第120話 均衡
陳余が趙へ戻ったという報告を読んだ時、俺は竹簡をもう一度最初から見直した。
「本当に生かしたのか」
向かいにいた張良が頷く。
「東部で兵と役人を集め直しています。楚の後ろ盾もあるようです」
鍾離眜に敗れ、彭城まで連れていかれた。そこまで聞いた時点で、俺は陳余が趙へ戻るとは思っていなかった。
「あの項羽がなあ」
「生かして使う方が都合がよい、と考えたのでしょう」
「それを項羽が考えたっていうのが意外なんだよ」
張良は返事をせず、机の端へ積んであった別の竹簡を手に取った。
こちらにも、他人の変化を気にしている余裕はあまりなかった。
◆
閼与まで来るのに大きな戦はなかったが、手に入れた土地をこちらのものとして扱えるようになるまでには、思っていた以上に時間がかかった。
戦乱で逃げた役人が戻らない邑もあれば、残った役人だけでは戸籍も税も分からない場所がある。街道沿いには敗残兵や盗賊が残り、北寄りの村では匈奴に家畜を奪われたまま住民が戻っていなかった。
軍を入れただけでは、何も終わらない。
閼与には王賁を残すことにした。
「三万置く。東と北、両方を見てほしい」
俺が言うと、王賁は地図へ目を落としたまま頷いた。
「それでいい。陳余が戻った以上、東を空にはできないし、匈奴も消えたわけじゃない」
「ここから先へ出るつもりはない?」
「今はな」
そこでようやく顔を上げる。
「お前も勝手に趙の奥へ入るなよ、扶蘇」
「行かないって」
「三回くらい聞いた」
「信用ないな」
「知ってるだろ」
王賁には三万と閼与周辺を任せ、俺は黥布、楊端和とともに太行の西側を回った。
相手になるのは大軍よりも、山へ逃げ込んだ盗賊や小さな武装集団の方が多い。城を攻める代わりに街道を開かせ、勝手に徴収していた銭や穀物をやめさせ、争っている邑には役人を送った。
黥布には退屈だったらしい。
「今日も盗賊か」
「嫌?」
「せめて百人くらいまとまって出てこい」
「出てこない方がいいだろ」
「俺にはよくない」
近くで聞いていた兵が笑った。
楊端和は軍よりも地形を見ている時間が長くなり、山道や水場を調べては、どこへ兵を置けば少ない数で街道を守れるかを決めていった。
「この邑には兵を置かなくてもよろしいかと。こちらの峠を押さえれば、東から入る道は限られます」
「役人は?」
「必要です。兵よりそちらの方が足りません」
そういう話が増えるにつれ、俺たちの仕事も戦から離れていった。
王賁から届く報告も同じだった。敵軍の動きより、倉の修理が終わらないとか、戸籍を作れる書記を寄越せとか、そういう話の方が多い。
それでも少しずつ街道には人が戻り、軍を出さなくても済む場所が増えた。
そこでようやく、俺は王賁を東に残し、黥布と楊端和を連れて咸陽へ戻った。
◆
咸陽へ帰ると、南西から届く報告にも少しずつ変化が出ていた。
劉邦は関中へ再び兵を出さず、魚復の整備を続けている。倉と船を増やし、巴蜀から物資を集める流れも以前より形になっていた。
「まだ来ないか」
俺が竹簡を置くと、張良が隣から覗き込んだ。
「今は来る必要がないのでしょう」
「こっちも東で手一杯だったしな」
「向こうも同じです」
互いに相手を攻めるより、抱えている土地を整える方を選んでいる。
それだけならありがたい話だった。
東から届いた報告を読むまでは。
斉では、項羽の統治の仕方まで変わり始めていた。
反抗した土地を押さえたあとも、以前のように街そのものを壊すことはせず、降った邑には税や賦役を軽くする措置まで出しているという。
「これも范増かな」
俺が尋ねると、張良は竹簡を受け取って目を通した。
「范増殿なら、以前から似た進言はしていたでしょうね」
「急に聞くようになった?」
「それなら、もっと前に変わっていた気もします」
俺も同じことを考えていた。
陳余を生かしたこともそうだ。
ひとつなら気まぐれで片づけられるが、戦い方から統治まで続くとなると、何か別の理由がある。
「誰かいるのかな」
「いるかもしれません」
「范増とは違う人間が」
張良は否定しなかった。
誰なのかまでは、二人とも分からなかった。
◆
同じ頃、魚復でも韓信が似た報告を読んでいた。
隣で別の竹簡を眺めていた劉邦が、退屈したように声をかける。
「また項羽か?」
「斉の話だ」
「今度は何した」
「殺さなくなった」
劉邦が顔を上げた。
「いいことじゃねえか」
「そうだな」
韓信は竹簡を置いた。
「だから面倒だ」
「お前、たまに変なこと言うよな」
「敵が失敗しなくなるのは面倒だろ」
そう言われると、劉邦も少しだけ真面目な顔になった。
「范増か?」
「それなら前からやっている」
「じゃあ誰だよ」
「知らない」
韓信はそれ以上考え込まず、手元の物資表へ戻った。
項羽の傍らに、以前とは違う言葉を届かせている者がいる。
韓信も、そこまでは考え始めていた。
◆
その後しばらく、中華で大きな戦は起きなかった。
俺たちは関中と趙西部を整え、陳余は趙東部へ戻り、項羽は東方の支配を固める。劉邦も巴蜀と魚復から動かず、北では冒頓がこちらと正面からぶつからないまま趙や燕の周辺をうかがっていた。
誰も戦をやめたわけではない。
大軍を動かせば、別の誰かに隙を見せる。それが分かっているから、簡単には動けないだけだった。
咸陽へ戻ってから、俺は久しぶりに広い地図を机へ出した。
一つだった秦の領域は、もういくつもの勢力に分かれている。
形は違う。
国の名前も違う。
それでも眺めているうちに、昔勉強した戦国時代の地図を思い出した。
秦、楚、斉、趙、燕、魏、韓。
七雄が互いの力を気にしながら、簡単には一つにならなかった時代だ。
天下は統一から遠ざかった。
その代わり、誰かが一息に全部を呑み込むことも難しくなっている。
机の端には、趙西部から届いた戸籍の束がまだ残っていた。
俺は地図を畳むと、その一番上を開いた。




