幕間-保護者たちの静かな誓い
星煌祭の喧騒が遠のいた夜。
王都の裏通りにある小さな酒場には、二人の女性がカウンターで肩を並べて飲んでいた。
エレナ学園長と、フィアナの育ての親であるエルシャ──ルナミリアに暮らすエルシャは、久々の王都の空気にどこか懐かしそうに目を細める。
「久しぶりね、エレナ。そちらは変わりなく?」
「変わらず、と言いたいところじゃがな」
エレナは肩をすくめ、ため息交じりに酒を口にする。
喉を鳴らし、ようやく一息ついた。
「相変わらず、学園の運営には手を焼いておるよ。問題は増える一方、まるで人手は足らん」
「そう……」
「あ~あ、どこかに事情を知っていて、多少の面倒事には目を瞑ってくれて、それでいて書類仕事も秒殺してくれる優秀なアシスタントはおらんかのう?」
ちらりと横目で見るエレナだったが、
「ご冗談を」
バッサリと切り捨てるエルシャ。
それからくすくすと二人は笑い合う。
その気楽なやり取りは、長年の付き合いを感じさせた。
「それにしても──」
エレナが、横目でエルシャを見る。
「炎舞の大賢者が、こうして王都を訪れるとはな。どういう風の吹き回しじゃ?」
「そのけったいな名前、ま~だ残ってたのね」
エルシャは、心底嫌そうな顔をした。
その表情は、どこかフィアナを彷彿とさせて──エレナは、思わず苦笑する。
「何をしにきたって──そんなの理由は一つしかないわよ。だって、フィアナちゃんの晴れ姿よ。それは親として、見に来ないと!」
「本当にそれだけか?」
くすりと笑い、グラスを傾けるエルシャ。
エレナは探るように、じっとエルシャに視線を向ける。
「夢見の森──楽しそうなことやっちゃって」
「お主の娘──フィアナの発案じゃな。本当に面白いことをやる子じゃ」
「それに楽しかったのは、お化け屋敷と射的かしらね。すごく楽しかったわ──この学園のレベル、前よりも遥かに上がってるじゃない」
「……本当に文化祭を、ちゃっかり満喫しておったのじゃな」
「それは勿論」
エルシャは、そう楽しげに笑っていたが、
──次の瞬間、カツンとテーブルを指で叩く。
「まあ、途中でぶしつけな邪魔も入ったようだけど」
「うぐっ……、それは面目ない」
露骨に言葉に詰まるエレナ。
エルシャが今日、学園に来ていたのはフィアナには内緒だった。
だから客として遊びに行くときには変装していたし、その後の騒ぎではこっそりとモンスターを蹴散らすにとどめたのだ。
襲撃の規模の割に、来場者には怪我の一つもなく被害も少ない──エルシャの存在は、影のMVPといってもいいものであった。
「まあ、これも貸しだからね」
「ふう。お主には、数え切れぬ借りがあるからな。何が目的じゃ?」
降参──そう言わんばかりに、エレナ学園長は両手を軽く上げる。
学園の始まりは、様々な種族が手を取りあう理想郷を作ろう──そんな、青臭い夢物語から始まった。第一回の魔王討伐遠征から始まった理想は、気がつけば権利を独占しようとした醜い人間に歪められてしまったのだ。研究結果を独占するための権力争い。裏切りと、蹴落とし合い──そんな人間に見切りをつけ、エルシャは去ったのだ。
そうして後釜に就いたのが、エレナだ。
学園長としての今の地位は、エルシャに譲られたも同然──どうしようもない事態だったとはいえ、エレナはエルシャには頭が上がらないのだ。
「ただ、私の要求は一つ。あの子が悲しむようなことはしないで」
真剣な表情。
「まったく──過保護じゃな」
「当たり前でしょう。王都は──欲望うずまく醜い場所だもの」
遠くを見るように、エルシャは一瞬だけ声を落とす。
「何かあれば、私はすぐにフィアナを連れて村に帰る。それを邪魔するなら、今度こそ国ごと潰してやってもいい──別にこんな国、今さら私はどうでもいいもの」
「分かっておる」
エレナの額に、はっきりと冷や汗が滲んだ。
ルナミリアの面々が本気になれば、本当に国の一つや二つ、一晩で無に帰ることだろう。
「もとより帝国に通じていた生徒も、我が学園の生徒じゃ」
エレナは視線を逸らさず、言い切る。
「生徒を守るのは、学園として当然のこと──我が誇りにかけて、誓おう」
「それでいいのよ」
エルシャは満足そうにグラスを掲げる。
カツンと乾いた音が響き、それ以降、二人は踏み込んだ話をしなかった。
ただ酒を静かに口に運びながら取り留めのない昔話を交わし、やがては夜更けとともに席を立つのであった。
2巻出ます!!
8/20です、よろしくお願いします!!





