↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【秦末興亡記】 ~始皇帝の子に転生した公子は、乱世を生き抜く~  作者: 越後⭐︎ドラゴン
第6章 定まらぬ天下

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

148/179

第147話 飛ぶ騎兵

 燕の平原を埋める秦軍を前に、楼煩(ろうはん)は馬上で弓弦を指先にかけていた。


 秦軍十万。


 こちらは七万。


 燕王臧荼(ぞうと)の軍はここにはいない。別の戦場で鍾離眜(しょうりばつ)を押さえている以上、目の前の十万を受けるのは匈奴だけになる。


「左を開ける。中央は私について来い」


 楼煩(ろうはん)が馬首を巡らせると、周囲の騎兵が一斉に走り始める。


 隊列が横へ伸び、数百騎ずつに裂けていく。間に広い空間を作りながら速度を上げ、また別の集団がその隙間を横切る。


 正面から秦の騎兵が来る。


 旗は二つ。


 楊端和(ようたんわ)。


 羌瘣(きょうかい)。


 楼煩(ろうはん)の視線が、後者の旗で一度止まる。


「……来たか」


 誰にも届かない声を残し、手を振る。


 匈奴騎兵が左右へ弾けた。


◆


「左へ回せ!」


 楊端和(ようたんわ)の声とともに、秦騎兵が進路を変える。


 真正面の空いた場所へは入らず、外へ膨らむ匈奴騎兵へ並走しながら速度を上げていく。


 匈奴側もさらに外へ走る。


「もう一隊、前へ出ろ! 先を取れ!」


 秦騎兵の一部が前へ飛び出す。


 楊端和(ようたんわ)自身は内側に残り、楼煩(ろうはん)の旗へ斜めに寄っていく。右へ逃げれば外側の秦騎兵に当たり、左へ戻ればこちらとぶつかる。


 だが楼煩(ろうはん)は、その狭くなる間を抜けるように速度を上げる。


 馬上から矢が飛ぶ。


「盾を上げろ!」


 楊端和(ようたんわ)も弓を取る。


 両軍の騎兵が駆けながら射ち合い、馬と馬の距離が縮まったところで剣が交わる。匈奴騎兵の一人が落ち、その横では秦兵が胸を射抜かれ、主を失った二頭の馬だけが戦列の間を駆け抜けていく。


 楼煩(ろうはん)の姿が近い。


「そこだ!」


 楊端和(ようたんわ)が馬腹を蹴る。


 秦騎兵が続き、逃げる匈奴の背へ迫る。


 十歩。


 さらに縮む。


 楼煩(ろうはん)が肩越しにこちらを見る。


「射て」


 匈奴騎兵の上半身が一斉に捻れる。


 矢が後方へ飛んでくる。


「矢だ!伏せろ!」


 楊端和(ようたんわ)が身体を伏せた。


 一本が頬の横を抜け、もう一本がすぐ隣の騎兵を射落とす。前列の馬が次々と嘶き、そのうち一頭が前へ崩れ込む。


 さらに一射。


 楊端和(ようたんわ)の乗馬が大きく跳ねた。


「なっ!」


 首筋に矢を受けた馬が前脚を折り、楊端和(ようたんわ)の身体が鞍から投げ出される。


 地面が迫る。


 肩から落ち、身体が土の上を滑る間にも、馬蹄の響きは遠ざからない。


「将軍!」


「寄るな! 前を見ろ!」


 楊端和(ようたんわ)は転がった勢いのまま起き上がり、剣を抜く。


 さっきまで背を向けていた匈奴騎兵が、こちらへ戻ってくる。


 その先頭に楼煩(ろうはん)。


「来い!」


 一騎目の馬首をかわし、騎手の脚を斬る。


 その向こうから二騎目が迫り、楊端和(ようたんわ)が剣を構え直した瞬間、横から別の馬群が突っ込んできた。


◆


「右へ!」


 羌瘣(きょうかい)が腕を振る。


 配下の騎兵が一斉に傾き、匈奴騎兵の横腹へぶつかっていく。


 刃が交わり、馬同士の肩が擦れ、すれ違いざまに数人が鞍から消える。


 羌瘣(きょうかい)はさらに奥へ入る。


 楼煩(ろうはん)がいる。


 二頭の馬が正面から近づき、互いに身体を外へ倒しながら剣を振るう。


 甲高い音。


 一撃目が弾かれ、二撃目は楼煩(ろうはん)が身を沈めてかわす。馬が交錯する直前に楼煩(ろうはん)の刃が伸び、羌瘣(きょうかい)は剣の腹で受け流した。


 すれ違う。


 羌瘣(きょうかい)がすぐに馬首を返す。


 もう楼煩(ろうはん)は別の方向へ走っている。


「相変わらず……」


 追おうとした瞬間、右から矢が来る。


 羌瘣(きょうかい)は馬の首へ身を伏せ、一本をやり過ごす。散っていた匈奴騎兵がいつの間にか楼煩(ろうはん)の周囲へ寄り始めている。


「集まらせるな! 右の隊はそのまま外へ!」


 秦騎兵も二つに裂ける。


 楼煩(ろうはん)が再び散る。


 一団を追えば、別の一団が寄ってくる。向きを変えれば、さっきまで逃げていた騎兵が今度はこちらの背へ回ろうとしている。


 羌瘣(きょうかい)は一つを追いかけ、途中で手綱を引いた。


「違う」


 その隊を捨てる。


 馬首を左へ。


 前方の何もない場所へ走る。


 数呼吸後、離れていた匈奴騎兵がそこへ集まり始めた。


「射て!」


 秦側から先に矢が飛ぶ。


 集まりかけていた匈奴兵がまた散った。


 楼煩(ろうはん)が遠くからこちらを見る。


 羌瘣(きょうかい)も見返す。


「お前なら、そこへ来ると思った」


 返事は届かない。


 代わりに楼煩(ろうはん)が手を上げ、騎兵がさらに三つへ分かれていく。


 羌瘣(きょうかい)の横へ、一騎が駆け込んできた。


「馬を!」


 秦兵が替え馬の手綱を引いている。


 その後ろから楊端和(ようたんわ)が走ってきた。


「貸せ!」


 鞍へ飛び乗り、手綱を奪う。


 肩には土がつき、頬にも擦り傷が走っているが、目だけはさっきより鋭い。


「まだやる?」


 羌瘣(きょうかい)が聞く。


「当たり前だ!」


 楊端和(ようたんわ)が新しい馬を走らせる。


「今度はどこへ行く!」


「私は左。お前は右」


「中央は?」


「空ける」


 楊端和(ようたんわ)が一瞬だけ前を見る。


 その先には、秦の歩兵本隊。


「分かった!」


 二騎が離れる。


◆


 楼煩(ろうはん)の前で、秦騎兵の動きが変わる。


 楊端和(ようたんわ)が右へ膨らみ、羌瘣(きょうかい)が左へ出る。


 中央が空いた。


「前へ抜けろ!」


 楼煩(ろうはん)が走る。


 だがその先に秦軍本隊が見える。


 盾。


 槍。


 その後ろには弩兵。


 楼煩(ろうはん)が左へ切ると、羌瘣(きょうかい)が寄ってくる。


「散れ!」


 匈奴騎兵が四方へ弾ける。


 羌瘣(きょうかい)も散る。


 楊端和(ようたんわ)の隊も二つに割れ、一方が楼煩(ろうはん)の進路へ走り込む。


 馬群同士が正面からぶつかる。


「退け!」


 楊端和(ようたんわ)が剣を振るい、匈奴兵の肩口を斬る。


 その横を楼煩(ろうはん)が通り抜ける。


 二人の刃が一度だけ交わる。


「逃がすか!」


 楊端和(ようたんわ)が追う。


 楼煩(ろうはん)は振り向かず、左手だけを上げる。


 前を走っていた匈奴騎兵が左右へ散り、その間から別の騎兵が逆向きに飛び出した。


「ちっ!」


 楊端和(ようたんわ)がそちらへ馬首を向ける。


 入れ替わる。


 散る。


 集まる。


 ぶつかる。


 離れる。


 平原の上を何本もの騎馬の流れが走り、その形が数呼吸ごとに変わっていく。


 それでも、楼煩(ろうはん)の動ける場所は少しずつ秦軍本隊へ近づいていた。


◆


 高所からその様子を見ていると、騎兵の戦いというより、水面にできた幾つもの渦を眺めているようだった。


「楊端和(ようたんわ)が戻った」


 俺が言うと、張良(ちょうりょう)も前方へ目を凝らす。


「馬を失ったようですが、本人は動けていますね」


「楼煩(ろうはん)もまだ崩れないな」


 こちらは十万。


 冒頓(ぼくとつ)は七万。


 しかも臧荼(ぞうと)の燕軍は別の場所で鍾離眜(しょうりばつ)を相手にしている。兵数だけを見れば、この戦場では秦が明確に上回っている。


 前面では、その差がまだ出ていない。


 楼煩(ろうはん)の騎兵は形を失うたび別の場所で組み直され、楊端和(ようたんわ)と羌瘣(きょうかい)が左右から押しても、決定的な崩れ方をしない。


 ただ、戦う位置は確実にこちらへ寄っている。


「中央を前へ出しましょう」


 張良(ちょうりょう)が戦場を見たまま言う。


「どこまで?」


「弩兵が届くところまで。盾兵を左右へ広げれば、騎兵が集まれる場所をさらに削れます」


「後ろは?」


「変化なし。黥布(げいふ)殿のところにも敵影はありません」


 俺は遠くの匈奴本陣を見る。


 単于の旗が立っている。


 動いていない。


 ここまで騎兵戦が続いても、冒頓(ぼくとつ)は本隊を出してこない。


「前へ出す」


 太鼓が鳴る。


 盾兵が動き始め、その間を弩兵が進んでいく。槍兵も続き、秦軍中央が平原へせり出していくにつれて、前で戦っていた匈奴騎兵との距離が縮まる。


 楼煩(ろうはん)がこちらを振り返る。


 再び散る。


 今度は、その先にも秦兵がいる。


「あと少しだな」


 俺が言った時、張良(ちょうりょう)は返事をしなかった。


 右を見ている。


「どうした?」


「……あれは」


 土煙が上がっていた。


 最初は小さい。


 次の瞬間には横へ広がり、その中から騎兵が姿を見せる。


 秦軍の右。


 本隊を前へ押し出したことで開いた場所へ、一直線に向かってくる。


「敵騎兵!」


 声が走る。


「どこから出た!」


 俺も振り向く。


 匈奴本陣を見る。


 旗は動いていない。


 それなのに右側から現れた数千騎はすでに速度に乗り、秦軍の横腹へ斜めに突っ込んできている。


 先頭の一騎が弓を引く。


 矢が飛ぶ。


 秦兵が一人、馬から落ちる。


 男は弓を投げ捨て、腰から剣を抜く。


 そのまま二人目へ。


 馬を緩めない。


 槍をかわし、すれ違いざまに斬りつけ、さらに奥へ入ってくる。


 遠くで羌瘣(きょうかい)が振り返った。


 その動きが止まる。


「……冒頓(ぼくとつ)」


 俺はもう一度、匈奴本陣を見る。


 単于の旗は、そこに残ったまま風に揺れていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。