フィアナ、友達の本当の笑顔を取り戻す
続いて、エリンちゃんが一歩前に出ます。
「そうやって人を追い詰めて。……帝国は、ひどいと思う」
「……」
「アレシアナさんが命をかけて仕える? 帝国にそんな価値はないよ」
さらには、アレシアナとは初対面のはずのリリスまでが、
「あ~、わらわは気の利いたことは言えぬが……」
「……?」
「人間は、もう少しだけ欲望に忠実に生きてよいと思うのじゃ」
そう言って、楽しそうに笑いました。
それらの言葉を一つひとつ噛み締めるように、アレシアナさんは目を閉じ……、
「本気、なのね?」
かすれた声。
問いかけは、私たち全員に向けられていました。
私は、力いっぱい頷きます。
「もちろん本気です!」
その瞬間。
アレシアナさんは、完全に緊張の糸が解けたかのように脱力し、
「ほんとうに……、あなたは──」
言葉にならないまま、彼女は小さく息を吐き……、
「投降するわ。帝国にも、もう帰らない」
そう、静かに告げたのでした。
──その時でした。
「そいつは困るな」
場違いなほど落ち着いた声が、洞窟に割って入ります。
反射的に振り向いた先、岩陰から姿を現したのは、鋭い目つきをした壮年の男でした。
(……この人、最初からずっとここに!?)
恐るべき執念です。
「あなたは──クラウス!」
アレシアナさんが、即座に名を呼びました。
その声音には、わずかな嫌悪が滲んでいます。
「はっ、まさか本当に絆されるとはな。明確な離反──こいつはもう、言い逃れできないぜ」
嘲るような声。
ですがアレシアナさんは、一瞬たりとも怯みません。
エリンちゃんの拘束魔法が解除されたのを確認すると、静かに立ち上がり、埃を払いながら平然と言い放ちます。
「ええ、言い逃れなんてしないわ。私、もう帝国に戻るつもりはないもの」
吹っ切れたのでしょう。
迷いのないその瞳に、クラウスと呼ばれた男が不快そうに顔を歪めます。
「クラウス、任務は失敗よ。同郷の馴染みとして言ってあげる──このまま何もしないなら、今回だけは見逃してあげる」
氷のように冷たい声。
(アレシアナさん──すごく格好いいです!)
それは帝国の諜報員としての顔でしょう。
その凛とした佇まいに、私は思わず見惚れていましたが──、
「馬鹿め!」
クラウスは、勝ち誇ったように叫びました。
「油断したなっ!」
次の瞬間。
気がつけばクラウスの腕の中には、小柄な影が抱えられていて、
「おまえら! この小娘の命が惜しければ、抵抗はやめて大人しく──」
──その破れかぶれのクラウスの行動は、皮肉にもアレシアナが隠したフィアナの弱点。
人質を取って攻めるという一手でした。
「馬鹿なことはやめて!」
悲痛な声をあげるアレシアナさんをよそに……、
「「「……あっ!」」」
私、セシリア、エリンちゃんの三人が、ほぼ同時に声を漏らしまします。
なぜなら人質に取られたのはリリスで──それは、あまりにも人質に不向きな選択でしたから。
「ふっはっは! いい顔だな、アレシアナ!」
「くっ!」
「まさか人形のようだったおまえが、まさかそんな表情をするようになるとはな……!」
(え~……っと)
(絶賛、高笑いをしているクラウスさんには悪いですが……)
私は、おずおずと手を挙げました。
「……あの、アレシアナさん」
「な、なに……?」
「その子なら、放っておいて大丈夫です」
「…………え?」
「はい、本当に心配なんて要らない子で──」
事実、人質に取られているはずのリリスは、腕を取られたままきょとんとしています。
いったい何が起きているのか、と不思議そうな顔のまま、
「ふむ……?」
リリスが、男を見上げます。
「なんじゃ。よもや、これでわらわを人質に取ったつもりか?」
「な、なんだこのガキ! 黙ってろ!」
男が苛立たしげに武器を振りかざしますが、リリスはまるで気にした様子がなく。
こちらに顔だけ向けて、のんびりと尋ねました。
「消し去っても、よいか?」
あまりにも、普段通りの口調で。
(……いやいや、消し去られると困ります!)
「ストーップ! ストップです、リリスさん!」
「そうですわね。生け捕りにして、情報を聞き出すべきですわ!」
「ですです! 半殺し、半殺しぐらいでお願いします!」
私が慌てて、そう注文を出すと、
「ふむ、心得た」
「な、何をごちゃごちゃと――」
クラウスが言い切る前に。
魔力のこもったリリスの拳が、容赦なく叩き込まれるのでした。
──ヘブシッ!?
かくして魔王の娘の一撃を受けた哀れなクラウスは、見事に洞窟の壁まで吹き飛ばされ──白目を剥いたままピクピクと痙攣しています。
「こ、これ……。生きてますよね?」
「多分──」
自信なさげに視線を逸らすリリス。
こうして最後の戦闘は、文字通り一瞬で決着を迎えるのでした。
「……あの子、何者なの?」
呆然とした表情で、アレシアナさんがそう呟きます。
「えっと……、説明すると、長くなりまして──」
私は、曖昧に笑って誤魔化しました。
そうして蒼晶洞窟には、ようやく本当の意味での静けさが戻ってくるのでした。





