フィアナ、悩む
体育館には、避難した生徒が集まっていました。
風紀委員と学園の教員たちの協力により、体育館に集められていたのです。
モンスターが大暴れしている──そんな報告を聞き、体育館の扉を開けた私の視界に飛び込んできたものは、
「……ふむ。もう少し手加減した方が良かったかの?」
──床に大の字で転がる、巨大なモンスターと、
その上で、腕を組む小柄な少女の姿でした。
「リ、リリス?」
「おお、来たかフィアナ」
少女──改め魔王の娘・リリスは、ポンっと勢いよくモンスターから飛び降ります。
そして首をかしげながら、あっさり言いました。
「よく分からぬが、これで良かったのか?」
「バッチリすぎますね!」
リリスがこの非常事態に味方になってくれたのは、嬉しい誤算だったかもしれません──体育館の中には、モンスターの被害らしい被害はありませんでした。
あたりには倒されたモンスターが、死屍累々といった様子で転がっています。
リリスいわく「全部、気絶させただけ」だそうですけどね。
体育館の床には何かを引きずった跡や、強力な魔法を受けたような大穴まで空いていて、避難してきた生徒たちは、唖然とした表情でリリスの戦いを見守っていました。
「す、すげえ!」
「何だあの子!? あんな子、うちの学園にいたっけ?」
「あれらしいぞ、魔王の関係者らしい!」
「ああ……、なるほど。どうりで」
(ついに私の関係者ってだけでも納得されるようになってる!?)
(……なんで!?)
完全に注目の的になっていたリリスは、得意げに胸を張り、
「はっはっはー! どんなモンスターが束になってきて襲ってきても、わらわが守ってやるぞ!」
なんて調子に乗っていました。
わああっ、と上がる歓声。
体育館の中からは、拍手まで起きています。
(リリス──、やっぱりチョロい!)
とはいえ肝心なのは、どうして体育館にこんなことになっているのかです。
私は状況を把握するため、周囲を見渡し見覚えのある顔を見つけて声をかけます。
「レヴァン先輩! どうして体育館が避難所になってるんですか?」
「おお、姉御! フィアナか。おまえの残した情報は、風紀委員でしっかり有効活用してるぜ!」
そう言いながら、レヴァン先輩は状況を説明してくれました。
私たちの報告を受けて、学園側では即座に対策が取られたそうです。
瘴気の発生源を無力化する班と、持ち運ばれたモンスターを制圧する班──そして生徒の避難を誘導するための班が組織されたとのこと。
「そんなわけで、体育館が一番安全って判断されてな。人を集めて防衛を固めてるってわけだ」
「なるほど……」
「そうだ、さっき姉御に絡んだ連中な。あれ、一応俺の知り合いでな──モンスター討伐班に放り込んでおいた」
「……ぇええええ!?」
「ああ見えて、実戦慣れはしてるからな。今頃、必死に点数稼ぎしてるんじゃねえか?」
なんとも言えない顔で、私は遠い目になります。
……まぁ、役に立ってるならいい、ということにしておきましょうか。
「そんなこんなで、こうして体育館に戦えない人間を避難させつつ、一部のメンバーで体育館の防衛……、っていうのが今の状態さ」
レヴァン先輩は、そう説明を締めくくるのでした。
「それにしても、あのちっこいのもすごい腕だな。いつか手合わせ願いたいもんだ」
「えー、そのうちですね……」
そのちっこいの、魔王の娘ですからね……。
私は乾いた笑みを浮かべつつ、話を切り上げました。
状況確認を終えた、ちょうどその時。
「フィアナよ、それでそっちは片付いたのか?」
体育館の入口を見張っていたリリスが、こちらを振り返りました。
「それが──」
私は、思わず言葉に詰まりました。
「ふむ……、らしくもなく塞ぎ込んだ顔をしよって──」
ほっ、と掛け声。
そんな気の抜けた声とともに、リリスは、体育館に向かって隅から忍び寄ってきたモンスターを鷲掴みにすると、
「簡単に操られおって──、情けない」
ぽいっ、と後ろへ放りました。
鋭い音が響き、モンスターはあっさり沈黙。
「リリスは、いつも元気ですね」
「それがわらわの取り柄じゃからな!」
脳天気な笑顔。
ひっきりなしに現れるモンスターたちも、リリスの前では歯が立ちません。
この分なら、リリス一人で問題なさそうですが──
せっかく戻ってきたので、私も防衛に回りましょうかね。
体育館の周囲を警戒すること、しばらく。
「フィアナちゃん、無事で良かった!」
私の顔を見るなり、エリンちゃんがそう駆け寄ってきました。
どうやら二人は、見回り──瘴気付き魔法陣の撤去──を終えて戻ってきたようです。
「えへへ。肝心の相手は、逃がしちゃいましたけどね」
笑ってみせる私。
すると……、
「……フィアナちゃん?」
エリンちゃんは、すぐに気づいてしまったようでした。
「あの後、なにかあったの?」
「え?」
「だって……、なんていうか」
じっと、顔を覗き込まれます。
「……無理して笑ってる」
「ッ!」
次いで、セシリアまで、
「そんなに上の空で。いったい何がありましたの?」
「……」
(二人とも。私のことをよく見てるんですね──)
到底、隠し通せるようなことでもなく……、
「実は──。さっき、アレシアナさんに会いました」
私は、ぽつりとぽつりと口を開きます。
「そう、ですのね……」
セシリアは、静かに頷きました。
驚きはなく、薄々察していたような反応。
「それで……、なんて?」
「あの噂は、否定されたの?」
「ううん」
私は、ゆっくり首を振ります。
「帝国の諜報員だって。王国の敵だって──はっきり言われてしまいまいした」
迷いのない冷たい声。
その覚悟を帯びた声を思い出し、私は無意識に手のひらを握り締めていました。
「それで……、どうするんですの?」
「どうって──?」
問いを投げたのは、セシリアでした。
曖昧な逃げ道を許さない、真っ直ぐな視線。
「分からないんです。次に会ったら敵だって、ハッキリ言われてしまって──アレシアナさんは、今回の騒動にも関わってるんです」
王国の敵。
明確な敵対宣言。
あそこまで言われてしまえば、もう迷っている場合ではないはずなのに。
「難しく考える必要はありませんわ」
そんなふうに悩んでいる私を見て、セシリアは優しい声でそう声をかけてきます。
「大事なのか──フィアナは、どうしたいんですの?」
……ハッとしました。
(どうしたい、ですか──)
戦いたくない。
それだけでなく、それなら、最初から答えは決まっていたはずで、
(…………らしく、ありませんでしたね)
「やっぱり私は、諦めたくないです」
「……」
「アレシアナさんは、テロリスト側にいながらも、生徒が怪我しないように動いてくれていました。この文化祭でも誰も傷つけていません」
(それに──)
あのときの視線が、脳裏に浮かびます。
「……すごく、悲しそうでした」
沈黙。
最初に口を開いたのは、意外にもリリスでした。
「つまりお主は、アレシアナという人間を信じたい。それだけの話じゃろう?」
「……そう、なのかもしれませんね」
あまりにも単純な言葉。
でも、不思議と胸にすとんと落ちました。
「私は、もう一度アレシアナさんと話したい。こんなことは辞めようと、そう説得したいんです」
「──もし説得に失敗したら?」
ここまで黙って聞いていたセシリアの声は、冷静そのものでした。
「その時は戦うことになります。それも覚悟の上、ということですわね?」
「……はい。その時は、戦ってでも止めます」
セシリアの言葉は冷たいけれど、現実を見据えたもの。
私は、はっきりと頷きました。
「国の敵──本当は、迷わず倒すべき敵なんだと思います。でも……、後悔だけは、したくないですから」
一瞬の静寂のあと、
「うん。それでいいと思う」
「え?」
「だって、フィアナちゃんだもん」
エリンちゃんが、柔らかく笑いました。
「そうですわね」
セシリアも肩をすくめます。
「うじうじ悩んでるなんてらしくもありませんわ」
「二人とも……!」
思わず声を上げると、くすくすと小さな笑い声が広がりました。
その様子を見て、
「──ふむ、やはり人間とは面白い生き物じゃな」
そうリリスは呆れた声を出すのでした。





