↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
勇者の君へ ——僕は平穏に暮らしたかった物語——  作者: R.R.
第二章 集い、始まる

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
14/20

14、姉妹….みたい?


パンが焼ける、香ばしい匂いが広がっていた。


かまどの中で、パンがこんがりと色づいていく。


私はそれを眺めながら、深いため息をついた。


「……夢じゃないんだよね、これ」


誰に聞かせるでもなく呟いて、自分の手を見下ろす。


細い指。小さな手のひら。少し力を込めただけで、手の甲に浮かぶ筋まで頼りなく見えた。


つい先ほど、鏡で確認したばかりだ。


どう見ても十五歳前後。


昨日までの私とは、身体の大きさがまるで違う。


いや、昨日までどころか、勇者になる前の私と比べても、どこか違和感がある。


「……本当に、どうしてこうなったかなぁ」


原因は、行商人からもらった透明な粒。


珍しい食材だと思って、パンに混ぜてしまった。味に問題はなかったし、身体に悪そうな感じもしなかった。


まさか、食べた翌朝にこんなことになるなんて。


人生、何が起きるか分からない。


……いや、さすがにこれは予想できないよ。


「おねえちゃんー? パン、焦げない?」


「えっ、あっ!」


ルネの声に慌ててかまどを確認する。


危ない。考え事をしている場合じゃなかった。


焼き上がったパンを取り出すと、表面はきれいなきつね色になっていた。焦げた匂いもしない。


よかった。


私はほっと胸を撫で下ろし、それから自分の着ている服に目を落とした。


……うん。


やっぱり、問題はこっちだ。


元の身体に合わせて仕立てた服は、今の私には大きすぎる。


袖は指先をすっぽり覆っているし、裾も余っている。腰のあたりも緩くて、歩くたびに布が揺れる。


なんとか紐で留めてみたものの、どうにも落ち着かない。


「おねえちゃん、ちょっとこっち向いて」


「ん? なに?」


振り返ると、ルネが私の袖をじっと見つめていた。


「……それ、動きにくくない?」


「動きにくいよ」


「だよね」


即答すると、ルネはなぜか満足そうに頷いた。


「じゃあ、直そう!」


「え?」


「針と糸、あるでしょ? ほら、座って!」


ルネは私の返事を待たず、椅子を引いてくれた。


……あれ?


なんだろう、この感じ。


普段なら、私がルネの世話を焼く側なのに。


食事を用意して、パンを焼いて、無茶をしないように見張って。


なのに今は、ルネが私の面倒を見ようとしている。


「いや、自分でできるよ?」


「袖、踏んで転びそうになったの誰?」


「…………私です」


「裾を踏んで、椅子に座るときに引っかかったのは?」


「…………私です」


「じゃあ、座って!」


「はい……」


ぐうの音も出なかった。


ルネは勝ち誇ったように笑うと、裁縫道具を持ってきた。


その顔があまりにも得意げだったので、私は思わず頬を膨らませる。


「……なんか、悔しい」


「ふふん。今日の私は、おねえちゃんのおねえちゃんだからね!」


「ややこしっっっ」


思わず声が大きくなった。


ルネはきょとんとしたあと、楽しそうに笑い出す。


「だって、今のおねえちゃんは小さいんだもん!」


「小さいって言わないで!」


「小さいよ?」


「うっ……」


正論はやめてほしい。


私は口を尖らせたまま、椅子に座り直した。


……あれ?


今、私、頬を膨らませなかった?


しかも、言い返し方まで子供っぽかったような。


胸の奥が、妙にざわついた。


身体が若返っただけなのか。それとも、頭の中まで少し影響を受けているのか。


さっきから、いつもなら気にしないようなことでむきになってしまう。


自分でも、少しおかしいと思う。


勇者だった頃、こんなふうに感情を表に出すことはあまりなかった。


戦いの最中はもちろん、旅の途中でも、なるべく冷静でいようとしていたから。


けれど今は、ルネにからかわれるだけで、つい反論してしまう。


まるで、昔の自分に戻ったみたいだ。


「……おねえちゃん?」


不意に、ルネの声が優しくなった。


「どうしたの? どこか痛い?」


「え? ううん。大丈夫」


「本当に?」


ルネは針を置いて、私の顔を覗き込んだ。


その瞳には、さっきまでのからかうような色はない。


ただ、心配してくれている。


「……ちょっと、自分でもびっくりしてるだけ」


「そっか」


ルネはそれ以上、深く聞かなかった。


代わりに、私の長すぎる袖を丁寧に折り返し、どのくらい詰めればいいかを確かめてくれる。


「これくらいかな?」


「うん。ちょうどよさそう」


「じゃあ、ここを縫って……っと」


針を動かすルネの横顔を見つめる。


真剣な表情。


普段は私に甘えてくることも多いのに、こうしていると、ずいぶん頼もしく見えた。


「……ふふっ」


「ん? どうしたの?」


「ううん。なんでもない」


私は首を振った。


なんだか、嬉しかったのだ。


自分がこんな姿になってしまったことは、まだ受け入れられない。


元に戻れるのかも分からないし、これからどう生活すればいいのかも分からない。


不安は、いくらでもある。


それでも。


目の前で一生懸命に服を直してくれるルネを見ていると、不思議と心が落ち着いた。


この子がいてくれてよかった。


そう思った瞬間、自然と笑みがこぼれた。


「……ありがとう、ルネ」


「えっ?」


ルネが顔を上げる。


「服、直してくれて。あと、心配してくれて」


「べ、別に! いつもおねえちゃんにお世話になってるから、そのお返し!」


ルネは少し照れたように目を逸らした。


耳まで赤くなっている。


……あれ?


もしかして、この子も照れることがあるんだ。


いつも私のことをからかってくるから、てっきりそういうのは平気なのかと思っていた。


「ふふっ」


「な、なに?」


「ううん。ルネって、かわいいなって」


「なっ……!?」


今度はルネが固まった。


「ちょ、ちょっと! 急に何言ってるの!?」


「本当のことだけど?」


「そ、そういうのはいいから!」


顔を真っ赤にして抗議するルネ。


その反応が面白くて、私はまた笑ってしまった。


するとルネは、何かを思いついたように私を指さした。


「……おねえちゃんだって、かわいいよ!」


「えっ?」


「今のおねえちゃん、すっごくかわいい!」


「そ、それは……」


「ほら、顔も赤くなってる!」


「なってない!」


「なってる!」


「なってないってば!」


気づけば、私たちは子供みたいに言い合っていた。


……いや、今の私は本当に子供みたいな身体なのだけれど。


そんなことを考えたら、また笑いが込み上げてきた。


ルネもつられたように笑う。


小さな店の中に、二人の笑い声が響いた。


やがて服の手直しが終わると、ルネは満足そうに胸を張った。


「はい、完成!」


「おお……! ありがとう、ルネ!」


袖を動かしてみる。


さっきまでのように手が隠れることもないし、裾を踏む心配もなさそうだ。


これなら、なんとか生活できる。


「すごいね。上手じゃない」


「えへへ。これくらいならね!」


褒められたルネは、嬉しそうに頬を緩めた。


私は立ち上がり、テーブルに焼きたてのパンを並べる。


温めたミルクと、少しだけ残っていた果物のジャムも添えた。


「それじゃあ、お礼におやつにしようか」


「やった!」


ルネは勢いよく椅子に座った。


「……あっ、待って。おねえちゃんが座るまで待つ!」


すぐに立ち上がり、私の椅子を引いてくれる。


その仕草が妙におかしくて、私は目を細めた。


「ふふっ。ありがとう」


「どういたしまして、おねえちゃん」


そう言って、ルネはにっこり笑った。


私はその笑顔を見つめながら、ゆっくりと椅子に腰を下ろす。


身体は小さくなってしまった。


明日からどうなるのかも、まだ分からない。


けれど、少なくとも今は。


こうして一緒にパンを食べて、笑い合える相手がいる。


それだけで、少しだけ心が軽くなった。


「ねえ、おねえちゃん」


「なに?」


「明日も、一緒にパン焼こうね!」


「……うん。もちろん」


私は笑って頷いた。


十五歳の身体になった私と、いつも隣にいてくれるルネ。


なんだか、姉妹みたいだな。


そんなことを思いながら、私は焼きたてのパンを一口かじった。


香ばしい匂いと、優しい甘さが口いっぱいに広がる。


――まあ、元に戻る方法は、明日から考えればいいか。


今はこの子と一緒に、温かいおやつの時間を楽しもう。


そう思えるくらいには、私はもう笑えていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。