第3話:ソルト村の守り神 前編
ここはアルディア王国最果ての森林地帯。
生息する動物は全てが肉食であり鋭い牙の特徴を持つ。
誰も立ち寄ることのないこの森には村があった。
「そういえば、爺さんのことなんて呼べいい? 俺も自己紹介してないし」
「バクだろ。聞いとる。ワシはカルメルだ」
すると、やりとりを見ていたエルが二人の間に入って「カル爺って呼んでるよ!」とバクに伝えた。
カルメルはモッホッホと独特な笑い声を披露してから「好きに呼べば良い」だけ呟く。
「じゃあ、カルメル。よろしく」
(カルメル? カラメル……あ!)
バクはカルメルの家で塩味のポップコーンを食べてからずっと物足りなさを抱いており、その答えがなんだったのかをはっきりと理解した。
「この世界にコーラはないのか?」
「こおら?」とエルは首を傾げた。
「こーうら?」とカルメルも首を傾げた。
少し考えれば分かることだった。
ポップコーンを知らない時点でコーラなんて流行しているはずもないだと。
そもそも俺スキルであるポップコーンというもの自体がここでは異界の食べ物なんだ。
じゃあ、ポップコーンとコーラの黄金的な組み合わせを二度と味わうことが出来ないのか?
嘘だ、そんなの嘘だ。信じたくない。信じられない。
「エル、カルメル。その、噂程度でもいいんだが、こう黒っぽくてでも真っ黒じゃない、シュワっとした飲み物ってあるか? 若干の薬味感というか、砂糖を焦がしたものを使っているような飲み物なんだが」
バクが必死に説明しようにも上手く伝わらない。
そもそもの話、コーラという飲み物を説明する機会なんてこれまでになかった。
世界各国の共通言語と言っても過言ではない存在、それがコーラだったから。
地べたに崩れ落ちるバクをエルが心配そうな表情で見下す。
「大丈夫?」
「いや、そうか。そういうことなのか。これが使命ってやつなのか」
バクがそう呟きなが立ち上がると死んだ魚と酷似していた双眸には確かな光が宿っていた。
「俺決めたよ。せっかく生き延びたこの命を燃やして、この世界でコーラを作る」
「こー、なんちゃらを作るのは構わんが。バクよ、ワシの弟子にはならんか?」
カルメルの真剣な表情を見れば冷やかしでも、単なる思いつきでもない提案であることは明確だった。だが、その誘いをバクはあっさりと断る。
「無理だ。コーラが俺を呼んでる。カルメルと遊んでる暇はねぇんだ」
「じゃが、その程度の力量ではここから出られんぞ」
先を急ぐバクへと放たれたカルメルの声が軽やかな空気を一変した。
バクは冷や汗をかきながらも反論を試みる。
「獣なら俺の熱でなんとかできるし大丈夫だ。それよりも素材の情報を集めたい」
「さっき、殴り飛ばされたのを忘れたのか?」
バクは、殴り飛ばされた時のことを思い返して小さく肩を落としていた。そんな姿を憐れむように、でも寄り添うようにカルメルは問いかける。
「知りたいんじゃろ? 魔力のこと。魔法のこと。エルから聞いておるわい」
バクは振り返り、若干渋ったように首を傾げながらも小さく頷いた。
コーラがないと知った手前、勢いで飛び出しそうになってしまったが、少し冷静になればカルメルの言っていることの方が正しく、提案に関しても本当はバクからお願いするようなものだと気付かされた。
「カルメルに修行してもらうとして、どのくらいの期間が必要なんだ?」
「一年じゃ。一年、きっちりワシの元で魔法について学び体現出来るようにする。そんで、エルが王都に行く時に護衛をしてもらいたい」
「エルが王都に?」
「儀式みたいなもんだな。十八歳を迎えた時、王都の神殿で適正魔法とユニークスキルを持っているかの査定をする。その内容によってこの先の人生が天国にも地獄にもなる、一世一代の大イベント」
「じゃあ、カルメルがついていけばいいじゃん。それか俺を殴り飛ばしたあのハゲ頭とか」
「ワシらはこの村から出られない。そういう呪いの中にいる。だから、満足に狩もできずエルが仕留めた獣で食いながらえてきたんだ」
呪いというものがなんなのかは全く分からない。だけど、カルメルもさっきのハゲ頭もそれなりに悔しい思いをしながら今を生きているということだけははっきりとした。
バクは、一度大きく息を吸ってゆっくりと吐く。
「分かったよ。情報収集ってことならここでも出来るし、王都ってのには行きたかった。魔法も知りたい。至れり尽くせりってもんだ」
エルはバクの言葉を聞いて、口の両端を釣り上げて喜んだ。
「やった!」
カルメルはエルの喜ぶ様を優しい瞳で見つめながらも、入り口のドアに向かって声を張った。
「ダン。これでいいだろ?」
(ダン?)
すると、カルメルの家の扉がゆっくりと開き、中に入ってきたのは先ほどのハゲ頭だった。
「お父さん!」
そんなエルの声が室内に響き渡り、バクは口を大きく開けたまま膠着してしまう。




