15、少女 セシリア(ルネ視点)
〈ルネ視点〉
翌朝。
目を覚ました私は、隣のベッドを見て、思わず眉を寄せた。
「……本当に、小さくなっちゃったんだ」
そこにいたのは、昨日までのセシリアおねえちゃんではなかった。
銀色の長い髪も、澄んだ碧い瞳も変わらない。けれど、身体は十五歳くらいまで若返っている。
昨日は驚きすぎて、そこまで気にする余裕がなかった。
でも、一晩眠っても元に戻らなかったとなると、さすがに笑ってはいられない。
「うーん……」
私はベッドから起き上がり、おねえちゃんの顔を覗き込んだ。
「……ん。ルネ?」
「おはよう、おねえちゃん」
「おはよう……。あれ、もう朝?」
「うん。ぐっすり寝てたよ」
「そっかぁ……」
おねえちゃんは眠たそうに目をこすり、それから自分の手を見つめた。
そして、数秒。
「…………あ」
「うん。元に戻ってないね」
「……うん」
おねえちゃんの肩が、目に見えて落ちた。
昨日は明るく振る舞っていたけれど、やっぱり不安なのだろう。
それでも、私に心配をかけないようにしている。
そういうところが、おねえちゃんらしい。
「大丈夫だよ」
私はできるだけ明るい声で言った。
「原因が分かれば、元に戻す方法も見つかるかもしれないから!」
「……そうだね。ありがとう、ルネ」
おねえちゃんは微笑んだ。
けれど、その笑顔には少しだけ無理があった。
――絶対に、原因を見つけよう。
私は心の中でそう決めた。
まずは身体に異常がないか、調べなければならない。
幸い、魔力や呪いについて調べるための道具なら、旅の荷物にいくつか入っている。
私はそれらを机の上に並べた。
「おねえちゃん、ちょっと手を貸して」
「ん? いいけど……何をするの?」
「検査!」
「け、検査?」
「そう。身体が小さくなった原因を調べるの!」
「……なんだか、お医者さんみたいだね」
「ふふん。任せて!」
胸を張ってみせる。
本当は、私だってこんなことを調べるのは初めてだ。
でも、不安そうなおねえちゃんを前にして、分からないから何もしない、なんて言いたくなかった。
私は小さな魔法陣を描き、その中央におねえちゃんを座らせた。
「まずは、身体に残っている魔力を調べるね」
「うん」
魔法陣に魔力を流し込む。
淡い光が広がり、おねえちゃんの身体を包んだ。
魔力の流れ。身体の状態。外部から干渉された痕跡。
一つずつ確かめていく。
……けれど。
「…………あれ?」
私は首を傾げた。
「どうしたの?」
「ううん。おかしいな……」
もう一度、魔法陣に魔力を流す。
結果は変わらなかった。
呪いの痕跡はない。
病気の兆候も見つからない。
身体を変質させるような魔法の残滓も、ほとんど残っていなかった。
まるで、最初からこの姿だったかのように。
「……ルネ?」
「ちょっと待ってね。もう一回だけ!」
私は別の道具を取り出した。
魔力の流れを可視化する水晶だ。
おねえちゃんに触れさせると、水晶の内部に青白い光が灯る。
光は身体の輪郭をなぞるように揺れたあと、突然、ほんの一瞬だけ逆向きに流れた。
「――っ!」
思わず水晶を握り直す。
今のは、何?
魔力が乱れたわけではない。
むしろ、何かが正常な流れを逆向きにたどったように見えた。
私はもう一度、水晶を確認する。
しかし、今度は何も起こらなかった。
「ルネ、何か分かった?」
「……うん。たぶん」
「たぶん?」
「まだ、はっきりとは言えないけど……」
私は言葉を選んだ。
「おねえちゃんの身体、若返ったというより……時間が巻き戻ったみたいになってる」
「時間が……?」
「うん。普通の魔法で身体を若くしたなら、何かしら魔力の痕跡が残るはずなんだ。でも、おねえちゃんにはそれがほとんどない」
水晶を見つめながら、私は続けた。
「まるで、今の身体になる前の状態に戻されたみたいに」
おねえちゃんは目を丸くした。
しばらく考え込んでいたけれど、やがて困ったように笑った。
「……それって、すごいことなの?」
「すごいどころじゃないよ!」
思わず声が大きくなった。
「時間に干渉する魔法なんて、簡単に使えるものじゃないんだから! しかも、身体だけが若返って、命に関わる異常も見つからないなんて……」
言いながら、私ははっとした。
おねえちゃんが不安そうにこちらを見ている。
「あ、ごめん。怖がらせるつもりじゃなかったの」
「ううん。大丈夫」
おねえちゃんは首を振った。
「ただ……原因になったものに、心当たりがあるんだよね」
「心当たり?」
「ほら、あの透明な粒。行商人さんにもらったもの」
私は頷いた。
確かに、変化が起きる前に食べたものといえば、それくらいしかない。
「その粒、まだ残ってる?」
「ううん。全部パンに混ぜちゃった」
「…………全部?」
「……うん」
二人の間に、微妙な沈黙が落ちた。
私は思わず額を押さえた。
「おねえちゃん……」
「だ、だって! 珍しい食材だと思ったんだもん!」
「普通、正体の分からないものを全部パンに入れないでしょ!?」
「うっ……。そ、それは……そうなんだけど」
おねえちゃんが、しゅんと肩を落とした。
……しまった。
責めても仕方がない。
おねえちゃんだって、まさかこんなことになるとは思わなかったはずだ。
「……ごめん。今のは言いすぎた」
「ううん。私が軽率だったから」
おねえちゃんは困ったように笑った。
「でも、もう食べちゃったものは仕方ないよね」
「それはそうだけど……」
「しばらく様子を見てみるよ。自然に戻るかもしれないし」
そう言って、おねえちゃんは自分の手を握ったり開いたりした。
「今のところ、身体が小さくなった以外は元気だし。無理に何かして、もっと悪くなったら困るからね」
「……おねえちゃんは、それでいいの?」
気づけば、そんな言葉が口から出ていた。
おねえちゃんは目を瞬かせる。
「え?」
「元に戻れるか分からないんだよ? このままずっと、今の姿だったら……」
言いかけて、口を閉じた。
そんなこと、私だって考えたくない。
おねえちゃんが元に戻れなかったら。
今までの生活ができなくなったら。
もし、身体だけでなく、ほかにも何か影響が出たら。
考えれば考えるほど、胸の奥が冷たくなった。
けれど、おねえちゃんは私の頭にそっと手を置いた。
「ルネ。心配してくれてありがとう」
「……おねえちゃん」
「でも、焦っても仕方ないよ。まずは普通に生活してみる。それで何か変化があったら、そのときに考えよう?」
その声は穏やかだった。
昨日より少し幼く見える顔なのに、こういうときのおねえちゃんは、やっぱりおねえちゃんのままだ。
だからこそ、余計に思った。
――私が、何とかしなくちゃ。
おねえちゃんが待つというなら、それでもいい。
でも、私は待つだけなんて嫌だった。
時間が巻き戻ったような現象。
正体の分からない透明な粒。
そして、それを持っていたという行商人。
調べるべきことは、いくらでもある。
「……分かった。しばらく様子を見よう」
「うん。ありがとう」
私は笑って頷いた。
おねえちゃんも安心したように微笑む。
それから私たちは朝食をとり、いつもどおり一日の準備を始めた。
おねえちゃんは、昨日直したばかりの服の袖を確かめながら、焼きたてのパンを籠に詰めている。
その姿を見ていると、少しだけ気持ちが落ち着いた。
……けれど。
私は机の上に置いた水晶を、もう一度だけ振り返った。
ほんの一瞬、逆向きに流れた光。
あれは、見間違いなんかじゃない。
時間そのものに触れたような、異質な痕跡だった。
そして、それを引き起こした原因は、まだ何も分かっていない。
「……絶対に、見つけてみせる」
誰にも聞こえないくらい小さな声で、私は呟いた。
おねえちゃんには、しばらく待つと言った。
でも、私まで何もせずに待つつもりはない。
あの透明な粒は、いったい何だったのか。
誰が、何のために作ったのか。
そして――。
どうして、おねえちゃんの時間を巻き戻したのか。
その答えを探すため、私は密かに動き始めることにした。




