フィアナ、大義名分を得る
翌日のホームルームは、いつもどおりの穏やかな空気で始まりました。
星煌祭の熱気もようやく落ち着き、教室にはいつもの日常が戻ってきた──そう思っていたのですが、
「さて。今日は次回の魔導工学の演習課題について説明します」
その一言で、教室の空気が変わりました。
そう切り出したのは、担任のティア先生です。
多くのエリートが集まるエリシュアン学園では、座学だけで終わる授業のほうが珍しく、次から次へと実践的な課題が投げ込まれます。その内容も、年を追うごとに露骨に難しくなっていくのが常で──王国が、この学園にどれほどの期待をかけているかの証明でもありました。
「今回の課題は、装飾品への付与魔術──その実践演習ですね」
ティア先生は、迷いない様子で課題の要点を説明しています。
「既存の装飾品に魔力特性を付与し、機能を拡張する。まさしく座学と基礎演習の集大成になりますね」
教室に、わずかな緊張が走ります。
装飾品への合成──それは実用性も評価も高く、同時に失敗すれば容赦なく成績に響く、難易度の高い課題だからです。
とはいえ、それはこの時期に来る課題として覚悟はしていたこと。
「ただし、今回はこちらで素材を用意しません」
ティア先生が、さらりと続けます。
「え?」
「去年までと全然違うじゃん!」
「まさか素材まで現地調達ってこと!?」
教室のあちこちからそんな悲鳴が上がり、空気が一気にざわつきました。
「その通り。装飾品に使う素材は各自で調達してください」
ティア先生が、淡々と課題の説明を続けます。
「危険度の高い場所に行く必要はありませんが──演習の一環として、班ごとに素材の採取場所も決めてもらいます」
「たしかに付与魔術には、素材の選定も重要だけど──」
「だからって、遠征からやらされるなんて……そんなことある?」
教室では、ぼやきが飛び交っています。
そんな中、私はというと説明を半分ほど聞き流しながら、ぽけーっと黒板を眺めていました。
(素材集めかあ……)
(なんかだ楽しそうなような、面倒なような……)
一方、近くに座っていたセシリアは、
「班ごとに。そして、場所は自由に選べる……、と。ずいぶん、都合がいいことですわね」
その口元に、うっすらとした笑みが浮かべていました。
それからセシリアさんは手を上げると
「ところで採取で行けるダンジョンに、指定はあるんですの?」
「必要であれば、どこを選んでも大丈夫ですよ」
「なるほど。原則、自由──と」
「選んだダンジョンと、その目的。必要になる素材さえ明確にしてもらえたら、基本的には許可を出すというのがエレナ学園長の方針です──無許可での立ち入りには罰則があるので、その点は忘れずに」
「なるほど、本当におあつらえ向きですのね」
セシリアさんは、意味ありげに目を細めました。
そうして説明が一通り終わると、すぐに班ごとの相談が始まりました。
自然な流れで、私たちはいつもの四人──私、セシリア、エリンちゃん、そしてリリスで集まることになりました。
ダンジョン探索を行う人数としてもよい感じのチームです。
「なんで今年は、こんな手間のかかることを……」
「素材ぐらい、普通に用意してくれてもいいのにな」
周囲からは、そんな不満もあちこちから聞こえてきました。
周囲を見渡せば、比較的安全な森や、学園の管理下にある採取場を選ぶ班が大半のようでした。
「どうします? 私たちも適当に近くのダンジョンから選びますか?」
「フィアナ、本気で言ってますの?」
私の何気ない言葉に、セシリアは驚いたようにそう返します。
「え?」
「これ、またとないチャンスじゃありませんの!」
「どういうことですか?」
「こういう……、ことですわ!」
セシリアは真剣な表情のまま、さらさらと紙に文字を書き込んでいました。
そして一拍置くとピシッと紙の端を弾き、私の目の前に突き出します。
「見てくださいまし」
そうして書き上げた申請書を見て、
「蒼晶……、洞窟?」
「ええ。偶然にも──場所は、ヴァルキオン帝国との国境沿いにあるみたいですわね」
しれっと言い放つセシリアを見て、私も、ようやくピンと来ました。
帝国近くのダンジョンへの遠征――それはつまり、私たちの目的地です。
「なるほど……、考えましたねセシリア!」
「なんのことですの? どうしても使いたい素材が、なぜか帝国の近くのダンジョンでしか採れなかった。奇妙な偶然がありますわね?」
いけしゃあしゃあと言ってのけるセシリアが、とても頼もしいです。
「蒼晶洞窟なら、特産品はこれ? となると選ぶ付与魔術は、このへんが良さそうかな?」
「なんか順番、逆になってません?」
そうツッコミを入れた私の横で、
「ううん、理屈は通ってるよ」
エリンちゃんが、すでに別の紙を広げていました。
セシリアがざっくりと書いた内容に、採取素材のレアさ、そこでしか採れないという事実、更にはその素材を演習で用いることの意義──などなど次々と申請の補足事項を埋めていきます。
私は、ただただ感心するばかり。
そうして、一日ほど時間をかけて申請書を書き上げ……、
「できました!」
正直、だいぶ無茶を言っているといえば無茶な内容です。
それでも演習の申請書として見れば、破綻のない完璧な仕上がり──渾身の出来栄えでした。
そうして私たちは、申請書を手にエレナ学園長のもとに向かうのでした。
その日の放課後。
私たちは、申請書を持って学園長室を訪れました。
(これで通ればいいけど……!)
なに食わぬ顔を装いつつ、内心では心臓がバクバクです。
資料に目を落とすエレナ学園長を、私たちは固唾を呑んで見守っていました。
「ふむ。魔導工学の演習についての申請書じゃな?」
エレナ学園長は、さっと書類に目を通すと、
「場所は……、あそこか。まあ、おまえたちの実力なら良いじゃろう」
あっさりと許可が出てしまいました。
(え、もう!?)
あまりにもスムーズに行き過ぎて、ちょっぴり拍子抜けです。
「良いんですか?」
「なにがじゃ? 演習に必要な素材を取りに行くだけじゃろう?」
一瞬だけ、視線が私に向けられましたが、
「……はい! そう、その通りですね!」
「うむ、なら何の問題もあるまい」
そう言って、ぽんと書類に承認の印を押します。
(ミッション、コンプリートです!)
そんな表情が顔に出ていたのか、
「それにしてもフィアナ、そなたは腹芸は苦手なようじゃの」
「……?」
じとっとした視線を向けてくる学園長と、静かにため息をつくセシリア。
(もしかして、すべてを分かった上で…………?)
今さらながらに、そう気がつく私。
それからエレナ学園長は、少しだけ声の調子を落とし、
「危険な旅になる。どうなるかの保証もない」
「……」
「──決して無茶はせず、気をつけるのじゃぞ」
いつになく真面目な声で、そう言うのでした。
ただ授業の課題に向かう生徒に向けるものとは思えない──心配や、覚悟が、さまざまな感情が乗せられた言葉のようで。
それに私は、気がついていないフリをして、
「はい!」
元気よく、そう答えるのでした。





