2話:三度目の正直
「ポチ、ここでいいわ。終わったらまた呼ぶから、森の周りで適当に遊んでいて。
あっ、近くの警備兵は食べちゃダメよ?」
「グルゥ、グルゥア」
私がバルコニーへ降り立つと、赤炎竜ポチは嬉しそうに夜空へ駆け出した。
ここは王宮の最果てにある、私の私宮——通称『日陰の離宮』。
国王も、兄も、姉たちも、私を単なる「十番目の出来損ない」としか見ていないからこそ、滅多に人が寄り付かない。
有用性が認められている間だけ許された、この自由。
いわば王家の飼い殺しだけど、今の私にはそれで十分だ。
彼らが私を甘く見ているうちに、私は伝説の勇者をでっち上げる。
そして、私だけを愛し、私だけを守ってくれる「絶対的な運命」を手に入れるのだ。
(王家の権威なんて、勇者様さえいればひっくり返せる。
私は、もっと高い場所へいく。あの高慢な姉たちが、私に跪く未来を掴み取るのよ)
「おお、アイン様! お戻りをお待ちしておりましたぞ。
赤炎竜をまるで愛玩動物のように手懐けるとは……。常人があれを召喚すれば数十人の術士が命を懸けても成功するかどうか。相変わらず恐ろしい才能だ」
バルコニーの奥、薄暗い室内に設えられた祭壇の前で私を迎えたのは、先ほど先回りさせたマーリンだった。
かつて、王家から疎まれ、将来の全てを絶望に塗りつぶされていた私に「魔術」という唯一の武器を授けてくれた恩師。
私が『無詠唱召喚』の才を隠し持っていることを知る、世界で唯一の理解者でもある。
「あら、教え方が良かったおかげよ。……それより、魔石の準備はできている?」
マーリンは恭しく頷き、祭壇へと案内してくれた。
そこには、私が数年かけて集めた『転移コウモリの羽』と『時空花』、そして古の遺跡で読み解いた『空創の断片』が整えられていた。
これを煮詰め、特殊な魔石に術式を刻み込む。すでに廃れてしまった古代の魔術体系であり、私とマーリンにしか扱えない禁忌の技術だ。
「……いくわよ。私の人生をかけた、最初で最後の博打なんだから」
台座に魔石を置き、私は前世の記憶から引き出した「理想の勇者」のイメージを、限界まで膨れ上がらせた魔力に乗せて注ぎ込んだ。
マーリンが額の汗を拭いながら、封印の魔術を重ねていく。
「……出来ましたぞ。特製の魔石、予備を含めて計四個。……はぁ、本当に四回もやるのですか?」
「当たり前でしょ? 一度で本命が来るとは限らないもの。価値観が合わなかったら即リリース。ストックによる厳選は基本よ」
顔は絶対に大事。
中身も当然大事。
私の召喚に妥協の二文字はない。
召喚してから、その肉体がこの世界に完全定着するまでの時間はおよそ三分。
その間に顔と素性を面接し、合格なら契約を結ぶ。
不合格なら、定着前に術式を反転させて元の世界にお帰りいただく。
冷徹なようだけど、妥協はしない。
私のセカンドライフを、理想外の男に託すわけにはいかないのだ。
***
「……歳は前世と同じくらい。真面目で、優しくて、でも少しだけ大人の余裕があって。頭脳明晰、かつ目の保養になるレベルのイケメン。……まあ、このくらいは贅沢じゃないわよね」
私はブツブツと際限のない願望を垂れ流しながら、祭壇に四つの魔石を並べた。
準備は完璧。前世の知識を総動員して作った、完璧な勇者召喚システム。
「マーリン、ごめんね。魔力の補助、ありがとう。あとは私一人でやるから、別室でゆっくり休んでいて」
過呼吸気味に作業疲れしてしまったマーリンを下がらせ、私は深く息を吸った。
……さあ、来なさい。私の理想!! 私の為だけの勇者様!!
魔石に手をかざすと、魔力がグングン吸い上げられる。
全身の細胞が軋み、激しい頭痛が視界を白く染めた。
——一回目の召喚。閃光と共に現れたのは、部屋着のまま鼻をほじる不潔なニート。
「却下! リリース!」
——二回目の召喚。現れたのは、こちらを見るなり卑猥なニヤケ顔を浮かべた男。
「……ッ、生理的に無理! リリース!!」
光の霧となって消えていく男たちを見送りながら、私は椅子に倒れ込み、荒い息を吐いた。
「嘘でしょ……。私の勇者イメージって、結局この程度なの……!?」
前世で暇つぶしに読み漁っていた、都合のいい妄想ファンタジー小説のデータが、無意識に私の召喚術式を汚染していたなんて。
「私のせいだ。私の脳内データベースが、勇者を汚している……!」
すでに魔力は限界に近い。
残る魔石は、あと二個。今の魔力なら、実質あと一回が精一杯。
私は震える手で、三番目の魔石に手をかざした。
「信じなさい、アイン。あなたの前世——『姫神桜』の感性を信じるの。あなたはもっと、高潔で、美しく、強い男性を求めていたはずよ!」
全魔力を絞り出し、術式に願いを込める。
パシィィン!と鋭い閃光が走り、そこには一人の男子高校生が立っていた。
地味だが整った顔立ち。
真面目そうな雰囲気。
制服を着た、まさに王道の主人公そのもの。
『おわっ、なんだこれ!? 魔法陣? これってまさか、異世界召喚!?』
……悪くない。今度こそ、と胸をなでおろした。
けれど、次の瞬間。
『うぉおお! マジ異世界じゃん!? これって俺、チートスキルとか貰える感じ? ステータス画面はどこ!?』
彼の眼差しは、目の前にいる私ではなく、私の背後に広がる「異世界というゲーム」にしか向いていなかった。
その瞬間、私の胸は氷のように冷え切った。
前世のあの雨の日の記憶が、脳裏をよぎる。
私を見ず、自分の都合だけで他者を突き放す人間。
こいつは駄目だ。いざという時、私の手を離して逃げる。
「……ステータスとか、そんな便利なものはないわよ。リリース」
パッと光が消え、再び孤独なバルコニーに一人。
全身の水分が蒸発したような脱力感。視界は霞み、手足は小刻みに震えている。
「……あは、あはは。詰んでる……これ、完全に詰んでるわね」
自嘲する私の目から、一筋の涙が零れ落ちた。
魔力は空っぽ。だけど、手元には最後の一個——四番目の魔石が残っている。
もし、次も「外れ」だったら……私はもう、二度と立ち直れない。
あの冷酷な姉たちの言う通り、どこかの老貴族に売られるだけの人生が確定する。
「……それでも。最後に、もう一度だけ」
私は、最後の魔石を血が滲むほど強く握りしめた。
今度は、容姿だの性格だの、都合のいい理想像なんて一切考えない。
ただ……誰かに、この底なしの孤独を壊してほしい。
世界中で、私だけを必要としてくれる、私だけの味方を——。
魂を削るような、ひたむきな願いを込めて。私は最後の魔力を、その石にぶつけた。




