フィアナ、直談判する
久々の学園長室でした。
昨夜の出来事を受けて、私は、勢いそのままにエレナ学園長のもとを訪れていました。部屋に入ったのは、私と、エリンちゃん、セシリア、それにリリスの四人です。
用件は一つ。アレシアナさんと、もう一度きちんと話をするために、帝国へ行かせてほしい──そう直談判するためです。
満を持してエレナ学園長に頼み込んだ私は、
「却下じゃ」
「そんな即答で!?」
思わず声を上げてしまった私に対し、エレナ学園長は額を押さえ深いため息をついています。
「帝国に行きたい? しかも、その理由が知り合いに会うためじゃと?」
「はい! 駄目ですか?」
「駄目に決まっておる!」
バン、と机を叩く音が響きました。
「お主、戦争を起こすつもりか!?」
そう叱るようなエレナ学園長。
思った以上に大袈裟な反応に、思わず私も息を呑みました。
「起こしませんよ! ちょっと話をしに行くだけです!」
私自身、声が少し大きくなっている自覚はありました。
それでもここで引くつもりはありません。
「フィアナさん、落ち着いてくださいまし!」
割って入ってきたのは、セシリアでした。
柔らかな声色ながら、その表情は真剣そのものです。
「セシリア?」
「エレナ学園長の言うとおりですわ。今の王国と帝国の関係を考えれば、学園長の判断は、妥当と言わざるを得ません」
セシリアは一度言葉を切り、慎重に続けました。
「無断で、フィアナほど戦える人が帝国領に入るのは……。最悪、テロ行為への報復、あるいは挑発行為と受け取られかねません」
「……報復、ですか」
「ええ。そう受け取られても、おかしくありませんわ」
(そんなつもり、無いんだけどな)
胸の奥で、もやっとしたものが広がります。
正直に言えば、そこまで深く考えていませんでした。
ただ、会って話したい──それだけなのに。
「うむ。セシリアの言う通りじゃ」
エレナ学園長が、重々しく頷きました。
「お主ほどの有名人が国境を越えたら、それだけで余計な連中が騒ぎ出す。帝国の連中に大義名分を与える必要もあるまい」
「有名人?」
思わず聞き返した私に、学園長は肩をすくめます。
「ああ。それはもう──今や軍事関係者で、エリシュアンの魔王の名を知らぬものは、もぐりと呼ばれるでな」
「…………は?」
「エリシュアンの魔王の武勇伝は、すでにこの大陸を超えて──」
「あ~! 聞きたくない、聞きたくないです!」
思わず両耳を塞いでしまいます。
(冗談、さすがに冗談ですよね!?)
一拍置いて、私は深く息を吐きました。
冗談だと思いたいですが、星煌祭での視線を思い返すと完全に否定はできません。
そろそろ本格的に、その噂もどうにかしなければいけませんね。
「う~ん、私が行くのが駄目だとすると──」
「なら、フィアナちゃんの代わりに私が帝国に向かう!」
「エリンちゃん!?」
「いえ。誰がというより学園の関係者、というのが問題なのですわ」
う~ん、と頭をひねる私たち。
時間ばかりが経ち、妙案は思いつかず──そんな硬直空気の中、
「やはり人間は、面倒な生き物じゃのう」
そう口を開いたのはリリスでした。
話し合いにすっかり飽きてしまったのか、椅子に座ったまま足をぷらぷら揺らしています。
「──リリス?」
「願いは力ずくでも叶える。敵はすべてぶっ飛ばす。それでは駄目なのか?」
あまりにも純粋な問いかけに、一瞬、室内が静まり返りました。
あまりにも非現実的で、考えたこともなかった解決策。
(それが、魔族としては普通の感覚なんでしょうね)
(本当に、それくらいシンプルに考えられたらいいのに……)
誰も、すぐには言葉を返せませんでした。
リリスの言葉は乱暴で、短絡的で──けれども、妙に本質を突いているようにも聞こえてしまっていて。
「はい、リリスちゃん」
その空気をふわりと崩したのは、エリンちゃんでした。
「飴あげるから、もうちょっと待っててね」
「むぐ……。わらわは、このようなもので誤魔化されるほど──」
もぐもぐ。
「……ふむ。これは新しい味じゃな!」
「でしょう?」
あっさりと意識がお菓子に向くリリス。
「その飴、帝国で採れたフルーツの味付けなんだ」
「ほう、帝国もやるのう!」
「帝国をぶっ飛ばしたら、その飴はもう食べられなくなる。それは困るよね?」
「うっ、なるほど。面倒じゃな……」
(飴玉で説得されるんですね……)
一瞬だけ感じた威厳はまたたく間に霧散し、最初から存在しなかったかのよう。
その様子に、思わず苦笑が漏れます。
私は一度、深く息を吸い込みました。
そして、改めてエレナ学園長を見据えます。
「……やっぱり、無理ですか?」
「ああ」
きっぱりとした答え。
「大義名分がなければ、帝国に行く許可は出せん」
「……?」
その言い方に、少しだけ引っかかるものを覚えました。
首をかしげる私の横で──
「なるほど。要は、なにか大義名分を作ればよいのですわね」
セシリアが、にやりと。
どこか悪そうな笑みを浮かべるのでした。





