第3話:ソルト村の守り神 中編
「私は、君を殺すつもりで殴ったつもりだったが。随分とピンピンしてるんだな」
ダンは睨みつけるような鋭い眼光でバクとの距離を詰めていく。
バクが何も言わない代わりにカルメルが話だす。
「バクは頑丈で感染症にも耐性がある。おまけに食料を生み出すスキルも保有してる。これだけ使い勝手のある男を易々と殺すつもりなら、ワシがお前を殺すぞ」
殺気すらこもっていない言葉にダンが気圧される。
「カルメル様。この村の実態を知るものがいるということがリスクでしかない、殺すべきです」
そう言い切るダンの殺気に満ちた形相を前にエルが立ちはだかり、バクの盾となり始めた。
「バクは悪い人でもないし、村を危険に晒すような人でもない!」
ダンは疑心的な視線を娘に向けながら口を開く。
「聞く限りでは、お前もその男と出会って僅からしいな。それで何が分かる?」
「分かるよ!」
エルの言葉は根拠もない苦し紛れの大きな声でしかない。そんなものでこの堅物そうなハゲ頭を説得することなんて到底できやしないだろう。
そう思ったバクはエルの肩に手を置いて「ありがとう」と呟き、ダンと対峙する。
子供と大人ほどの身長差があるのにも関わらず、バクは怯むこともなく睨み返す。
「俺とも一戦しようぜ。勝ったらここでの修行を認めてもらう」
「ほう? では負けたら殺すがいいか?」
バクはニヤリと笑みを浮かべてから「当然」と言い切った。
この選択をカルメルとエルはひどく反対し続けたが、それも単なる時間稼ぎにしかならず、バクとダンの二人は先ほどの広場で再び向き合うことになった。
その周りには屈強な体をした男達だけでなく、女性、子ども、老人まで。まさに村人総出での見物となった。
「バク。と言ったか」
ダンがバクに話しかける。
「なんだよ。仲間に恥を晒す前に言い訳か?」と笑みを浮かべて返す。
「そうではない。私が気になっているのは貴様が何処から来たのか、ということだ」
その質問に対して「気づいたら草原にいた」とだけ答えるバク。
彼は、一度負けた男を前にして異常なまでに集中しているようだった。
その姿はとても地球という平和な世界を生きてきた人間の様ではない。だが、短期間に二回も死の体験をしてしまえば人格が崩れるなんて容易いことだった。
バクという男は、もはや前世での人間とは全くの別人。
大勢に見られている中、吐息すら聞こえない静かな時間が流れ始めた。途端、走り出したのはダンだった。
バクはただじっとダンを見つめている。
このままではまた同じように殴り飛ばされる、二人の初戦を知っているものはそう思っていた。
ダンが拳を突き出すも、難なく避けられる。
ブォオンッという物凄い風切り音が広場に響いて、子どもの足を振るわせた。
バクはニヤリとした笑みを浮かべてから口を開く。
「あんた頭悪いだろ? パワー自慢ならそれこそ獣とやってきてくれ」
こいつに殴り飛ばされて気絶している時、俺は何か魔力の根源のようなものを知覚した気がしていた。
心の中にある光の感覚とは違った、もっと具現化されたもの。
その力は身体の外に大気を作るかのように纏わりついて、まるで生きているかのように流れていた。
前世でも気とかオーラなんて言われていたものとイメージが一致する。童心をくすぐるような現象が存在しているのがこの世界。
それを認めることからしか、始まらないんだ。
人生なんてどうでもいい。
過去の自分への後悔なんてどうでもいい。
ポップコーンとコーラをこの異世界に作れるのならどうだっていいんだ。
「オッサン。消し炭になるなよ」
ずっと抑えていた、腹の中で燻るような力の根源を全て解き放ち全てを熱に変動させる。
これが魔法なのかスキルなのかは分からない。でも、今持っている力の全てだ。
高温とともに赤みがかるバクの身体。そこから溢れる蒸気のようなもの。
その姿を見てエルが叫んだ。
「逃げてお父さん! 今のバクは猛獣も消し炭にしてしまう」
自分の目で獣がチリになる姿を見ていたエルにとって、その姿は憧れであると同時に恐れでもあった。
「うぉぉ!!!」
ダンの雄叫びを聞きながらもバクの拳が腹部を抉るように打ち付けられる。
打撃に意味なんてない。
これまで格闘技なんかもしたことのない素人以下の攻撃なんて通ずるはずもないのだから。
だから、少しでも長く拳を密着させることだけに集中していた。
ダンが引かずに踏ん張っていると次第に焼けこげた匂いが広場に漂い始めた。
「知ってるよ。魔力で緩和してるんだろ?」
「当然だ」
二人がぶつかり合う最中、広場の奥からいくつもの木が倒れる音がした。
その異変を察知したバクが距離を取ると、すぐに村人の一人が声を上げた。
「守り神様がお怒りだ!!」
森の奥から何かがやってきていることはバクにも分かっていたし、周囲の絶望に満ちた表情が只事ではないということも示唆していた。
村人が守り神と言った生物の一端が見え始めた時、バクは絶望に似た笑みを浮かべてしまう。
「おい、嘘だろ」
神話でしか見たことのない、巨大な龍を彷彿とさせるような大蛇。
大蛇が体を持ち上げるとあたりは一瞬にして夜を迎えるような、日すら通さない。巨大という言葉だけでは説明出来ない存在。
「これ勝てないだろ」
そう呟き、バクはカルメルとエルの元へ向かった。




