第2話:終末の村 前編
灼熱と暗闇で自分が生きているのか死んでいるのかすら判断出来ない時間が続いた。
感じるのは喉の渇きと筋肉痛にも似た全身が軋む痛み。
バクが獣を焼き殺してからは、草原には肉の焦げた匂いが充満し静まり返っていた。
大きな騒ぎを起こしたことで、いつ次の獣がやってくるかも分からない。
そんな状況下でも、体温が異常なまでに上がってしまったバクの体を冷まそうと彼女は水魔法を使用し続けていた。
手から水が落ちてはバクに届かず蒸気となる。
「なんて高温なの。まるで火、いやそれ以上だ」
それからも彼女は諦めることなく懸命に水を浴びせ続けた。
一時間ほど経過した頃、ようやくバクが薄目を開け始めた。
「あれ、俺。どうしたんだっけ」
「あ、起きた! あのさ、その身体の熱なんだけど、下げることは出来ない?」
言われてようやく気がつく、草が焼け死ぬほどの高温。
そして思い出す。自分が獣に触れた瞬間、溶けるように焼けていった光景を。
スッと周囲の空気を吸い込み、瞳を閉じる。
あの時、極限状態で認知した力の根源。真っ暗な精神の中にポツンと浮かぶ強い光。
その光を優しく包み込むように力を抜いていく。
すると、自分の赤みがかった体が通常状態へと戻っていった。
「こんな感じか」
その姿を彼女はじっと見つめながらも小さく拍手をしていた。
「お兄さん、やれば出来るじゃん」
「さっき、君が死ぬって思った時に何かを掴んだみたい。あ、というか、助けに来てくれてありがとう」
「いいのいいの。私はただ好奇心で首突っ込んだだけだし、助けてくれたのはお兄さんだったし」
あははと楽観的な笑みを浮かべているが、彼女も獣に噛まれていたため衣類に血が染み込んでいるようだった。
バクも傷は深く、立ちあがろうにも力は入らない状態だった。
「ここで一晩明かすってのは流石に喰われるかな?」
「どうだろうね。ただ、早く治療しないと感染症で死ぬと思うよ」
「は? そういう大事なことはもっと早く言ってくれよ」
慌てているバクを見て彼女は口元を隠しながらも笑みを漏らした。
「やっぱり。生きたかったんだね」
「またそれか。つーか、どうしてそう言い切れるんだよ」
「簡単だよ。お兄さんの魔力が何も諦めていなかったから。喰い千切られなかった理由や他の獣が見ているだけだった理由は殺意に満ちた魔力で身体を強化していたから。そんな相手に迂闊に近付くほど馬鹿じゃない」
そうなんじゃないかと推測を立てたのは記憶にも新しい。
ただ、分からないことも確かにあった。
「じゃあ、俺がここまで一気に吹っ飛んで来れたことや獣が消し炭になるほどの高温を纏えたのも魔力のおかげってこと?」
彼女は首を傾げつつ「私も分からないんだよね」と話し始めた。
「そもそも、魔力って多少の強化と適正魔術が使えるくらいで、そんなに自由度が高いものじゃないし。私の見立てだとユニークスキルかなって思ったんだけど、心当たりない?」
「ないよ。俺のスキルはポップコーンの生成だ」
「ポップコーン?」
「ほら、そこら辺に転がり落ちてる白い粒。これはただの食料で、使い道のないゴミスキルなんだ。さっきみたいな万能な力を秘めているとは思えない」
「え、これ食べられるの?」
「まあ、ポップコーンだからな」
バクがそう呟くと、彼女は身を乗り出して声を上げた。
「私、エル! エル・レオパトラっていうの。あなたにお願いがあります!」
「え、いや、その」
「あなたの感染症を治す薬もあるので私の村に来てはいただけませんか?」
突然丁寧な話し方をされると怪しんでしまうバク。でも、せっかく生きながらえたというのに感染症で死ぬなんていうのも味気ない。
バクは極地でエルに言われた言葉を思い返していた。
『あなたが命を諦めてない証ではないだろうか!』
あれほどに気持ちを真っ直ぐぶつけられたのは何年振りのことだっただろうか。
華奢な体の割に大きな声で叫び、命の限りに助けようとしてくれた彼女を信じない理由なんてなかった。
「俺はバクだ。村には行きたいがしばらく立てそうにない。どうすればいい?」
「そうだね。出血しすぎたのと魔力の枯渇が原因だと思うから。しばらく様子を見て、それでも無理そうなら一時野営だね。火を焚き続けることができればなんとか食べられずに済むとは思う」
この辺り一帯の獣は非常に頭が良く、危険な可能性がある場合には慎重に判断をする傾向があるらしい。
そのため、火を焚いてさえいれば一夜だけなら安全に過ごせる可能性が高い。
バクはその説明を聞いていても、なんとか屋根のある村へ足を運びたいと思っていた。だが、現実はそう都合よくいかないもので、日は沈みだしエルが枯れ葉や枯れ木を集めては火を起こした。




