18、学園生活(ルネ&セシリア)
学園の朝は、思っていたよりも賑やかだった。
「セシリア、早くしないと授業に遅れるよ!」
「分かってるって。そんなに急がなくても大丈夫でしょ」
「昨日も同じこと言ってたじゃない」
ルネに急かされ、セシリアは慌てて鞄を手に取った。
十五歳になった自分の身体には、まだ慣れないところがある。
以前なら気にも留めなかった段差で足を取られそうになったり、少し高い場所にあるものへ手を伸ばして届かなかったり。何より、周囲の生徒たちと並んで歩いていると、自分まで本当に同じ年頃の少女になったような気がしてくる。
もちろん、姿が変わっただけだ。
勇者として背負ってきたものが、なくなったわけではない。
それでも――。
「ほら、行こう!」
ルネがセシリアの手を引いた。
「ちょっと、引っ張らないでよ!」
「早くしないと、本当に遅れるよ!」
「だから分かってるってば!」
二人は顔を見合わせ、どちらからともなく笑った。
こんなふうに誰かと急いで教室へ向かうなんて、いつ以来だろう。
いや、昔も学園に通っていたのだから、初めてというわけではない。けれど、あの頃と今とでは、見える景色がずいぶん違っていた。
教室に入ると、すでに何人かの生徒が席についていた。
「おはよう、セシリアさん!」
「おはよう!」
「今日の課題、もう終わった?」
「えっ、課題?」
思わず聞き返したセシリアに、相手の少女が目を丸くする。
「まさか、忘れたの?」
「い、いや、忘れたわけじゃ……!」
「セシリア、昨日、課題のことなんて一言も言ってなかったよね」
隣からルネが追い打ちをかける。
「ルネまで!」
セシリアは机に突っ伏した。
勇者としての戦いなら、どれほど厳しい状況でも覚悟を決められる。けれど、提出期限を忘れた課題となると話は別だった。
周囲から向けられるのは、勇者への畏敬でも、世界を救った者への期待でもない。
ただの同級生に向ける、親しみのこもった視線だった。
それが少しくすぐったくて、セシリアは顔を上げられなかった。
やがて授業が始まる。
教師の話を聞き、ノートを取り、分からないところを隣の生徒に教えてもらう。休み時間になれば、友人たちと他愛もない話で盛り上がる。
特別なことなど何もない。
世界の命運を左右するような決断も、誰かの命を背負うような戦いもない。
ただ、今日の昼食は何にしようかとか、次の授業は眠くなりそうだとか、そんな話ばかりだった。
けれど、セシリアにはそれが不思議なくらい心地よかった。
「セシリア、次は実技の授業だよ」
「うん。分かってる」
「本当に?」
「……たぶん」
「たぶんって何?」
ルネが呆れたように笑う。
セシリアも笑い返した。
勇者だからといって、いつも強くある必要はない。
少なくとも、今この場所では。
窓の外から柔らかな風が吹き込み、机の上に置かれたノートの端を揺らした。
セシリアはふと、その風に目を細める。
いつか、この日々にも新しい誰かが加わるのだろうか。
一緒に授業を受け、食事をして、時にはくだらないことで笑い合う。そんな当たり前の時間を、誰かと分け合うことになるのかもしれない。
まだ見ぬ誰かの顔は、思い浮かばない。
それでも、そういう未来があってもいいと思えた。
「ねえ、セシリア。何ぼんやりしてるの?」
「ん? 何でもないよ」
「変なの」
「ルネにだけは言われたくないなあ」
「どういう意味!?」
また言い合いになって、二人そろって笑い出す。
勇者と、その仲間。
そんな肩書きさえ忘れそうになるほど、穏やかな学園の一日。
セシリアはまだ知らない。
この何気ない日々が、いつか大切な誰かを迎え入れるための、かけがえのない時間になっていくことを。




