第58話 「女 の 子」
一人の女の子が、魔物に追いかけられている。
その距離は、僕達が居る場所からおよそ500mぐらい。
何とか今は走れているけど、サーチフィールドで探った限りでは、体力的に限界が近いみたいだ。
それに、山を走って下りるのは、平面を走るより遥かに体に負担がかかるしな。
木の根っこなどもあり足を引っ掛けやすい。
追いかけている魔物は………背中に小さな木を何本も生やしたサイのような魔物であるヘヴィフォレストか。
全長3mぐらいで高さが1mぐらい。鼻の上に付いている巨大な角と、背中から生やしている何本かの木が特徴的な動く小さな森。
女の子が山の森をジグザグに走っているのに対し、ヘヴィフォレストは自らが走る木をなぎ倒して走っている。
木にぶつかる度にヘヴィフォレストの速度が僅かに落ちるが、それも女の子にとっては気休め程度にしかならない。
このままでは、頭に生えている角で刺し殺されるか、あの巨体と速度から繰り出される体当たりを後ろから直撃して殺されるかのどちらかだろう。
太い前足と後ろ足から繰り出される突進力は、前世であった車を髣髴とさせる。
トラックやダンプどころか、軽自動車でさえも事故をおこせばとてつもない脅威になる。鉄の塊に対して、人…というか生物はあまりにも脆い。
自転車相手ですら、歩行者は死ぬ可能性があるぐらいだし。
と、考え事をしている場合じゃなかったな。
「ガァァアアアアア!!!!!!」
山にいる少女の下へ駆けつけるために走りだそうとすると、チャンスだと思ったのかオーガが巨大な腕を振り下ろそうとしてきた。
「邪魔だっ…!」
魔力を纏わせた腕を軽く振り、巨大な風の刃である『エアスライサー』を放つ。
こちらへと振り下ろそうとした腕を、拳から肩にかけて縦に真っ二つに切り裂く。
僕が放った『エアスライサー』は、1体のオーガの腕を真っ二つにした勢いをそのままに、後ろにいたもう一体のオーガの肩へと吸い込まれ切り落とした。
これだけ傷を負わせれば、周りに冒険者に押し付けても大丈夫だろう。
というか、サーチフィールドで探ってみて分かったけど、僕がダンジョンを攻略して漏れ出た魔物にしては、数が多すぎるな。
これは、僕がダンジョンを攻略した以外の原因がありそうだ。
僕が攻略した『森木』のダンジョンは、ルイズリーの町から見て南東の森。
ダンジョンを攻略し魔力が漏れ出したなら、南東付近である南や東の方でないとおかしい。
でも、今魔物が湧いて出ているのは、ルイズリーの町から見て北側だ。
北東にある森に出た魔物は、僕にちょっと原因があるかもしれないけど、北の山からやって来た魔物は別件だろう。…別件だと思いたい。
もしかすると、北の山にもダンジョンがあるかもしれないし!
「ゴメン、二人とも。襲われている人があの山にいるから、ちょっと行ってくる」
「分かりました。気を付けてください、シュウ様」
「こっちは任せて」
「頼むよ」
体に魔力を満たして、全力で駆ける。
女の子の下へ急ぐ間に、サーチフィールドを土へと干渉させて、ヘヴィフォレストに向けて幾つもの杭を使った柵を構築する。
ただ、ヘヴィフォレストの硬質な皮膚には対してはあまり意味を成さないのか、鼻の上にある角を掬うように粉砕されていく。
…まあ、森の木を薙ぎ倒していく魔物だしな。小柄な魔物の割にはとてつもないパワーを秘めているな。
とりあえず粉砕するために足を僅かに止めることに成功しているので良しとする。
でも、簡単に粉砕されたのはちょっと気に入らないので、より魔力を注いで土の杭をさらに凝縮して固く鋭くしていく。
ふふふっ、あのヘヴィフォレストはどこまで耐えられるんだろうね。
ステータスが上がった今、500mなんて近く感じるようになった。
体感でいうと、500mが50m走をしているみたいに。
今、この身体能力のまま現代に戻れば、世界記録とか簡単に出せるわ。
そもそも500m先の森の中とか見えないし。
「見えてきた………!こっちだっ!!」
僕が声をかけると、それに気付いて僕の方へと向きを変えた。
ようやく視認できる距離まで近付くと、活発そうな顔に疲労を浮かべ、茶色の髪を両肩ぐらいで折り返して頭の後ろへと向かっている。その髪の折り返し部分に独特の模様が入ったリングのようなものがある。あの髪型、どうなってんだろう。
女の子の身長は、後ろに出した杭から比べるとかなり小さい。エリィやクスノより一回り小さいんじゃないだろうか。
しかも、女の子は自分の身長以上に長いハンマーを担いでいる。
なんであのサイのようなヘヴィフォレストに追いつかれることなく逃げれるんだ…?
あの魔物はかなり早いはずなんだけど。
っと、呑気に観察している場合じゃなかったな。
「『ソリッドスピアー』!」
急いで、魔力で岩の杭をヘヴィフォレストの真下から真上へと出現させる。
距離が遠いと、魔力による干渉も弱くなってしまうから、ある程度は近付かないといけない。
木と木の間を通過しようとしていたヘヴィフォレストのお腹へと見事に命中する。
女の子の走った後には、岩の杭で貫かれたヘヴィフォレストが宙へと浮いていた。
「………はぁっ………はぁっ……はぁ…もう…ダメー………」
ヘヴィフォレスト倒されたのを見て安心したのか、ハンマーを転がして僕の前で寝転ぶ女の子。
腕と足がXの字になるように、体を投げ出す。
「………はぁー………いやー助かりましたよ、お兄さん。流石に今回ばかりはもうダメかと思いましたよー。私の運も、まだまだ捨てたもんじゃないですねー…はぁ…」
息を切らしているのに、すごい勢いで話してくる。思ったより元気そうだ。
近付いてくる魔物を、片っ端から風の刃や土の杭を使って倒していく。
「へ?………スゴイですねー、お兄さん。無詠唱でバンバン魔法打つ人なんて、初めて見ましたよ…」
「そうかな?ところで、君は山から来たんだよな?お父さんやお母さんはどうした?」
「あっ! そうだった! お兄さんは冒険者ですよね!? すぐに山にある村へ向かって欲しいんです!私が囮になりながら冒険者を呼ぶために町まで走っていたので、あと何体かは魔物がいるはずです!!
こんな小さい子が囮になるなんて、よっぽど切羽詰っていたんじゃないだろうか。
「シュウ様ー!!」
丁度良いタイミングで二人が追いついてきた。
無事にエリィとクスノが、魔物を倒してきたようだ。
「エリィもクスノも、大丈夫?」
「はい、大丈夫です」
「大丈夫」
「分かった。二人とも、追いついてもらってすぐで悪いんだけど、この子の護衛を頼むよ。僕は、今からこの子の村へと向かうから」
二人の事情を話して、もう一度体に魔力を満たして走る。
間に合えば良いんだけど。




