趙高」


 母上が名を呼んだ。


「何が言いたい」


「公子が反逆を企てているなどとは申しません」


 一呼吸置いた。


「ただ、陛下と公子では、天下の治め方があまりに違うのではないかと」


 事実だった。


 だから反論しづらい。



「丞相」


 母上が李斯(りし)を見る。


「そなたはどう思う」


 李斯(りし)は少し考えてから答えた。


「公子のお心は、民を思ってのことにございましょう」


 趙高(ちょうこう)とは違い、声に敵意はなかった。


「ですが、法は一度定めれば、身分や情によって曲げるべきではございませぬ」


「四百人を殺すこともか」


 俺が尋ねる。


「公子」


 李斯(りし)はまっすぐ俺を見た。


「問題は四百という数ではございませぬ。陛下の命に背き、国家を欺いた者をどこまで許すかです」


「関係のない者まで含まれている」


「ならば詮議を尽くすべきでしょう」


 そこで一度言葉を切った。


「ですが、公子のお考えと陛下のお考えが大きく隔たっていることも、また事実にございます」


 母上は黙って聞いていた。


 李斯(りし)が続ける。


「公子には、一度咸陽を離れていただくのがよろしいかと」


 俺は眉を寄せた。


「どこへ」


「北辺でございます」



 李斯(りし)の言葉に、俺はすぐ意味を理解した。


蒙恬(もうてん)のもとへ、ですか」


「はい」


 北辺には三十万の秦軍がいる。


 河南を確保し、匈奴を抑え、長城を築いている。


「公子は、戦場も民の暮らしもよくご存じです。しかし天下を治める者には、辺境を守る者たちの現実を見ることも必要かと存じます」


 聞こえは悪くない。


 だが事実上、咸陽から遠ざけるということだった。


 母上は俺を見ていた。


 その顔からは、何を考えているのか読み取れなかった。


 やがて口を開く。


「扶蘇」


「はい」


「北へ行け」


 俺は黙った。


蒙恬(もうてん)の軍へ入り、北辺を見てこい。咸陽の宮で民を語るだけでは分からぬものもあろう」


「……承知いたしました」


 反論はしなかった。


 前世で知っている歴史が、また一つ形になった。


 扶蘇は始皇帝を諫め、北辺の蒙恬のもとへ送られる。


 その先に何があるかも、俺は知っている。


 沙丘。


 偽りの詔。


 そして、扶蘇と蒙恬の死。


 ただ、同じようにはならない。


 そのために、ここまで生きてきた。



 退出した俺を、趙高(ちょうこう)は黙って見送っていた。


 扶蘇は咸陽から離れる。


 皇帝へ直接言葉を届ける機会は減る。


 それだけでも、十分だった。


 だが、北辺には蒙恬(もうてん)がいる。


 三十万の軍もある。


 趙高(ちょうこう)にとって、それは無視できない。


 皇帝から遠ざかった公子が、秦で最も強大な軍の一つと結びつくことになるからだ。


 そして何より、趙高(ちょうこう)は覚えていた。


 「亡秦者胡也」と聞いた時、扶蘇が胡亥(こがい)を見たことを。


 仙薬にも反対した。


 焚書にも反対した。


 坑儒にも反対した。


 これから先、この公子が何をするのか。


 趙高(ちょうこう)は、それを見届けるつもりだった。



 北へ発つ日、蒙凛(もうりん)が俺の前へ現れた。


「扶蘇様。私も参ります」


「凛?」


「母上が北におります。それに、扶蘇様だけを行かせるわけにはまいりません」


 迷いのない返事だった。


 俺は少しだけ笑った。


「厳しい土地だぞ」


「楚へ三千で突っ込んだ時よりは、ましでしょう」


「……それを言われると弱いな」


 蒙凛(もうりん)も少し笑った。


「では」


「ああ。一緒に来てくれ」


 こうして俺は、蒙凛(もうりん)とともに咸陽を発った。


 北には蒙恬(もうてん)がいる。


 そして、三十万の軍がある。


 俺の知る歴史では、扶蘇が最後の日々を過ごした場所。


 上郡じょうぐんへ。

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