フィアナ、ぶつかり合う
突然、襲撃者に襲われた私たちですが、思いのほか冷静で。
(……いいえ、まだです!)
(だって、この人たちが帝国からの刺客なら──肝心の人に会えてない!)
私が気を引き締めるのと同時、
「ッ!」
空気が、裂けました。
──かろうじて反応できたのは、私だけ。
「やっぱり……、来ると思ってましたよ!」
キィンッ!
金属が弾き合うような鋭い音が、洞窟に響き渡ります。
気づけば目の前に、黒衣の影。
暗器。一切の無駄を削ぎ落とした一撃が、正確に私の急所を狙っていました。
「はあっ!」
「ちっ」
辛うじて魔力で強化した拳で弾くも、間髪入れの追撃が飛んできます。
その暗器による一撃すらおとりにするように、気配を消した鞭が私に襲いかかります。
「……っ!」
反射的に飛び退き、どうにか難を逃れます。
「暗殺術の応用ですか? 見事な視線誘導です」
「──あなたこそ。初見で見切られるとは思ってもなかったわ」
その声からは、わずかな苛立ちが混じっているのが分かります。
(このまま近距離で撃ち合うのは分が悪いですね!)
撃ち合えば、手数でこちらが不利。
私は冷静にそう判断すると、地面を強く蹴り距離を取ります。
距離を保ちつつ、ヒットアンドアウェイ──そう考えていた私ですが、アレシアナさんからの追撃は飛んで来ませんでした。
それどころか……、
「……どうして、来てしまったの?」
ぽつりとアレシアナさんの口から、そんな言葉が飛び出します。
低く、押し殺した声。
「だって──」
私は、正面から視線を受け止め返します。
「まだ、伝えたいことも、話したいことも、たくさんありましたから──」
「いい加減にして」
ぴしゃりと、言葉が切り捨てられます。
「言ったでしょう? 次に会ったら敵同士。話すことなんて何もないって」
「……だとしても!」
またあの表情。
寂しそうで、それでいて全てを諦めてしまったあの顔。
このままじゃ、言葉は届かない。それは間違いなくて……、
「このまま終わりなんて、嫌ですから」
──だから、思う存分やり合って。
それで、ちゃんと話をしましょう。
私は、アレシアナさんを真正面から見据えました。
一瞬の静寂。
洞窟に滴る水音だけが、やけに大きく響きます。
先に動いたのは、アレシアナさんでした。
「……っ」
深く鋭い踏み込み。
一気に距離を詰めてくる気配。
振るわれた鞭は、相変わらず鋭いですが、
(……荒い!)
その軌道は、はっきりと目に映りました。
さっきまでの死角を突くような動きと比べたら、どこか素直です。
私は身体をひねり、最小限の動きでかわすと、
「甘いです!」
その勢いを利用して、一気に懐まで飛び込みました。
アレシアナさんは強敵です。最後の一瞬まで、油断はしません──どんな小さな罠にも引っかからないように。
そう細心の注意を払っていた私でしたが、
「いい加減に……、して!」
その一撃は、愚直なまでの真っ直ぐな一撃で。
(なんでだろう……?)
それは、あまりにもアレシアナさんらしくない戦い方で。
──私は、その手首を掴むと、
「これで……、終わりですね」
一気に体勢を崩し、そのまま抑え込むのでした。
「エリンちゃん、拘束をお願いします!」
「分かりました!」
その直後、エリンちゃんの放った光の輪が重なり動きを封じます。
そうして私とアレシアナさんの戦いは、呆気ない決着を迎えるのでした。
***
「…………」
仰向けのまま、アレシアナさんは天井を見つめています。
荒かった呼吸が、少しずつ落ち着いていきました。
「……なんで、本気を出さなかったんですか?」
「何のこと?」
そう、すっとぼけた声。
「最初の動きと……、全然違ったじゃないですか」
アレシアナさんの得意とする戦闘スタイルは、姿を隠しながらの暗殺術。
最初の研ぎ澄まされた動きを思えば、さっきの戦いはらしくないとしか言いようがなく、
「……よく、見てるのね」
私の言葉に、アレシアナさんは諦めたようにそう呟き……、
「それより……。とどめ、刺さないの?」
──そんなことを言ってくるのです。
「いったい、何を言ってるんですか?」
「どうしてそんな顔をするの? 簡単なことでしょう。私を生かしておいたら、きっと私はまたあなたを狙う」
淡々と、当然の事実だけを告げるような口調。
「狙わないといけない──帝国にとって価値を示すこと。それだけが私の生きる意味だから」
すべてを諦めてしまったかのような声音。
本心からそう言ってるのが分かってしまって、
「それは違います」
考えるより先に、声が出ていました。
アレシアナさんが、わずかに目を見開きます。
「そんな悲しいこと、誰が吹き込んだんですか」
「…………」
「誰かの役に立たなきゃ生きてちゃいけないなんて、そんなのおかしいじゃないですか」
アレシアナさんの境遇は、私には分かりません。
それでも、それがおかしいことだけは、はっきり分かります。
「それでも存在を否定してくるやつが居たら──」
「……」
「『見る目がない人なんだな』。そう笑い飛ばしてやればいいんです」
「……あなたが、私の何を知ってるっていうの?」
絞り出すような声でした。
「知ってますよ」
「え……?」
「優しいところも。意外と負けず嫌いなところ。……それに、自分より他人を先に考えてしまうところも」
アレシアナさんは、あまりに自分を卑下しすぎだと思うんです。
「……何を。私は、帝国の諜報員で、テロリストの一員に過ぎなくて──」
「それでも──」
私は、はっきりと言います。
「エリシュアン学園で、大切な──クラスメイトです」
迷いのない言葉。
その言葉を聞いて、初めてアレシアナさんの瞳に迷いが見えました。
そんな逡巡するアレシアナに、更に声がかけられます。
「与えられた存在意義に縛られるなんて、馬鹿馬鹿しいことですわ」
静かに、けれどもはっきりと口を挟んだのはセシリアでした。
「ワタクシも、親に縛られたつまらない生き方をしていましたわ。でも、フィアナさんと出会って思いましたの──自分で選ぶ道ほど面白いものはないって」





