第10話 密航少女、キャプテンに買われる
俺の航海を邪魔した子どもが、いったいどんな奴に育てられたのか。
そして、どこに売られていくのか。
その顛末を知っておこうと考えて、俺は密航者のガキのもとを訪れた。
彼女の名は、『14番裏通りの』シーフィー。平民は名字を持たないため、識別のため大まかな住所位置を冠する名を名乗るもの。
だからガキがどこに住んでいるかはすぐに分かる。港町の路地裏の、14番通りを歩けばいい。
そして、俺が現場に到着した時。
全てが始まっていた。
「すまねぇなぁ、シーフィー。銭ゲバ共が金、金、金とうるさくて……娼館のババアがお前を連れてっちまうせいで、俺ら家族は離れ離れに」
今まさにクライマックス。シーフィーを買う娼館のやり手ババアの目の前で、そう言って涙ぐむ父親は、そのまま泣き始めた。隣では母親が目を伏せ、他の弟妹たちは、よく分かってないのかキョトンとしている。
この光景に、娼館のババアは何も言わず黙って煙管をふかしている。
密航者のガキことシーフィーは、冷めた目のまま何も言わなかった。
――だから、俺が言ってやった。
「くせぇな」
「あ?」
ぽかんとしている父親に詰め寄って、その胸ぐらをつかんで、俺は言いたいことを吐き捨てた。
「おい親父。――お前、酒臭いんだよ」
距離があった時点で分かっていたが、近寄ればさらに分かる。その顔は明らかに酔いで赤く、口からはアルコール臭が漂ってる。
今はまだ、真っ昼間だというのに。
コイツ、明らかにさっきまで飲んでやがった。
「娘がひとり娼館に売られて行く日に、何を昼間ッから飲んだくれてやがる言ってんだよ!」
「だ、誰だよアンタ、急に現れて! これはウチの家族の問題だ、関係ない奴は引っ込んでてくれ!」
「いーや、関係あるね。なにせお前の娘が金欲しさに潜り込んだせいで、俺の航海に損害が発生したんだからな」
「お、俺は知らねぇ! 娘が勝手にやったことだ、関係ねぇ! そ、それに、ウチに金はないぞ!」
「知ってるよ、それぐらい。お前みたいな飲んだくれに金を期待するほど、落ちぶれちゃいねーや。だがな、親父、ひとつだけ言わせろ。――お前、勘違いしてねぇか?」
「何をだよ……」
俺は、そこそこの剣幕で迫ってるつもりだ。
しかし、この酔っ払いはキョトンとした赤ら顔のまま。
まったくもって、何も分かっていなかった。
「娘が娼婦として売られていくんじゃない。お前が金欲しさで売ったんだよ。どういう仕事をさせられるか知った上で、お前が娘を売ったんだ」
「う、あ、ぐ……」
だから、当たり前の事実を突きつけられただけで、次の言葉がでなくなる。
自分が何をしているかすら、把握していないからだ。そして、だからこそ罪悪感がなく、なんなら悪意すら無かった。
今まさに、娘を娼婦に落としている真っ最中なのに。
「お前、仕事もせずにこんなところで何をやっている? 何の仕事をしている? 昼間から酒を飲むのがお前の仕事か?
酒代を子どもの飯に回すとか、酒のんで酔っ払ってる間を仕事の時間に変えるとか、――コイツを娼館送りにする前にできることはあったんじゃないのか」
「…ッ、うるっっせぇな! 偉そうに説教してんじゃねぇよ、子どもを持ったこともねぇ若造のくせに! つーかお前、キャプテン・ドラゴだろ。娼婦と貴族の間に産まれた、女好きで有名なろくでなしじゃねぇか! しょっちゅう娼館に出入りしてるエロ小僧が、偉そうに説教してんじゃねぇ!!」
「確かに俺は、娼婦の母と貴族の父の間に産まれた下賤な者。今まで何人も女を泣かせてきた、ここにいるおっかない顔の遣り手ババアとも顔見知りなぐらいにはクズ人間だよ。その上、海の荒くれ者をまとめ上げる船長だ。だから大体の悪さは笑って流してやるさ、最終的にお前の娘を許したようにな。
けどな、そんな下賤な産まれだからこそ言えることがある。親の都合がガキに迷惑かけてんじゃねぇよ! テメェにどんな事情があろうが、しわ寄せが子どもに行ってるのなら俺は首を突っ込むぜ!」
「――――」
飲んだくれから、反論は出てこなかった。
そのまま俺は、感情のままに言葉を叩きつける。
「娼館なんてろくな場所じゃない、娼婦なんてろくな仕事じゃない。この顔見知りの遣り手ババアのせいで、何人もの女達が泣かされてきた。その事実は覆らない。けどな、頭の足りない俺の母親は娼婦としてがんばってた。それ以外の仕事なんて出来る人じゃなかった。そういう奴らが行き着く下層が、この世には必要になる場合がある」
「そして、前人未踏の海に挑む、勇ましき俺の仲間たち。荒くれの船員共。アイツらは、陸に帰った時に極上の女を抱くために頑張ってる。中にはマトモに結婚できるはずのない変態だっている。そういう奴らが、人生を楽しめる場所として娼館はある」
「娼婦という職業がなければやっていけない奴らが、世の中には間違いなくいる。娼館が無くなった時点で、もっと不幸になる奴が社会の下層にはいる。一般的には下賤と呼ばれる奴らの、居場所として機能しているのが、この遣り手ババアの娼館だ。このババアがクズ人間であることは変わらんが――それでもまだ、俺が見てきた中ではマシな奴だ。行き着くところに行き着いちまった、他に行く場所がない奴らの居場所になってやれてるんだからな」
「だがな、親父。お前はどうだ?」
「お前は―――家族の居場所にすらなってねェじゃねぇか!」
最後に俺がそう叫ぶと、この酔いどれはヘナヘナと萎縮した。
つかんでいた胸ぐらを離すと、そのまま裏路地の土にへたり込んだ。
コイツはもう駄目だ。これ以上、相手にする価値はない。
だから俺は、あばら家の影からコチラを見ていた、シーフィーの弟妹を向いて言った。
「お前らはシーフィーの弟と妹なんだろう。だったら一つ教えといてやる。これから先、お前らがどこかに売られて不幸な目にあった場合、それは世間が悪いんじゃない。この飲んだくれの親父が悪いんだ。恨むなら世界の無情さではなく――そんな親父のもとに生まれちまった理不尽を恨め。
そして誰か他の人に助けを求めろ。助けてくれるような奴と、たまたま出会えないことはあるかもしれんが――助けてくれる奴は、必ずこの世界のどこかにいる。こんなちっぽけな親父一人で、世間の広さを知った気にはなるな。」
まだ幼く、ぽかんとしたまま俺たちのやり取りを見ていた子どもだ。この言葉がどれだけ届くかは分からない。
だが、そのうちの一つでも届けばいい。たった一つだけ届くだけでいいと思いながら、俺は最後までいい切ることにしたのだった。
☆☆☆☆☆
「すまん、遣り手ババア。――ひとつ、ツケにしといてくれねぇか」
その後の帰り道。
そう言って俺は、懐からあるものを投げ渡した。
これを受け取ったババアは、はんッと笑いながら言った。
「コイツとこの子を交換かい?」
「ああ、実はそいつ語学方面に才能があってな。とある外国で言葉を覚えてもらって、そこで働いてもらおうと思ってる」
「は!?」
シーフィーが驚いていることからも分かる通り、これは嘘だ。
それを見抜いたのか見抜いてないのか、あるいはどうでもいいのか。
「いいだろう、商談成立だ。ただし近い内に、アタシんとこに金を落としてくこと。娼館のトップと№2が、アンタに遊びに来て欲しいってうるさいんでね」
「……1人ずつかい?」
「2人いっぺんに決まってんだろ! ケチくさいこと言うんじゃないよ、特別料金でまとめて抱きな。一番いい部屋で、アタシと他の嬢の分まで高級酒たらふく頼んで、色んなオマケもわんさか買い込んでしっぽりするんだよ。テメェが今回稼いだ金、ごっそりウチで使って行きな!!」
相変わらずエグいなクソババア。
(それって店一番と二番の花魁を同時に頼んで、ロイヤル・スイート・ルームで高級酒タワーを従業員の分まで作りまくり。更には媚薬とかローションとか、夜を盛り上げる高級オプションも使いまくれって意味じゃん。うわぁ……)
こういう話題が苦手なもうひとりの俺が、思わず反応して表に出るぐらいの要求だ。尻の毛まで毟りに来やがった。比喩抜きで、今回の稼ぎがパァになるかもしれん。
そう思いながら黙っていると、不安げな顔でシーフィーが俺の船長服を引っ張ってきた。
「お、おい、おま――いや、キャプテン……。アタシなんかのために、そんな――」
「はっ、心配するな。海の男が一度言ったことを撤回するかよ。商談成立だ遣り手ババア。あの2人に明後日俺が行くと伝えておきな。心の準備をしとけって。ババアも今から、酒の準備に走り回ることをオススメするぜ」
「ヒッヒッヒ、毎度ありがとうごぜぇますだ」
そのまま、飄々とした態度で遣り手ババアは、港町の喧騒の中に消えていった。
相変わらず妖怪じみたイイ女だよ。
「なぁ、キャプテンはあのババアに、一体何を渡したんだよ」
「花の球根。お前があの島でポテチカからもらったやつだ」
「……アレってそんなに価値があったのか?」
「今、この国では球根の花が異常な人気でな。馬車二台分の小麦、同じ量のライ麦。牛四頭、豚八頭、羊十二頭。ワイン、ビール、チーズ、完成したベッド、衣服、銀の食器。これら全てが、一個の球根と交換されるほどだ」
「そ、そんなに!?!?」
「もっとも、こういう爆発的に値上がりする時は、値下がる時も急なもんだ。あの球根は、きっとそう遠くない未来に価値を失う。もっともあのババアなら、そうなる前にうまく売りさばくだろうが」
「あ、あのバアさん、……そんなものを受け取った上で、キャプテンから更にふんだくろうとしたのかよ。しかも、あんな平然と……」
「そういうのを隠して商談できるから、あのババアは町一番の遣り手なんだよ。歓楽街一の娼館を運営する、港町の裏の女王とはアイツのこと。何があろうと、お前もあのババアだけは敵に回すなよ」
「りょ、了解。……それで、言葉を覚えてもらって外国で働くって――何の話だよ」
「口からでまかせ。それぐらいの理由がないと、お前を買い戻したことをうちの船員は納得しないからな」
そして俺は、現在あの島の宝石粉を取り巻く状況が変わってきていることを告げた。
「今、青い宝石の粉が急激に値上がりしている。何故なら、お貴族様の間で宝石粉を散りばめたドレスが流行っているからだ。理由は分かるか?」
「分かるわけないだろ、そんな雲の上の話」
「答えは、宝石の粉のドレスが、かつて類を見ない斬新なものだからだ。宝石は頑丈で、加工が難しい。きめ細かいパウダー状になるまで、均等に砕く技術は存在しない。そして、そもそも宝石は貴重だから、ドレス全体に散りばめられるほどの量を確保るできない。
これらの理由で、未だかつて宝石の粉をドレスに組み込み、身にまとえた者はいなかった! だからこそ現在、上位階級の舞踏会では、ステータスとして青い宝石のドレスが流行っている!」
他にも、化粧品に混ぜてアイシャドウとして使う、青い口紅として使う。
あるいは金粉のように、料理に振りかけ見栄えをよくする。
兎にも角にも、上流階級では今、青い宝石に爆発的なビッグウェーブが来ていた。
だから、『刀国』を目指す足がかりのため、全力でそれに乗っかるのだ。
そして――
「もしこれが慣習として定着したなら、あの島の宝石は常に需要が生まれることになる。だが、俺の夢は世界一周の更にその先だ。あの島だけにかかり切りにはなれない。だから、あの島で宝石確保のため働き続けてくれる奴が欲しい」
「それが――アタシってこと!? け、けど、あの島の言葉とかほとんど分かんねーんだけど!?」
「うん、だから死にものぐるいで覚えろ。それが出来ないなら、今度は俺がお前をもう一度売り飛ばす」
本当は、あの球根がシーフィーの物である以上、シーフィーが自分で自分を買い戻した形になる。そのため俺にコイツを売り払う権利はないのだが、それを教えるのはまた今度でいいだろう。
今は脅しでも何でも、コイツが頑張る理由になるなら何でもいい。ここまで手を出してダメなら、その時はもう知らん。それ以上は一切面倒を見ないだけだ。
「頑張れ、シーフィー。お前の未来はお前のもの。お前の双肩に、全てはのしかかってるぞ」
「――いいじゃねぇか、上等だ! やってやらぁ!!」
俺は、俺の中に偶然、もう一人の俺がいた事でここまで来た。
偶然もう一人の俺がいてくれたから、俺はここまで来れたんだ。
なら、偶然出会ったこの密航少女にとっての、もう一人の俺になるべきではと思う。偶然の出会いによって成功を収めた俺は、これから先、偶然出会った相手に対し、もうひとりの俺が俺にしてくれたことをしていくのだ。
今回も、そのうちの一つ。
「おうよ、その意気だ。いつかお前の弟妹たちを、丸ごとどうにか出来るぐらいの地位を目指すことだな」
小気味いいシーフィーの返事に満足しながら、俺はにっこり微笑んだ。




