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【秦末興亡記】 ~始皇帝の子に転生した公子は、乱世を生き抜く~  作者: 越後⭐︎ドラゴン
第2章 秦の栄光と崩壊編

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第43話 仙薬

隴西(ろうせい)から戻って以降、(せい)のもとには、方士ほうしと呼ばれる者たちが次々と集まるようになった。


 仙人を見たという者。山中で老いぬ薬草を知ったという者。星の動きから寿命を延ばす術を読み解けるという者。話の内容はさまざまだったが、共通しているのは、不老不死や長寿を口にすることだった。


 以前の(せい)なら、まともに相手をしなかったはずだった。


 根拠のない話を嫌い、役に立つかどうかをすぐに見極める人だったからだ。


 だが今は違った。


 不老不死に関わると聞けば、まず話を聞いた。


 扶蘇(ふそ)は、その変化を黙って見ていた。


 母が本気で死を避ける方法を探し始めたことは、もう疑いようがなかった。



 その中に、他の方士とは少し違う者がいた。


 徐福(じょふく)という女だった。


 斉の出身で、若く、身なりも整っている。話し方にも落ち着きがあり、天文や地理、海流、風の向きについて尋ねられても、すぐに答えた。


 少なくとも、何も知らずに法螺ほらだけを吹く者ではない。


 だからこそ、扶蘇(ふそ)は余計に警戒した。


 謁見の日、徐福(じょふく)は玉座の前まで進み、深く頭を下げた。


「皇帝陛下。東の海の彼方に、三つの神山があると伝わっております。蓬萊ほうらい方丈ほうじょう瀛洲えいしゅうにございます」


 (せい)が身を僅かに前へ出した。


「そこに何がある」


「仙人が住み、不老不死の薬を持つとされております」


 広間が静かになった。


 徐福(じょふく)は続ける。


「海を渡るには、大きな船と十分な糧、それに長い航海へ耐えられる人員が必要となります。しかし準備さえ整えていただければ、この徐福、東海へ渡り、その地を探してまいります」


「見つけられるのか」


「必ず、とは申し上げられませぬ」


 意外な返事だった。


 (せい)の眉が僅かに動く。


「必ずではない?」


「海は広く、風も潮も人の思い通りにはなりませぬ。神山の位置についても、伝承ごとに違いがございます」


 扶蘇(ふそ)徐福(じょふく)を見る。


 他の方士より慎重だった。


 それでも、その次の言葉は(せい)が最も聞きたいものだった。


「ただし、探さなければ、見つかることもございません」


 (せい)の表情が変わった。


「必要なものを申せ」


 その時、扶蘇(ふそ)は前へ出た。


「陛下。おそれながら、申し上げたいことがあります」


 広間にいた者たちの視線が集まる。


 (せい)は少しだけ顔を険しくした。


「申せ」


「その三つの神山を、実際に見た者はいるのでしょうか」


 徐福(じょふく)が答えた。


「古い記録や伝承はございます」


「帰ってきた航海者は?」


「私の知る限りでは、おりませぬ」


「では、島が本当にあるという確認は取れていない」


 徐福(じょふく)は否定しなかった。


「その通りにございます」


 扶蘇(ふそ)(せい)へ向き直った。


「陛下。海へ船を出すこと自体に反対するつもりはありません。東の海に何があるのか調べることには意味があります」


 (せい)は黙って聞いている。


「ただ、不老不死の薬があるという伝承だけを理由に、大量の財や人を投じるのは危険です。航海に失敗すれば、すべて失います」


 徐福(じょふく)が静かに口を挟んだ。


「公子のお考えはもっともです。ゆえに私は、十分な準備をお願いしております」


「準備すれば、仙薬が実在することまで確かになるわけではない」


「それも仰る通りです」


 徐福(じょふく)は、なおも穏やかだった。


「ですが、未知のものを確かめるには、誰かが初めて行かなければなりません」


 扶蘇(ふそ)は返答に詰まらなかった。


「それなら、探索として送り出すべきです。不老不死を得られることを前提にしてはいけない」


 そこで(せい)が口を開いた。


「扶蘇」


 声は強くなかった。


 だが、広間の空気が変わった。


「お前は、私に死ねと申すか」


 扶蘇(ふそ)は一瞬、言葉を失った。


「違います」


「では、なぜ止める」


「止めたいのは、根拠のないものに国の財と人を賭けることです」


「根拠がないと、なぜ言える」


「実在を確認した者がいないからです」


「見つかっていないことと、存在しないことは同じではない」


 (せい)の返事は早かった。


 扶蘇(ふそ)は母の顔を見る。


 怒っているというより、追い詰められているように見えた。


「もしあるのなら、探す」


 (せい)は続けた。


「西にあるなら西へ行かせる。東にあるなら東へ行かせる。探せる場所を残したまま、諦めるつもりはない」


「母上」


「私は皇帝だ」


 そこで、(せい)は一度言葉を切った。


「天下を統一し、これから先も治めねばならぬ。死んでしまえば、それができぬ」


 扶蘇(ふそ)には、その言い方が引っかかった。


 まただ。


 死ぬことそのものより、自分がいなくなった後のことを恐れている。


「陛下」


 今度は公の呼び方へ戻した。


「せめて、航海の目的は仙薬だけにせず、東海の地理や島々の調査も命じてください。それなら、たとえ仙薬がなくても無駄にはなりません」


 (せい)はしばらく扶蘇(ふそ)を見た。


 やがて、徐福(じょふく)へ目を戻す。


「そのようにせよ」


「は」


 徐福(じょふく)が頭を下げた。


「ただし」


 (せい)の声が低くなる。


「仙薬を探すことを、忘れるな」


「承知いたしました」



 謁見が終わると、李斯(りし)が具体的な準備に入った。


 必要な船の数。


 積み込む糧。


 航海に必要な職人。


 医師。


 農業や工芸に通じた者。


 海上で不足しやすい水や食料を、どう保存するか。


 李斯(りし)徐福(じょふく)から一つずつ聞き取り、役所へ命令を出していった。


 扶蘇(ふそ)は、その様子を見ながら尋ねた。


李斯(りし)。本当に仙薬があると思ってる?」


 李斯(りし)は筆を止めなかった。


「それを決めるのは私ではありません」


「でも、これだけの人と金を使う」


「陛下が命じられました」


「命じられたら、何でもやるの?」


 そこで初めて、李斯(りし)が顔を上げた。


「何でもではありません」


「では今回は?」


「陛下が決めた事業を、失敗しにくい形へ整えるのが私の仕事です」


 扶蘇(ふそ)は黙る。


「仙薬の有無について、私に確かな知識はありません。ならば、あるともないとも断言できません」


「でも、疑ってはいる」


 李斯(りし)は少しだけ口元を緩めた。


「公子は、時々余計なところまで見ますね」


 それ以上は答えなかった。


 扶蘇(ふそ)にも、それで十分だった。


 李斯(りし)(せい)と同じように仙薬を信じているわけではない。


 ただ、皇帝が決めた以上は実行する。


 それが彼女の立場だった。



 趙高(ちょうこう)も、その日の謁見を見ていた。


 扶蘇(ふそ)がまた皇帝へ異を唱えた。


 しかも今回は、(せい)が最も強く望んでいるものについてだった。


 趙高(ちょうこう)は、その事実だけを覚えた。


 まだ使う必要はない。


 扶蘇(ふそ)は皇帝の長子であり、有力な後継者でもある。今の段階で敵に回す理由はなかった。


 だが、いつか皇帝と扶蘇(ふそ)の間に大きな亀裂が入った時、今日の出来事は意味を持つかもしれない。


 趙高(ちょうこう)は記録へ目を落とした。


 公子扶蘇、不老不死を求める東海派遣に異議を唱える。


 事実だけを書けば、それでいい。


 後からどう読むかは、読む者次第だった。



 準備には時間がかかった。


 大きな船を揃え、航海に使える者を集め、長く海上に出るための物資を積む。徐福(じょふく)自身も港へ何度も足を運び、船の作りや積荷を確認した。


 扶蘇(ふそ)も、一度だけ出航前の港を訪れた。


 想像していたより大きな事業だった。


 船員だけではない。


 医師や職人、農業を知る者もいる。若い男女も多数集められていた。


 新しい土地へ辿り着いた場合、そこで生活できるようにするためだという。


 扶蘇(ふそ)は、徐福(じょふく)へ尋ねた。


「本当に戻るつもりはある?」


 徐福(じょふく)は少し驚いたようにこちらを見た。


「随分なことをお尋ねになりますね」


「これだけの人と物を持っていく。新しい土地を見つけたら、そのまま住める」


「そうですね」


「仙薬が見つからなかったら?」


 徐福(じょふく)は海を見る。


「その時は、その時に考えます」


「答えになってない」


「海へ出る前から、すべて決めておくことなどできません」


 徐福(じょふく)は笑わなかった。


「公子さま。私は仙薬の存在を証明できません。ですが、ないことも証明できない」


「それは分かってる」


「ならば、私は見に行きます」


 扶蘇(ふそ)は、その横顔を見た。


 この女が詐欺師なのか、本当に仙境を信じているのか、最後まで分からなかった。


 あるいは、そのどちらでもないのかもしれない。


 未知の海へ行ける機会を、ただ逃したくないだけなのかもしれなかった。



 出航の日、(せい)も港まで来た。


 船には大量の糧と財貨が積まれ、人々が次々と乗り込んでいく。


 見送る家族も多かった。


 子の名を呼ぶ者。


 手を振り続ける者。


 泣いている者もいた。


 (せい)は、そのすべてを黙って見ていた。


 やがて徐福(じょふく)が最後に船へ乗る。


「陛下」


 船上から深く頭を下げる。


「必ず、東の海の彼方を確かめてまいります」


 (せい)が頷いた。


「仙薬があるなら、持ち帰れ」


「は」


 船が岸を離れた。


 続いて、他の船も動き始める。


 扶蘇(ふそ)は、(せい)の少し後ろに立って海を見ていた。


 前世の知識では、徐福の名はこのあとも残る。


 だが、仙薬が(せい)の手へ届くことはない。


 それだけは知っている。


 船が小さくなっても、(せい)は動かなかった。


 見えなくなるまで、海を見ていた。


 扶蘇(ふそ)も何も言わなかった。


 母が待っているものが、決して手に入らないことを知っていたからだ。

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