暗躍するもの-アレシアナ視点
52話と53話の話数が入れ替わってる指摘をくださった方、ありがとうございます!
見落としていたので助かります...
「フィアナ──我が、ヴァルキオン帝国の障害になる人間」
黒衣の少女が、自身に言い聞かせるようにそう呟く。
声の主は、アレシアナ──帝国の諜報員だ。常に冷静さを失わず、目的のためには手段を選ばない優秀な人間である。
今のアレシアナは、フィアナという少女について調べるため、再びマーブルローズ王国での任務にあたっていた。
「まさか……、またこの地に戻ってくることになるとはね」
とある廃墟の中、アレシアナはそうひとりごちる。
今のアレシアナは、マーブルローズではテロリストとして追われる者だ。身を隠しながら、慎重に行動する必要があった。
テロリスト騒動で姿をくらませたアレシアナは、帝国に戻った後、一部始終を雇い主である皇帝に報告していた。
「まあ……、にわかには信じられませんよね」
アレシアナは、皇帝にしては珍しい困惑した顔を思い出す。
それも当たり前だろう。テロリスト騒動を解決したのがフィアナという一人の少女であり、その少女こそが、帝国にとって最大の障壁になるという荒唐無稽な話──この目で見ていなければ、アレシアナとて信じない。
今回のアレシアナの任務は、マーブルローズ王国の内情を探るためのものであった。
マーブルローズへの侵略戦争──その障壁になりそうな人物を探るためだ。同時に、王国から信頼を得て、国の中枢に深く入り込むことも視野に入れていた。
もっともその方針は、アレシアナがテロリストの首魁に接触されたことで覆ることになる。皇帝はテロリストの企みを利用し、王国の国力を削ぐよう命じたのだ。
今回のエリシュアン学園でのテロリスト組織の作戦も、当然、ヴァルキオン帝国は把握していた。その際、アレシアナが命じられたのは、テロ組織への協力──ヴァルキオンは、あわよくば王国に不満を持つテロ組織を取り込もうと考えていたのだ。
しかし結果は、エリシュアンの生徒の活躍によりテロ行為は失敗。テロ組織に見切りをつけ、拘束される前にいち早く姿をくらませたアレシアナの判断は、とにかく情報を持ち帰ることが優先される諜報員としては正しいものだ。
その報告を聞いた皇帝は、ある種、当たり前の命令を下した。
「フィアナという少女について、詳しい情報を求む──まったく、気楽に言ってくれるわ」
ご丁寧にフィアナが向かったという場所の情報まで添えて。
「ここ……、たしかエリンさんのご実家でしたわね」
さしずめ友達三人で、エリンの実家に遊びに来たのだろうか。
その三人の輪に自身が入っていることを一瞬だけ想像し……、
「馬鹿馬鹿しい」
そんなあり得ない夢想を、バッサリの脳内から弾き出す。
「そんなことより、フィアナさんの情報を集めないと──」
現実的にどれぐらいの戦力をぶつければ勝てるのか。
戦い方の癖や、戦場で相対したときの弱点となりうる情報──それを知るには、やはり傍で観察するのが一番だ。
そんなことを考えていたアレシアナであったが……、
「ッ!? なに、この気配は!?」
突如として飛来した異様な気配。
さっと身を隠ししたアレシアナが聞いたのは、“魔王の娘”を名乗る魔族の襲来だった。
姿を確認するまでもない圧倒的な脅威。あまりにも膨大な魔力の奔流に、身体が、否でも警告を発してきている。
「ど、どうすれば!?」
魔王の血筋の者が人間領を襲ってきたとしたら、その意味はとてつもなく大きい。
有力魔族による魔界からの侵攻──かつて前例の無い未曾有の危機だ。戦いになれば、どれほどの被害が出るのか、そもそも止めることが可能なのかも怪しい。
後ろではフィアナと、その魔族の戦闘が始まっていた。
せめて命があるうちに、この危機を皇帝陛下に報告しなければ──アレシアナが使命感により動き出そうとしたその時、
「……は?」
広がるは、あたり一面の銀世界。
それは魔族の放った大規模魔法を、フィアナが、さらなる大規模魔法で封殺した証であり、
「……こんなの。敵に回したら駄目でしょう!?」
──距離が少し近ければ、自分も巻き込まれて即死していた。
そう悟ったアレシアナは、額にじんわり冷や汗をにじませる。
恥も外聞もない。
アレシアナは、ただ生存を優先し、一目散に離脱を決め込んでいた。
「とにかく報告しましょう。あれは敵に回すべきではないと──」
あれほどまでの魔法は、見たことがない。
ヴァルキオン帝国の兵士は、たしかに優秀だ。
それでもアレは、もはや、そういう次元ではないのだ。
「……という訳で、私の判断としては──」
「もう良い」
帝国に戻ったアレシアナは、至急、報告したいことがあると直訴──謁見の間にて、皇帝に己の目で見た一部始終の報告を行っていた。
フィアナという人間は、決してケンカを売ってはいけない人間であると。マーブルローズからは手を引くべき──それがアレシアナの判断だった。
アレシアナからその報告を聞き、
「優秀な諜報員だと聞いたのだがな。余は人選を誤ったのかもしれんな」
「えっと……、それはどういう意味で──」
皇帝は、冷ややかな視線でそうため息をつく。
「貴様は、本気で、この国が誇る兵士たちが、一人の小娘に劣ると言うか?」
「あの者を普通の人間と同じように考えるべきではありません。少なくとも魔族の幹部格を圧倒する力の持ち主で──下手に手を出すのは危険です」
「つくなら、もう少しマシな嘘をつくのだな」
アレシアナの言葉を、皇帝はそう一蹴する。
実際、その言葉はにわかには信じがたいものであることは、アレシアナも認識していた。だとしても、はなから嘘だと断じられるのは、いくらなんでもと苛立ちを覚え、
「嘘……、というのは?」
「くだらぬ情に流されおって。ターゲットに入れ込み、そこに私情を挟むなど言語道断──次にくだらぬことを言えば、即刻、打首にされるものと思え」
──悟る。
最初の報告も、まるで信じられていなかったのだと。
皇帝は、アレシアナがクラスメイトに入れ込み、その少女に危害が行かぬようデタラメな報告をあげていると判断したのだ。
アレシアナにとって、同年代のクラスメイトとの交流が新鮮であったのは事実。
自分とは対極の性格であり、どんな人間にも明るい笑顔を向けていたフィアナに、たしかに特別な感情を抱いたのは事実だったかもしれないが、
「私は、この目で見た事実しか報告していません」
諜報員という立ち位置は、自らの存在意義。価値そのものだ。
私情とは切り分け、アレシアナは職務には忠実であろうとした。それなのに──、
「ならば、それを証明してもらおう」
「……?」
「分かるだろう? 君の手で。フィアナを殺せ」
「それはっ!」
思わず口を出かけた否定の言葉は、いったいどのような感情からだろうか。
実力的にも、まず不可能。
それ以前に、感情的に否定してしまった理由が別にあり、
「話は終わりだ。この国で生きていくなら、そろそろ覚悟を決めるのだな」
話は終わりだと言わんばかりに席を立つ皇帝。
興味を失ったように、もうその瞳にアレシアナは映っておらず……、
「仮に、チャンスがあったとして……?」
アレシアナは何かを想像するように呟き、
「…………」
静かに唇を噛み、謁見の間を退室するのであった。
夏休みが終わり、私たちは学園に戻ってきました。
まず頭を悩ませたのが、リリスが学園に通う許可をどう取るかということです。
エリシュアン魔法学園──そこは王国でも優秀な人間が集まるとされている学園であり「はい、通いたいです!」と言えば、誰でも通えるという訳ではないのです。
そんな訳で、まずはエレナ学園長に直談判。
私、セシリアさん、エリンちゃん、そして──
「ふむ、ここがこの学園のボスの拠点なのじゃな?」
偉そうに腕を組むリリスの四人で、学園長室に乗り込みました。
「実は、カクカクしかじかでして──」
私は、エレナ学園長に事情を説明しました。
リリスの正体を明かし、どうにか編入試験を受けたいとお願いします。
ダメ元でしたが、なぜかエレナ学園長には「これ以上は、マティくんが使い物にならなくなるから勘弁してやってくれ!」と、真っ青になって止められてしまう始末。
「その溢れ出んばかりのマナの奔流を鎮めてくれ」
目を白黒させながら、エレナ学園長がそう言いました。
「むう……、なぜじゃ?」
リリスは、首を傾げます。
「魔界では強大さを示すため、マナの大きさはステータスであったぞ」
「リリス、めっ、ですよ! 学校に通うなら、ちゃんとエレナ学園長の言うことは聞かないと」
「むう……」
少し不満そうに唇を尖らせながらも、
「フィアナがそう言うなら、分かったのじゃ」
リリスは、渋々とうなずきます。
(むう……。リリスには、上手く学園に溶け込んでもらわないと困りますね)
「そうだ! マナを普段は隠しておいて、『いざここぞ!』って時に、一気に力を解放したら格好いいとは思いませんか?」
「それはたしかに格好いいのじゃ!」
前世で読んでいた漫画で、大人気のシチュエーションです。
幸い、リリスの心にも何かしら刺さったようで、いきなり前のめりになります。
(ちょろい!)
「まるで猛獣使いじゃな」
「へ? なにか言いましたか?」
「なんでもないぞ」
ふるふると、首を横に降るエレナ学園長。
やがてリリスがパチリと目を閉じ、
「どうじゃ、こんな感じかの?」
ニコニコ顔のリリス。
しかし、セシリアさんとエリンちゃんは、無言でぶるぶると首を横に振りました。
「……まだ駄目みたいです」
「むう、面倒じゃの」
そんなやり取りを繰り返すこと、約五分。
「どうじゃ?」
「ま、まあ……。それぐらいなら──」
引きつった笑みを浮かべながら、エレナ学園長がようやく折れます。
「フィアナよ。きちんとリリスの面倒を見るのじゃぞ」
「勿論です! リリスをいじめる奴がいたら、ぶっ飛ばします!}
「逆じゃ、逆!」
エレナ学園長は、そのまま机にぐったりと突っ伏しました。
「心中、お察ししますわ」
「お主らこそ……」
セシリアさんが励ましていたのが、ひどく印象的でした。





