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第11話 何でもない少女と偉業を為したキャプテン


「以上の経緯から、この娘を罰として島流しにすることとなった。『刀国』への航海をやめた結果、生じた損失を稼ぐまでコイツは島から帰れない。よって今回は例外的に、コイツを乗船させることになる。もっとも、ずっと船底の懲罰室に閉じ込めておくから、お前らには基本関係ない話だと思ってくれ」



☆☆☆☆☆



 キャプテン・ドラゴが出港してから数日が経った。少女は毎日懲罰室で大人しく過ごしている。そんなある日のこと、副船長が彼女に食事をもってきた。

 独房で出されるような臭いブタの飯とは違う。他の船員たちと同じ、できたての上等な食事が少女にも出されていた。


 これを作るのにかかる食材費、専任コックへの人件費、燃料費もまた、少女が島で稼がねばならない分として計算されている。しかしとは言え、その厚遇は「島流し」があくまで建前であると船員たちが察するには十分だった。

 だからこそ、わざわざ全ての事情を知っている副船長が彼女に接するのだ。


「出港してからしばらく経つが、どんな調子だ」

「……やっぱり、ここの飯はうまいな。船の上なのに家で食ってたのより上等な料理が出てくる。それは――ちょっぴり楽しいよ」

 閉じ込もっている少女にとって、日々の食事が唯一の楽しみだ。貧乏な彼女の家では決して食べられない、専門家が作ったランクが数段上の料理をがっついていく。

 そんなガツガツと食べる元気な様子を見て、副船長は問題なしと判断する。


「うまい食事は過酷な海の上では必要不可欠! 大事な娯楽の1つだからな。単なる栄養補給じゃなく、これを食べるために頑張る。結局これが、人間を動かす上で一番てっとり早いんだ。

 特にここの料理は、オリーブオイルに香辛料といった高級食材をおしみなく使ってくる。キャプテンの船でないと有り得ない、陸では貴族ぐらいしか食えないような料理がお出しされるわけだ」


 キャプテンは貴族の三男坊のような、立場の弱い貴族を船員として採用する。そういう奴らは言われずとも、自分たちがいかに贅沢な境遇にいるか、言われずとも分かるからだ。

 キャプテン自身が似た境遇の奴らに甘いというのもある。大した教育をせずとも、始めからある程度の学があるからというのもある。

 だが、それだけではない。オリーブオイルに香辛料といった、貴族に生まれながらも冷や飯食らいでしかない三男坊からしてみれば、絶妙に手の届かない贅沢品を味わえる。美味いものが食える。良い待遇で迎えてくれる。

 だから、船から下ろされたくない。真面目に頑張る。


 自身の境遇と経験を、うまく活かしているのがキャプテン・ドラゴ。

 娼婦と貴族の間に産まれた男だった。


「うちのキャプテンは抜け目ない男。豪快だが細かいところを見逃さない。海の旅の閉塞感を晴らすため、船のいたる所に工夫が散りばめられているのさ。『オセロ』とか『将棋』とか、そういう面白いげぇむも船には用意されてるしな」


「キャプテンは――やっぱり、みんなに尊敬されてるのか」


「当たり前だ。特に俺なんかは、世界一周というアイツの夢のためにこの船に乗っている。アイツの夢が叶う瞬間を見たいのさ。その場面に立ち会うため、俺は副船長として補佐に努めている」


「……じゃあ、キャプテンのこと、アンタは色々知ってるってわけだ」


「そうなるな。娼婦のおねぇちゃんでも知らねーような、男同士だからこそ共有できるアイツの秘密を、確かに俺は知っている」


「だったらさ、ちょっと教えてくれよ。――アイツ、恋人とかいるのか?」


「なんだ、いっちょ前に色気づきやがって」


「うっせーよ! いるのかいないのか、どっちだよ!」


「ああ、いるぜ」


 予想外の返答に愕然とする少女に対し、悪童のような笑みを浮かべ副船長は言う。

 それは純然たる意地悪であり、彼女をからかうためのいやらしい言い方であった。

 こつこつと足で船底の木床を叩きながら、彼は言う。


()()()()()()()()()()()()()()

「どういうことだよ」


「そのまんまの意味さ。世界で唯一キャプテンだけが持つ、半妖精の手で作られた『覇王帆船:ノーボーダー号』。アイツが偉業をなし今の地位を築けたのも、高級娼婦と遊べるだけの金を恒常的に稼げてるのも、全てはこの船があったからこそ。全ては、ここから始まった。

 つまり、キャプテンの人生に一番貢献したのはこの船というわけだ。だからこそ『ノーボーダー号』は、キャプテンにとっての宝、相棒、幸運の女神。つまりは――最も大事な恋人というわけだ」


「…………」


「悲しいかな、お前には太刀打ちできんよ。キャプテンにとって、この船以上のいい女はいない。その証拠に、アイツはこの船では女を抱かない。俺たち船員にも、それを固く禁じている。船に潜り込んだお前を懲罰室から出さなかったのは、自分の船に勝手に乗り込んだ女相手に、禁欲生活で溜まってる船員がおっ始める可能性を危惧したからだ。それをされたら、相手が誰であれ船から追放するしかないからな」


「アイツは、船員を信じてないのか」

「いいや、最悪の可能性を考えて行動するのが司令官である船長の仕事ってだけさ。人間は性欲に抗えず失敗する。その前提のもと動いてこその指揮官キャプテンだ。でなければ何のためにいるのか分からねぇだろ?

 ただ、性欲を理由に間違えるのが男だと思ってるのは間違いない。なんせ、色狂いの父親の過ちから産まれたのがキャプテンだ。自分はそんな父親ひひじじいの血を引いてしまっていると、誰よりも強く自覚している」


「どういうこと?」

「父親の遺伝の結果、この船で一番性欲が強くて変態なのがキャプテンということさ。客の付かない下層の娼婦、醜女の私娼に婆の夜鷹。そういう奴らが相手だろうと、女であればだいたいの奴に欲情できちまう異常者がアイツだ。それこそ、お前みたいなチンチクリン相手でもな」


 それを聞いて、少女は――赤面した。

 もじもじと内ももをこすりつけるようにして、うつむき出す。


「そ、そうか。あたし相手でも、キャプテンは……」

「アイツはそういう業を背負ってるからな。残念ながら、性癖とかいう父親の一番ダメな部分を受け継いじまった。しっかし、そこでそういう反応するってことは」


 これを見た副船長は、下品かつ下劣であることを自覚した上で、踏み切った質問をすることにした。そうでないと、話がこじれるだけだと判断したからだ。


「何だお前、キャプテンに抱かれたいのか?」

「――ッ! うっせぇ!!」


「ハッ、図星かよ。けどだったらいいぜ、助言してやらァ。色恋沙汰なら、俺みたいな荒くれのおっさんに言えることはない。だが、単に一晩抱いて欲しいって話なら――キャプテン好みのシチュエーションを教えてやれる」


「何ウキウキしてんだよ、キモいぞおっさん」

「がはは、色を知らん無垢なガキに色々吹き込む以上の娯楽は無いからな。女を知らん少年たちに、夜の店を紹介してどぎまぎさせる。これが楽しいのならば、海の男に惚れた難儀な娘が、一晩の夢を見れるよう手伝いするのも愉快というものよ」


「一晩の夢……か」

「おうよ。実際問題、どう見てもお前とキャプテンが釣り合う訳がない。この船以上にキャプテンに相応しい女はいねぇからな。ノーボーダー号は覇王の帆船として、あらゆる境界を越えキャプテンの夢を叶えるだが。それに対して――お前はいったい何ができる? キャプテンに何をしてやれる?」


 密航の結果、迷惑をかけた。

 しかしキャプテンはそれを許し、更にはそこから便宜を図った。

 手を差し伸べ、船に乗せ、島に連れて行くという救済を行った。

 そんな彼に、お前があげられるものは何だ?


 副船長の問いに返す答えを、少女は既にもっていた。


「――アタシにあるのは、最後に残ったこの身ひとつ。だからキャプテンにあげられるのは、ずっと大切にしてた貞操だけだ」

 けど、これをキャプテンは受け取ってくれるのだろうか。

 アタシなんかの処女は、彼にとってさほど大事ではないのではないか。

 そんな思いが、少女の胸を支配した。


「大金を出さなきゃ抱けない高級娼婦からも、慕われているのがキャプテンなんだろ。アタシなんかよりずっと上等な女を、いっぱい抱いたことがある。だったら、アタシが持ってる一番大事なものは、キャプテンにとっては大事でも何でもないゴミみたいな――」


「いいや、それは違う。お前はキャプテン・ドラゴという男を全く分かっちゃいない。あの男はな、他人が大事にしてるものを蔑ろにしたりはしない。誰かにとって価値のあるものが、誰かにとっては無価値。誰かにとっては価値無きものが、誰かにとっては価値がある。

 もろく砕ける、あの島では何の価値もない宝石紛が、遠い海を隔てた大陸の貴族には高値で売れる。その違いを楽しめるから、アイツは航海する商人として手柄を立てたんだ。お前にとっての価値あるものを捧げるなら、キャプテンはそのように受け取るさ」


「……ずいぶんと、励ましてくれるんだな」


「俺としても、お前がキャプテンに惚れて抱かれたなら都合がいいからな」

「……どういうことだよ」

 きっと上品な話は出てこないなと思いながら、少女は尋ねた。

 案の定、副船長が語った内容は姑息とも言える内容だった。


「世界一周というキャプテンの夢。それを叶える上で一番きついのは、これが未知の挑戦ということだ。通常の航海なら、誰かがかつて通った安全な道を選んで進める。だがこの船は、誰も通ったことのない場所を通り誰も行ったことのない場所へ行く。それをずっと続けなければならない」


「大変そうだな」


「当然、険しい道のりだ。なのに何故、お前と年の変わらない少年ガキたちがそれに挑めるのか。それは――キャプテンと一緒なら、そんな無茶も出来ると思えるからだ。つまり、思わせることこそが重要というわけだ」


「?」


「娼婦になりたくないからと密航したガキが、キャプテンの器のデカさに惚れて、自分から股を開く。酒場でたむろする港の荒くれからしてみれば、そういった話は武勇伝なのさ。言ってしまえば、ハクが付く。これはつまりカリスマ性があるということで、優れた男について行く理由になる」


「アタシの初恋を利用しようってのか!?」

 これから自分は酒場の荒くれ者たちから、娼婦落ちを拒んだくせに股を開いたガキとして性欲にまみれた眼で見られるのか。下世話な話として、酒のつまみ代わりに語られるのか。

 そう思うと、言葉に出来ない嫌悪感が背中を走った。

 それを隠すことなく言ってのける目の前の男にも、必然的に嫌悪の視線が注がれる。

 これに対し、副船長は平然としていた。


「そうだ。というか、それ以外にお前にできることはあるのか? キャプテンに与えた損害を、お前が取り戻すのにどれだけかかることか!」

「それ、は――」


「納得できないのなら言い方を変えよう。俺が今言った内容は、“お前がキャプテンに抱かれるなら周りの人間はお前をそう見る”という意味だ。それが嫌なら、せめて一晩だけでも思い出が欲しいなんてことすら思うな。手の届かない遠いところにいる、お貴族様みたいな奴だとスッパリ諦めろ。それがお前にとっても幸せな事さ」


 そこまで言われて、シーフィーは理解した。ああ、コイツはコイツなりにあたしを気づかっているのかと。

 恋人になりたのなら、無理だ、無謀だ、やめておけ。一晩だけの思い出が欲しいのなら、周りから色眼鏡で見られることを覚悟しろ。

 それでもキャプテンに惚れこんでるなら――少しだけ協力してやる。

 ただそれだけのことを言うために、目の前の荒くれは言葉を尽くしたのだとシーフィーは察した。それは、少女が大人に近づいていることを意味していた。


「アタシは、あいつのおかげでここに居る。娼婦にならずに済んだのはアイツのおかげだ。けど、将来のことなんて誰にも分からない。アタシが明日どうなるかなんて、誰も教えてくれないんだ。

 だから、いつか誰かにやることになるのなら、自分の意志で今――あいつにくれてやる。それが一番いいんじゃないかと思うんだ」


「俺は賛成だぜ。どうせ初体験なんて速いか遅いかの違いなんだ、自分の意志で相手と時期を選べるなら、それも幸せってもんさ」


「――じゃあ、いいさ、それでいい。それでいいから――協力してくれよ」



 ☆☆☆☆☆



 そして、島の夜。

 草の葉で出来たベッドが鎮座する、高床式の寝所にて。

 少女シーフィーは待ち構えていた。


「まったく、お前という奴は」

 これを受けてキャプテンドラゴは、まいったなとばかりに頭を掻く。

 その上で、一言だけたずねた。


「――覚悟は、できてんだろうな」

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