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第12話 元密航少女、大人になる


 寝所で俺を待ち構えていたシーフィーの、準備はすでに万端であった。脱がれた服がベッドの横で畳まれ、重ねられている。そのうえで彼女は、この島の民族衣装を着込んでいた。


 俺の性癖に刺さっている。これはあくまで個人的な意見だが、俺は裸にあまり魅力を感じない。厚く着込んでいるか、普段であれば着ないような衣服に身を包んでいる方が好きだ。行為に及ぶ際も、全て脱ぎ捨てるのではなく半脱ぎである方が好ましいと考える。


 そういう意味では、この状況は極めて好ましいシチュエーションであると言える。そして、島の民族衣装で待ち構えていたシーフィーは、半裸と言っていい姿のまま三指をついて頭を下げた。


「一晩のお相手を、お願いいたします」


 このシチュエーションもまた、俺好みなもの。

 しかし、処女であるシーフィーにここまで出来るはずがない。

 手際の良さも、俺への刺さり具合も、明らかに作為的だ。ここまでされれば流石に気づく。どうやら、コイツに余計な知識を吹き込んだやつがいるな?


「その作法、いったい誰から教わった?」

「……副船長が、キャプテンはこういうのが好きだからと」


「ほんっとアイツは、相変わらず俺に武勇伝を作ろうとさせやがる。裏から手を回した武勇伝なんてダサいだけだと思うんだがな」

「アタシが金で雇われてて、この下げてる頭も何もかもが嘘ならそうかもしれない。けど――今のアタシが、あんたに惚れてるのは間違いない。アタシは、あんたに抱かれたいと思ってこうしてるんだ。一晩の思い出を、お願いしてるんだ」


 三指をついた姿勢のまま、顔だけを上げて俺を見上げるシーフィー。

 その眼差しは真剣そのもので、赤らんだ頬に嘘偽りは感じなかった。


「――まったく、お前という奴は」


 これを見せられて無視はできない。据え膳食わぬは男の恥というが、まさにこの状況がそうだ。ここでコイツの覚悟を無碍にして恥をかかせる。これ以上の恥が、海の男の人生に存在するだろうか。するはずがない。

 だから、一言だけ確認する。


「覚悟は、できてんだろうな。言っとくが合意がなされたのなら、俺はその時点で遠慮しないぞ」



 ☆☆☆☆☆



 そして、気がつけば朝が来ていた。

「……変態」

 産まれたての子鹿のように、立てないシーフィーが憎まれ口を叩く。


「自覚はあるよ」

「もう! 興奮しすぎだ、このばか……ッ! 何回も、何回も休ませてって言ったのに!」

「すまんな、俺とお前じゃ体力が違いすぎる自覚はあるんだが――ベッドの上で体力に任せて、相手をすり潰すのが俺は好きでな。ほら、水だ」


「あ、みず、ありがと……」

 ごく、ごく、ぷはっと、可愛らしい音を立ててシーフィーは水を飲む。激しい運動の後の水は、まさしく甘露だ。これ以上に美味い飲み物はこの世にないと俺は思っている。

 そして落ち着いたのか、少女の息が整い始めた。


「さてと、話でもしようか。ピロートークというやつだ」

「……意外だな、そういうのするんだ。終わって朝になったんだから。何もなしでそのまま出ていくと思ってた」


「確かにピロートークなんてものは恋人でするもんだ。そして俺は誰とも結婚する気はないし、当然誰かと付き合う気もない。俺は変態で絶倫だから、ひとりの女を選びたくない。夫婦関係を維持できる気もしない。

 だから誰が相手でも、結婚しよう・付き合ってくれなんて不誠実なことは言わない。正面切って正々堂々、正直に一晩だけ遊んでくださいって言う」


「お前今、澄んだ目ですごく最低なこと言ってるぞ?」


「自覚はある。けどしょーがねぇさ、俺はそういう人間なんだから。

 知っての通り、俺は娼婦と貴族の間に生まれた。ろくでなしの親父は、年を取ってから母と結婚したにもかかわらず、母が俺を妊娠してる時に我慢できずに娼婦を抱いて、そのまま変な病気を貰ってきやがった。それが分かったのは、俺が生まれてから数年後。母にも性病が感染っていた、手遅れな時期だ。その後まとめて死んだよ、ふたりとも」


「……どうしようもねぇな」


「俺もそう思う。どう考えても親父は最悪なクズだった。けどな、母さんは美人だったが頭が弱く、金を稼ぎまくってるくせに金勘定が出来なかった。だから、高級娼婦として稼いだ金を、色んな奴に騙しとられた。そんな母さんを救い上げたのは――そのどうしようもない父親だ」


「……」


「それと同時に、頭の弱い母親が頭の弱いなりに正しくあろうとした結果、救われた奴らがいる。お前は半魔という奴らを知ってるか?」


「知らない」


「かつて東方の国々との間で起きた、『妖精戦争』というものがある。妖精にそそのかされた俺たちの国は、『大欧州』として『東方諸国』に戦争を仕掛けた。なぜ、妖精はそのようなことをしたのか。それは、東方の幻獣と大欧州の妖精たちとの間でも戦争が始まっていたからだ。

 最終的に、人間を上手く使った妖精たちは東方の幻獣との戦争に勝利し、その瞬間に人間たちの戦争から撤退した。これが原因で、妖精という後ろ盾を失った『大欧州』は『東方諸国』に敗北することになる」


「最悪だな妖精ども! 利用するだけ利用してハシゴ外したのか!?」


「言っておくが、もっと最悪なのが妖精たちだ。この時に、わざわざ人間の娼婦を抱いた変わり者がいて、そんな娼婦と妖精たちの間に産まれた混血を半魔と言うんだが――『妖精戦争』における妖精たちの手のひら返しのせいで、半魔はめちゃくちゃに嫌われている。

 そしてそんな半魔たちを、人の血が入っているからという理由で見捨て、自分たちの世界に帰っていったのが妖精たちだ」


「クソだな!」


「クソなんだよ。そして、大半の娼婦はそんな半魔の面倒は見きれないと、多くが捨て子として路頭に迷う結果となった。そいつらは憎き妖精の血を引く忌み子として、俺が産まれるずっと前に処理されてしまったそうだ。

 けど、中には我が子を見捨てられなかった娼婦もいた。そんな娼婦を支援したのが、考えなしの母だった。母が考えなしの親切であげた金で、確かに救われた半魔たちがいる。その恩があったから、『ハーフドワーフ』を筆頭にそいつらは俺の夢のに協力してくれた。俺の愛する船は、そういう経緯で出来上がった訳だ」


「通りですごい船なわけだ。キャプテンの『ノーボーダー号』は、半妖精の手で作られていたのか」

「他にも、母からもらったものは多い。例えばこの顔なんかがそうだな」

「キャプテンは母似か。だから、だいぶ色男だが、その――」


「女顔、だろ。よく言われるよ。おかげで娼婦のおねぇちゃんからも、酒場の親父からも粉をかけられる。初対面でも好印象をもたれやすいが、だからこそ起こる面倒も多い。痛しかゆしという奴だ。

 ――だがな、俺は何も母から貰っただけではない。父親からも、貰ったものは多いんだ。人の上に立って指示を出す能力。取引の交渉技術。金の勘定に、その他諸々の手配。船を出す上でやらなきゃいけない面倒な手続きを、特に苦も無く行えるのは……親父から受け継いだ才能のおかげだ。

 だからかな、俺は――何だかんだでどうしようもないあの親父のことを、()()()()()()()()。世界は、どっちかだけじゃない。どこで何がどうなるかは、誰にもわからない。裏表がひっくり返るのは、コインだけじゃない」


「――だからキャプテンは、自分が娼婦と貴族の息子だってことを隠さないのか。その事実はアンタにとって、ただ恥じるだけのことではないから――」


 羨ましいと、シーフィーは思った。

 自身の生い立ちを呑み込んでみせた、その器の大きさに圧倒された。

 だからこそ今、そんな彼の腕まくらで包まれていることに、奇妙な誇らしさと安心感を強く感じ始める。


「なんで、そこまでアタシに教えてくれるんだ」

「ひとつは、今だけはお前の恋人だから。一晩限定の関係とは言え、恋人相手なら胸襟を開き腹を割って離すべきだろうと考えているからだ。

 もうひとつは――お前に色々と手をかけた理由を、俺なりに説明するため、かな」


「アタシを、助けてくれた理由?」


「そうだ。娼婦と妖精の混血である半魔の連中は、母の死後、支援が亡くなったことで娼婦として生きて行くしかない奴らもいた。大人になって、後からそれを知った俺は、何とかしてやりたくて色々やってみた。けど、最終的には、みんな自分の運命を受け入れた。そのあとは妖精の美貌と寿命を活かして、何だかんだ娼婦として大成しているらしい。まぁ俺らみたいな娼婦を利用してる奴らからしてみれば、若くてきれいな奴をずっと抱けるならお得ではある。

 だから、本当はこんなこと、娼婦を利用しまくってる俺に言う資格はない。けどな、それでも俺は――娼婦になんて絶対なりたくないって、アイツらに言って欲しかったよ」


「……」


「だから俺はお前に協力的なのさ。お前が娼婦になりたくないって最後まで言い続けるなら――その手助けを、してやりたい気分になってくる。だからそうした。もっとも、最終的にお前を抱く結果を選べてしまうのが、俺という男のアレな所なんだけどな」


「キャプテン、アンタ――」


「俺はな、シーフィー。()()()()()()()()()()()。だって俺みたいなやつの子供なんて、産まれても不幸になるだけだろ? そんなの可愛そうだ。だから、今まで行為をして全ての女には、教会の裏商品『避妊聖水』を必ず飲ませてきた。シーフィー、お前にも飲ませてある。

 俺は、俺の血脈を残したくない。俺が死ねば、俺がなしたことはその場で消え去る。誰からも忘れ去られ、嵐のように生きたあとには、なんも無しで終わる。――それが俺の理想なのさ」


 繊細ではないが細かい男。

 豪快であると同時に、どこまでも真面目。

 常識を破壊しながら突き進むも、同時に罪悪感を手放さない。

 自分に対する否定と肯定を内包し、全てを自分で終わらせるのだと自己完結した男。


 まっすぐ歪んだ海の傑物、キャプテンドラゴ。


 それが、ベッドの中からとある少女が見た、彼女にとっての英雄の姿だった。



 ☆☆☆☆☆



「キャプテン、行ってらっしゃい」

「ああ、行ってくる。お前がこの島でなすべきことをなすのを、帰ってきた時に楽しむことにしよう」


 彼が船に乗って、水平線の向こうへと消えていく。

 その姿を見て、少女は思った。

 自分はいったい、彼に何をしてやれるのだろうか――と。

第一部、密航少女と宝石島、これにて完結です。

第二部以降は、現在メインで執筆している【召喚されし高校生『哲学者』がスマホゲーム世界を行く。~しかし本当にスマホゲームの世界なのか?】

https://ncode.syosetu.com/n1341fi/ が完結してから執筆する予定です。

よろしければ、哲学者の方も覗いて行って見てください。

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