フィアナ、消えたクラスメイトを想う
「フィアナ──お主も、この魔法陣は読み解けておるじゃろう? 広範囲を汚染──そこの瘴気をばら撒くのが目的なんじゃろうな」
「なっ!? そんなことしたら──」
「想像どおりじゃ。展示されてるモンスターは一斉に暴れ出し……、ふむ。その様子だと、どうやらモンスターも運び込んだと見えるな」
興ざめじゃ──そう言うリリスの顔には、静かな怒りが浮かんでいます。
リリスなりに、星煌祭を楽しんでいたのでしょう。
「なっ、どうしてそんなことまで──」
「ふん。少しばかりこの学園を甘く見ておったようじゃの」
「観念してくださいまし! 狙いが分かった以上、後は止めるだけですわ!」
「うん。あんなこと、二度とさせない!」
セシリアとエリンちゃんも、やる気満々。
「はっ、瘴気の場所は俺も知らされてないトップシークレットだ。どうやって止めるってんだ?」
「それは──こうやるんです!」
男の嘲笑に、私は一歩前へ。
床に魔法陣を描き、魔力を流し込みます。
足元から淡い光が広がり、校舎全体へと染み渡っていきました。
ルナミリアで叩き込まれた、微かな情報も見落とさないための精緻な探知魔法。
「……っ」
反応は、一つではありませんでした。
「瘴気の反応……、全部で八つ」
「八つも……」
「結構な人数が侵入してるみたいですね。あちこちで、同じことをしているみたいです」
思わず顔を見合わせる私たち。
「……は!? 今の一瞬で、探知魔法をかけたっていうのか!?」
「はい、聞くまでもありませんでしたね」
私がそう返すと、縛られた男は目を見開いていました。
「校舎に残った人間を、避難させる人手も必要になりますわね」
「……私たちだけじゃ、たぶん人手が足りない」
「まずは風紀委員と、学園長にも連絡しないとですわね」
セシリアたちが、手早く役割を割り振っていました。
頼もしい限りです。
(あれ? この気配──)
探知の端に、ひとつだけ馴染みのある反応が混じりました。
(もしかして、この気配──アレシアナ、さん?)
思わぬ気配を見つけてしまい、私は戸惑いを覚えます。
あのテロリスト騒動の日──あれ以来、姿を消していたはずの気配。こんなところに、いるはずがないのに。
「──私」
「フィアナちゃん?」
「どうしましたの?」
私は、ぎゅっと拳を握ると、
「……どうしても、気になることがあるので行ってきます!」
背後から呼び止める声を振り切り、
「ちょっと!?」
「ごめんなさい、すぐ戻ります!」
私は懐かしい気配のする場所に、駆けていくのでした。
***
人波を縫うように、私は走っていました。
(……間違いない)
探知に引っかかった、あの気配。
懐かしく、それでいて信じたくない懐かしい気配。
たどり着いたのは、誰もいるはずがない学園の敷地の隅。
──探し人はすぐに見つかりました。
「アレシアナ、さん……」
呼びかけた声は、自分でも驚くほど静かでした。
特徴的な黒髪。気だるげな瞳──できれば、なにかの間違いであってほしかったけれど。
「どうして?」
「あなたは……、そう──来てしまったのね」
彼女は振り返り、私を見て、ほんのわずかに目を細めます。
以前と変わらない、どこか余裕を崩さない佇まい。まるで、ここで私に発見されることも、最初から想定していたかのようで、
「……正直に言えば。できれば、あなたの顔は見たくなかったわ」
「──私は、会えて嬉しいですよ?」
こんな形でなければ……、ですけどね。
「どうして、ここに……?」
「あら? 今更、説明が必要かしら?」
アレシアナさんは、感情の読めない微笑を浮かべたまま、
「噂のとおり。私は帝国の諜報員よ」
そう、はっきり宣言しました。
「王国にとって、明確な敵」
淡々とした声。
言葉は短く、迷いがありません。
「そんな──嘘です!」
思わず、声を荒げていました。
けれどもアレシアナさんは、どこまでも冷ややかな瞳で私を見つめ、
「前に騒ぎを起こした、あのテロリストたち――覚えてるでしょう?」
「……」
「私は、その仲間」
「それは、嘘です!」
断言する私を見て、アレシアナさんは微かに眉を顰めます。
「だって、アレシアナさんは、テロリストから私たちを庇ってくれたじゃないですか!」
「…………」
「死人が出ないように動いてくれてたって、聞きましたよ? 私……、アレシアナさんに助けられたって人、何人も知ってます」
「…………」
返事はありません。
なおも必死に言葉を重ねる私に、
「…………、そんなの」
ぽつりと呟きます。
「ほんの気まぐれ」
ただ無価値なものを切り捨てるかのように。
その口元には、自嘲するような笑みが張り付いており……、
「そんなおめでたいことを考えてたら──、死ぬわよ」
「……ッ!」
かけられたのは、冷たい言葉。
(たしかに……)
この期に及んで、アレシアナさんと友だちになれるかもしれない。
まだ信じたいなんて考えてるのは、おめでたいのかもしれない。
(それでも……!)
「じゃあ、なんで──」
私は、一歩だけ踏み出し、
「なんでアレシアナさんは、今もそんなに寂しそうな顔をしてるんですか?」
「……っ!」
一瞬。
本当に一瞬だけ、彼女の表情が揺れました。言い返そうとして、言葉を探して──結局、何も出てこなかったかのように、視線を逸らします。
広がるのは静かな沈黙。
「……王国は、もうすぐ戦乱の地になる」
低く、抑えた声。
「あなたは……、早く立ち去ることね」
「……アレシアナさんは?」
「次に会ったときは──」
私をまっすぐ見据えると、
「見過ごせないから」
──それは、はっきりとした敵対宣言でした。
私は、静かに息を吸い込みます。
「……見過ごせないのは、こちらも同じです」
私は、静かに拳を構えます。
「ここで捕まえて──そんな馬鹿なこと、辞めるまで。エレナ学園長にお説教してもらうんです」
「……いいの?」
臨戦態勢に入る私。
しかしアレシアナさんは、わずかに口角を上げると、
「こんなところで油を売ってて」
「何を──」
「だって向こう、大変なことになってるよ?」
(──ッ、救援要請!)
体育館の方向から打ち上がる風紀委員の緊急合図。
「くっ」
私は唇を噛み、踵を返しました。
向かう先は体育館──走り出しながら嫌でも自覚してしまいます。
(……戦わなくて、済んだ)
(ほっと、しちゃった)
未だにアレシアナさんを、敵だと割り切ることができなくて。
その感情を否定できないことが、少しだけ怖くて。
「まずは体育館……、片付けないと」
今は、目の前の騒動を止めることが先。
私はそう自分に言い聞かせ、救援要請のあった体育館に向かうのでした。





