04、幼馴染
私がルインと出会ったのは、まだ私たちが小さかった頃だった。
その頃の私は、ルインという男の子が少し苦手だった。
理由は簡単。
何をやらせても、できてしまうからだ。
「ルイン、また一番だったの?」
庭に置かれた木剣を眺めながら、私は頬を膨らませた。
「うん」
「……自慢?」
「違うよ」
ルインは困ったように笑った。
その顔が、また少し腹立たしい。
剣の稽古をすれば大人でも驚くほど上達が早い。
勉強をすれば、一度教えられただけのことを簡単に覚えてしまう。
魔法だってそうだ。
私が何度練習してもできなかったことを、ルインはあっさり成功させる。
最初は、それが嫌だった。
私だけ置いていかれているような気がしたから。
「……ずるい」
「何が?」
「全部」
「全部って……」
ルインは目を丸くして、それから小さく笑った。
「リゼットだって、できるようになるよ」
「慰めてる?」
「本当のこと」
「じゃあ、証明して」
「どうやって?」
「私より速く走れるなら認めてあげる」
「それ、僕が勝ったらどうするの?」
「……そのとき考える」
「ずるいなぁ」
そう言いながらも、ルインは笑っていた。
私はその笑顔を見ると、なぜか悔しさが消えていった。
ルインは、私の前では不思議なくらい普通だった。
屋敷の大人たちの前では、礼儀正しく、落ち着いている。
剣を握れば、まるで別人みたいに鋭い。
勉強をしているときなんて、大人みたいな顔をしている。
でも。
私と二人きりになると――。
「待って、ルイン!」
「早くおいでよ、リゼット」
「待ってってば!」
庭を走り回る、ただの男の子になる。
私はそんなルインが好きだった。
……この頃は、まだ。
それがどういう「好き」なのか、分からなかったけれど。
「ほら、こっち!」
ルインが振り返る。
私は必死に追いかけた。
「逃げるなー!」
「逃げてないよ」
「逃げてる!」
「じゃあ、捕まえてみて」
「絶対捕まえる!」
笑い声が庭に響く。
何度も転びそうになりながら、それでも私は走った。
ルインに追いつきたかった。
ただ、それだけだった。
「もう少し!」
ルインが振り返って手を伸ばす。
その瞬間だった。
「きゃっ――!」
足がもつれた。
視界がぐるりと回る。
次の瞬間、私は地面に転がっていた。
「……痛い」
膝が熱かった。
見ると、擦りむいて血が滲んでいる。
痛みよりも先に、悔しさが込み上げてきた。
「……うぅ」
唇を噛む。
泣きたくなんてない。
ルインの前では、泣きたくない。
「リゼット?」
足音が近づいてくる。
「……来ないで」
「どうして?」
「見ないで……」
声が震えた。
涙が一滴、頬を伝った。
「痛い?」
「……痛くない」
「嘘だ」
「嘘じゃない!」
私は顔を背けた。
けれど、ルインは何も言わなかった。
しばらくして――。
「じゃあ、立てる?」
「……」
「無理なら、僕が手伝うよ」
そっと差し出された手。
私はそれを見つめた。
「……子供扱いしてる?」
「僕たち、子供だよ」
「……ルインのくせに」
「どういう意味?」
「知らない」
涙を拭う。
そして私は、少し迷ってから、その手を握った。
小さな手だった。
なのに、不思議と安心した。
「……ありがとう」
「うん」
ルインは笑った。
私は立ち上がる。
膝はまだ痛い。
けれど、もう泣かなかった。
「ねえ、ルイン」
「なに?」
「私、いつかルインより速く走れるかな」
「走れるよ」
「本当に?」
「うん」
迷いのない返事だった。
「だってリゼット、負けず嫌いだから」
「それ、褒めてる?」
「褒めてる」
「……なら許す」
私が笑うと、ルインも笑った。
その日からだった。
私はルインに追いつくことを、ひとつの目標にした。
剣でも。
魔法でも。
勉強でも。
何でもいい。
いつか、隣に並べるようになりたかった。
――それが、幼い私の願いだ。




