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勇者の君へ ——僕は平穏に暮らしたかった物語——  作者: R.R.
第二章 集い、始まる

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15/20

15、少女 セシリア(ルネ視点)


〈ルネ視点〉


翌朝。


目を覚ました私は、隣のベッドを見て、思わず眉を寄せた。


「……本当に、小さくなっちゃったんだ」


そこにいたのは、昨日までのセシリアおねえちゃんではなかった。


銀色の長い髪も、澄んだ碧い瞳も変わらない。けれど、身体は十五歳くらいまで若返っている。


昨日は驚きすぎて、そこまで気にする余裕がなかった。


でも、一晩眠っても元に戻らなかったとなると、さすがに笑ってはいられない。


「うーん……」


私はベッドから起き上がり、おねえちゃんの顔を覗き込んだ。


「……ん。ルネ?」


「おはよう、おねえちゃん」


「おはよう……。あれ、もう朝?」


「うん。ぐっすり寝てたよ」


「そっかぁ……」


おねえちゃんは眠たそうに目をこすり、それから自分の手を見つめた。


そして、数秒。


「…………あ」


「うん。元に戻ってないね」


「……うん」


おねえちゃんの肩が、目に見えて落ちた。


昨日は明るく振る舞っていたけれど、やっぱり不安なのだろう。


それでも、私に心配をかけないようにしている。


そういうところが、おねえちゃんらしい。


「大丈夫だよ」


私はできるだけ明るい声で言った。


「原因が分かれば、元に戻す方法も見つかるかもしれないから!」


「……そうだね。ありがとう、ルネ」


おねえちゃんは微笑んだ。


けれど、その笑顔には少しだけ無理があった。


――絶対に、原因を見つけよう。


私は心の中でそう決めた。


まずは身体に異常がないか、調べなければならない。


幸い、魔力や呪いについて調べるための道具なら、旅の荷物にいくつか入っている。


私はそれらを机の上に並べた。


「おねえちゃん、ちょっと手を貸して」


「ん? いいけど……何をするの?」


「検査!」


「け、検査?」


「そう。身体が小さくなった原因を調べるの!」


「……なんだか、お医者さんみたいだね」


「ふふん。任せて!」


胸を張ってみせる。


本当は、私だってこんなことを調べるのは初めてだ。


でも、不安そうなおねえちゃんを前にして、分からないから何もしない、なんて言いたくなかった。


私は小さな魔法陣を描き、その中央におねえちゃんを座らせた。


「まずは、身体に残っている魔力を調べるね」


「うん」


魔法陣に魔力を流し込む。


淡い光が広がり、おねえちゃんの身体を包んだ。


魔力の流れ。身体の状態。外部から干渉された痕跡。


一つずつ確かめていく。


……けれど。


「…………あれ?」


私は首を傾げた。


「どうしたの?」


「ううん。おかしいな……」


もう一度、魔法陣に魔力を流す。


結果は変わらなかった。


呪いの痕跡はない。


病気の兆候も見つからない。


身体を変質させるような魔法の残滓も、ほとんど残っていなかった。


まるで、最初からこの姿だったかのように。


「……ルネ?」


「ちょっと待ってね。もう一回だけ!」


私は別の道具を取り出した。


魔力の流れを可視化する水晶だ。


おねえちゃんに触れさせると、水晶の内部に青白い光が灯る。


光は身体の輪郭をなぞるように揺れたあと、突然、ほんの一瞬だけ逆向きに流れた。


「――っ!」


思わず水晶を握り直す。


今のは、何?


魔力が乱れたわけではない。


むしろ、何かが正常な流れを逆向きにたどったように見えた。


私はもう一度、水晶を確認する。


しかし、今度は何も起こらなかった。


「ルネ、何か分かった?」


「……うん。たぶん」


「たぶん?」


「まだ、はっきりとは言えないけど……」


私は言葉を選んだ。


「おねえちゃんの身体、若返ったというより……時間が巻き戻ったみたいになってる」


「時間が……?」


「うん。普通の魔法で身体を若くしたなら、何かしら魔力の痕跡が残るはずなんだ。でも、おねえちゃんにはそれがほとんどない」


水晶を見つめながら、私は続けた。


「まるで、今の身体になる前の状態に戻されたみたいに」


おねえちゃんは目を丸くした。


しばらく考え込んでいたけれど、やがて困ったように笑った。


「……それって、すごいことなの?」


「すごいどころじゃないよ!」


思わず声が大きくなった。


「時間に干渉する魔法なんて、簡単に使えるものじゃないんだから! しかも、身体だけが若返って、命に関わる異常も見つからないなんて……」


言いながら、私ははっとした。


おねえちゃんが不安そうにこちらを見ている。


「あ、ごめん。怖がらせるつもりじゃなかったの」


「ううん。大丈夫」


おねえちゃんは首を振った。


「ただ……原因になったものに、心当たりがあるんだよね」


「心当たり?」


「ほら、あの透明な粒。行商人さんにもらったもの」


私は頷いた。


確かに、変化が起きる前に食べたものといえば、それくらいしかない。


「その粒、まだ残ってる?」


「ううん。全部パンに混ぜちゃった」


「…………全部?」


「……うん」


二人の間に、微妙な沈黙が落ちた。


私は思わず額を押さえた。


「おねえちゃん……」


「だ、だって! 珍しい食材だと思ったんだもん!」


「普通、正体の分からないものを全部パンに入れないでしょ!?」


「うっ……。そ、それは……そうなんだけど」


おねえちゃんが、しゅんと肩を落とした。


……しまった。


責めても仕方がない。


おねえちゃんだって、まさかこんなことになるとは思わなかったはずだ。


「……ごめん。今のは言いすぎた」


「ううん。私が軽率だったから」


おねえちゃんは困ったように笑った。


「でも、もう食べちゃったものは仕方ないよね」


「それはそうだけど……」


「しばらく様子を見てみるよ。自然に戻るかもしれないし」


そう言って、おねえちゃんは自分の手を握ったり開いたりした。


「今のところ、身体が小さくなった以外は元気だし。無理に何かして、もっと悪くなったら困るからね」


「……おねえちゃんは、それでいいの?」


気づけば、そんな言葉が口から出ていた。


おねえちゃんは目を瞬かせる。


「え?」


「元に戻れるか分からないんだよ? このままずっと、今の姿だったら……」


言いかけて、口を閉じた。


そんなこと、私だって考えたくない。


おねえちゃんが元に戻れなかったら。


今までの生活ができなくなったら。


もし、身体だけでなく、ほかにも何か影響が出たら。


考えれば考えるほど、胸の奥が冷たくなった。


けれど、おねえちゃんは私の頭にそっと手を置いた。


「ルネ。心配してくれてありがとう」


「……おねえちゃん」


「でも、焦っても仕方ないよ。まずは普通に生活してみる。それで何か変化があったら、そのときに考えよう?」


その声は穏やかだった。


昨日より少し幼く見える顔なのに、こういうときのおねえちゃんは、やっぱりおねえちゃんのままだ。


だからこそ、余計に思った。


――私が、何とかしなくちゃ。


おねえちゃんが待つというなら、それでもいい。


でも、私は待つだけなんて嫌だった。


時間が巻き戻ったような現象。


正体の分からない透明な粒。


そして、それを持っていたという行商人。


調べるべきことは、いくらでもある。


「……分かった。しばらく様子を見よう」


「うん。ありがとう」


私は笑って頷いた。


おねえちゃんも安心したように微笑む。


それから私たちは朝食をとり、いつもどおり一日の準備を始めた。


おねえちゃんは、昨日直したばかりの服の袖を確かめながら、焼きたてのパンを籠に詰めている。


その姿を見ていると、少しだけ気持ちが落ち着いた。


……けれど。


私は机の上に置いた水晶を、もう一度だけ振り返った。


ほんの一瞬、逆向きに流れた光。


あれは、見間違いなんかじゃない。


時間そのものに触れたような、異質な痕跡だった。


そして、それを引き起こした原因は、まだ何も分かっていない。


「……絶対に、見つけてみせる」


誰にも聞こえないくらい小さな声で、私は呟いた。


おねえちゃんには、しばらく待つと言った。


でも、私まで何もせずに待つつもりはない。


あの透明な粒は、いったい何だったのか。


誰が、何のために作ったのか。


そして――。


どうして、おねえちゃんの時間を巻き戻したのか。


その答えを探すため、私は密かに動き始めることにした。

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