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伯爵に成り上がった婚約者に「用済みだ」と切り捨てられましたが、彼の功績も財産も健康も、支えていたのはわたくしでした  作者: 鷹居鈴野


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エピローグ 身の程を教えて差し上げます

 一年後。


 私、イレーネ・フォン・アイゼンヴァルトと、ヴェスターラント王太子エドヴァルドの婚約が、両国の祝福の中で、正式に発表された。


 辺境伯へんきょうはく令嬢と、王太子。二つの国を繋ぐこの縁は、同盟をさらに強固なものにし、ザイデルン帝国への、揺るぎない備えとなった。


 *


 グレタは、レーヌ・ブランシュの正式な共同経営者となった。


 三年間、私の影として、聖医の診療網と化粧品事業を守り抜いてくれた彼女。もう、影でいる必要はない。彼女は今、堂々と表舞台に立ち、事業を率いている。


「お嬢様。……いえ、妃殿下と、お呼びしたほうがよろしいかしら」


「グレタまで、そんな他人行儀な。……昔のように呼んでちょうだい」


「ふふ。承知いたしました、お嬢様」


 彼女の笑顔は、あの潜伏の日々の緊張から、すっかり解き放たれていた。


 *


 兄バルドゥインは、アイゼンヴァルト家の次期当主として、正式に認められた。国境の守りを担う武門の跡取りとして、その武名は、ますます高まっている。


 時折、私に会いに来ては、こう言って笑う。


「怖い妹だと思っていたが……今や、一国の妃だ。ますます手に負えん」


 *


 オデットのその後は、風の便りに聞くだけだった。


 社交界を追われた彼女は、遠い領地の、小さな屋敷で、静かに暮らしているという。かつての華やかさは、もうどこにもない。ただ、身の丈に合った、ささやかな日々を送っているらしい。


 フェリクスのその後も、また、風の便りに届いた。


 伯爵はくしゃく位を失い、負債だけが残った彼は、すべてを清算した後、再び――行商人として、旅に出たという。


 四年前、私が出会ったときと、同じ姿で。荷を担ぎ、街道を歩き、その日暮らしを続けている。


 あれほど望んだ地位も、名誉も、財も。手にした途端に手放して、彼は、振り出しに戻ったのだ。


 ただひとつ、あの頃と違うのは――もう、彼を支える者は、隣にいないということだった。


 *


 その日、私は、レーヌ・ブランシュの新作発表会に、招かれていた。


 王都の一等地に構えた、瀟洒な店。棚には、私が生み出した香油や紅が、美しく並んでいる。集まった貴婦人たちが、目を輝かせて、新作に見入っていた。


 かつて、地味な色を勧められ、押し込められてきた私の感性が、今では、この国の美の基準を、静かに作り変えつつある。


「――イレーネ様。この新作の紅、なんて美しい色でしょう。どうやって、この色を?」


 ひとりの貴婦人が、うっとりと尋ねてきた。


 私は、微笑んで、答えた。


「秘訣は、ひとつだけですわ」


「まあ、なんですの?」


「――誰かに『似合わない』と言われても、自分の好きな色を、諦めないこと」


 貴婦人たちが、くすくすと笑った。


 その笑い声の中で、私は、そっと自分の首元に触れた。


 もう、『霞の首飾り』は、そこにはない。


 顔を隠す必要も、身分を偽る必要も、誰かの都合で沈んでいる必要も――もう、どこにもない。


 私は、ただ、私自身として、ここに立っている。


 四年前、「身の程を弁えろ」と嗤われた女が。


 今、この国の美の基準を作り、隣国の妃となり、ひとりの人として、愛されている。


 ――身の程を教えて差し上げるのは、こちらのほう。


 あの日の言葉を、私は、静かに胸の内で、もう一度だけ、繰り返した。


 窓の外には、穏やかな春の光が、差し込んでいた。


(完)

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