↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
勇者の君へ ——僕は平穏に暮らしたかった物語——  作者: R.R.
第一章 天才、ここに誕生

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
6/20

06、魔法の才能


 ルインが魔法を教わり始めたのは、まだ幼い頃だった。


 屋敷の中庭。


 朝の冷たい空気の中で、ルインは小さな手を胸の前に掲げていた。


「いいかい、ルイン。まずは魔力を感じるところから始めよう」


 向かいに立つ魔法教師が、穏やかな声で言う。


 ルインは黙って頷いた。


「目を閉じてごらん」


「はい」


 目を閉じる。


 風が頬を撫でる。


 鳥の声が聞こえる。


 遠くでは使用人たちが仕事をしている音もする。


 そのすべてが、妙に鮮明だった。


「自分の中にある力を探すんだ。最初は分からなくてもいい」


「……」


 ルインは集中した。


 魔力。


 そう呼ばれるものが、自分の身体の中にあるらしい。


 けれど――。


「……これですか?」


「え?」


 ルインが目を開いた。


 その瞬間。


 彼の指先に、小さな光が灯った。


 魔力の粒。


 それは蝋燭の炎よりも小さい。


 けれど、教師は目を見開いた。


「……今、何をした?」


「何って……魔力を動かしただけです」


「どうやって?」


「どうやって……?」


 ルインは首を傾げた。


 本当に分からない。


 ただ、身体の中にあるものを指先へ持ってきただけだ。


 それ以外のことはしていない。


「もう一度やってみなさい」


「はい」


 ルインは再び手を伸ばした。


 今度は指先だけではない。


 手のひら。


 腕。


 肩。


 身体の中を魔力が流れていく。


 教師が指定した場所へ、まるで細い糸を通すように正確に魔力が移動していった。


「……」


 教師の顔から、笑みが消えた。


「先生?」


「いや……続けて」


「はい」


「今度は魔力を右手から左手へ移してみよう」


「こうですか?」


「……おかしい」


「え?」


「いや……合っている」


 教師は自分の言葉を訂正した。


「合っている。だが、速すぎる」


 ルインはまた首を傾げた。


「速いと駄目なんですか?」


「そういう話じゃない」


 教師は額に手を当てる。


 普通、子供に魔力操作を教える場合、最初はもっと単純なところから始める。


 魔力を感じる。


 少し動かす。


 手のひらに集める。


 そして、少しずつ形を整える。


 それだけでも数ヶ月かかる子供は珍しくない。


 なのに。


 目の前の少年は、教えたばかりの操作を一度で理解してしまっている。


「……ルイン」


「はい」


「今から私の言う通りに魔力を動かしてみなさい」


「分かりました」


 教師は難度を上げた。


 魔力を一点に集める。


 そのまま圧縮する。


 そして、再び元の状態へ戻す。


 魔力の圧縮とは、理論上は応用が効く基礎的なものだが、その基礎を実際にできるまでに半生はかかると言われている。


 そのせいか、世界の魔力の圧縮に関する技術は理論上と比べて、未熟すぎる。


 例えば、かつて魔王が使用した、魔力を圧縮し物質化させる技術。理論上は可能だが、到底出来るはずがない。


 基礎とはいえ、子供にやらせる内容じゃない。


 少なくとも、普通なら。


「やってみます」


 ルインは静かに息を吸った。


 次の瞬間。


 指先に集まった魔力が、豆粒ほどの大きさまで圧縮される。


 魔力の揺らぎが消える。


 完全に制御されていた。


「…………」


 教師は言葉を失った。


 ルインはそんな教師を不思議そうに見つめる。


「先生?」


「……どうして」


「?」


「どうして、そんなことができる?」


「……分かりません」


 ルインは素直に答えた。


「できるから……?」


 その答えに、教師の背筋を冷たいものが走った。


 才能。


 そう呼べば簡単なのかもしれない。


 だが、これは才能という言葉だけで片づけていいものなのだろうか。


 まるで、初めて触れたはずの魔法を――。


 ずっと昔から知っているような。


 そんな不気味な正確さだった。


「もう一度、やってみてもいいですか?」


「……ああ」


 教師が頷く。


 ルインは再び魔力を集めた。


 今度は教師の指示すら待たない。


 小さな光を空中に浮かせる。


 光は揺れない。


 風が吹いても消えない。


 そしてルインが指を動かすと、光はゆっくり円を描いた。


「……綺麗」


 ルインがぽつりと呟いた。


 教師は答えなかった。


 ただ、その光を見つめていた。


 恐ろしい。


 教師は、初めてそう思った。


 目の前にいるのは、まだ幼い少年だ。


 笑えば普通の子供に見える。


 分からないことがあれば首を傾げる。


 褒めれば嬉しそうにする。


 それなのに。


 魔力を扱う瞬間だけは、別人のようだった。


「先生?」


「……何でもない」


 教師はようやく笑った。


 だが、その笑顔は先ほどまでとは違っていた。


「今日はここまでにしよう」


「もう終わりですか?」


「ああ」


「まだできますよ?」


「分かっている」


 教師はルインの頭に手を置いた。


「だから、今日は終わりだ」


「……?」


 ルインは納得していない顔をした。


 けれど、教師があまりにも真剣な顔をしているので、大人しく手を下ろした。


「分かりました」


 ルインが屋敷の方へ駆けていく。


 その背中を、教師は黙って見送った。


「……あの子は、一体何なんだ」


 答えはない。


 ただ、教師の胸には一つの疑問だけが残った。


 ――あれほどの魔力操作を、あの少年はどこで覚えたのか。


 もちろん、ルイン自身にも分からない。


 彼にとっては、魔力を動かすことなど呼吸と大差なかった。


 その理由を、まだ誰も知らない。


 そして――。


 ルイン自身も知らない。


 自分の中に眠っているものが、ただの「才能」ではないことを。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。