フィアナ、魔王の娘を餌付けする
残るのは氷漬けになった白銀の世界のみ──もちろんエリンちゃんたちには、あらかじめ防御魔法を貼ってあります。
無差別に巻き込みかねないので、発動には細心の注意が必要なのです。
「お、おぬし──いったい何なのじゃ……」
かろうじて防御魔法を間に合わせ、氷漬けだけは回避したリリス。
それでも大技を一瞬で無効化され、リリスはまさしく茫然自失といった様子。
「チェックメイト、です!」
私は一瞬の隙をつき、あっけに取られているリリスの後ろに回りこみます。
そのまま首に手刀を突きつけ、そう勝利を宣言。
(リリス──魔法の娘を名乗る女の子。精神面が未熟だから、いつもこうやってカウンターを仕掛ければ、それで戦いが終わるんですよね)
そんなことを私が考えていると、
「今日という今日は、わらわも全てを覚悟してきたのじゃ!」
こちらを振り返ったリリスは、とんでもないことを言い出しました。
「弱肉強食は、この世の定め! フィアナよ、一思いに殺るがよい!」
「いや、殺りませんよ!?」
反射的に突っ込む私。
一方、リリスはなぜか不服そうで、
「なぜじゃ? お主にとって、わらわは殺す価値もない存在ということか?」
「そうじゃなくて──、なんでそう両極端なんですか」
いつもは私が勝つと、リリスは「覚えてろ~!」という言葉とともに、走り去っていくイメージでした。私はリリスのことが嫌いではありませんし、今回もそうなると思っていました。
「だってお主、ルナミリアを捨ててどこかに行ったじゃろ?」
「え? 捨ててませんよ?」
「なんじゃと!?」
リリスは派手に驚きます。
(むう……、たしかにリリスのことは知らない仲じゃないですし──)
(王都に行く前に、挨拶するべきだったんですかね? でも、どこに居るか、こちらからは分かりませんでしたし……)
フラッと気ままにやってきては、おもむろに模擬戦をするのが、私とリリスの関係性──そんな緩い関係性で、私たちは繋がっていました。
「ふんだ。お主に会いにルナミリアにいったら、おっかないエルフのおばさんに追いかけられて……、わらわは深い深いトラウマを負ったのじゃ」
「寝起きのエルシャお母さんは凶暴ですからね。その、ご愁傷さまです」
「おまけに結界を壊すなと、おっかない鬼ばばあにも追いかけられ──刀を持った爺さんも怖かったのじゃ。二度とあの魔境には近づかないと決意したのじゃ」
──ご機嫌斜めのナリアさん、寝起きのエルシャお母さん、殺意マシマシのアル爺まで。
この子、よく生きてましたね……。
「それで?」
「わらわは魔王に、早く人類を滅ぼすため、あの村を滅ぼせと命じられたのじゃ。じゃが……、わらわの手には負えん──だからボイコットしたのじゃ!」
リリスは、自信満々の表情でボイコットを宣言。
(……魔王の娘? 人類を滅ぼす?)
その言葉の中には、どうにも聞き捨てならない言葉が混ざっていました。
うっかり可愛らしい容姿に騙されそうになりますが、これまで戦ってきた相手の中でもトップクラスの強敵です。その言葉を、軽視はできません。
不幸中の幸いは、リリスが訪れたのが、私のいる場所だったことでしょうか。
「というか……リリスは、どうしてここに?」
「それは──ちょっと懐かしい気配を感じて、思わず来てしまったのじゃ」
私の素朴な疑問に、リリスは顔を背けながらそう答えます。
(……寂しかった?)
もし魔族で親しい者も居ないのなら。
一人で、随分と淋しい思いをしてきたに違いありません。
(だとしても……、もしこの子が本気で人類に仇なす存在なのだとしたら。とても放ってはおけないです──そうですね、こうなると都合が良いのは……)
殺すという選択肢は、最初からありません。
こうして会話した相手の命を奪うというのは、あまりにも後味が悪いからです。それに根拠のない直感ですが、リリスはそこまで邪悪な存在ではない思います。
とはいっても、野放しにするのは無理な話。そうなれば一番都合が良いのは、
(目の届くところに居てもらいましょう!)
「フィアナよ、何をしておるのじゃ?」
「いえ、ちょっと一緒に来てもらおうかなと」
「んなあっ!?」
私はリリスを縄でぐるぐる巻きにすると(一応、魔力を込めて逃げられないようにしてあります)、こちらをハラハラと見守っているエリンちゃんたちの方に連行します。
「無念──じゃが敗者は、勝者に従うものなのじゃ」
そう呟くリリスは、潔く覚悟を決めたようです。
エリンちゃんたちと合流した私は、
「実は、かくかくしかじかという訳で──」
「ちょっと待ってくださいません!? あまりに情報量が多くて──ねえ、エリンさん?」
「うん。その……、つまりフィアナちゃんには私よりも付き合いが古くて、すっごく仲が良い幼馴染がいたってこと?」
「エリンさん! 今はボケてる場合じゃありませんことよ~!?」
虚ろな目になるエリンちゃんに、突っ込みを入れるセシリアさん。
「フィアナ、コヤツらは、お主の眷族か? 変な奴らじゃのう」
「眷族じゃなくて友達です!」
リリスの言葉を、私はすかさず訂正します。
もっともピンと来ない様子で、リリスは首を傾げていました。
「──という訳で、監視のために傍に置いておきたいんです!」
「フィアナさんが決めたことなら、ワタクシは賛成ですが──本当に大丈夫ですの?」
「私もフィアナちゃんが決めたことに従うよ」
もっと説得に苦労するかと思いましたが、二人はあっさりとそう頷きました。
「良いんですか?」
「フィアナさんが決めたことですし、悪い判断だとは思いませんわ。それに魔王の娘──もし味方にできるなら、得られる情報も大きいはずですわ」
「私もフィアナちゃんに賛成。昔からの顔なじみを殺すようなこと──私もしてほしくない」
むしろ腑に落ちなそうなのはリリス本人で、
「そんな面倒なことせんでも、ここでわらわを殺せば解決ではないか」
「だから殺しませんって! なんでそんなに物騒なんですか……」
──どうにも前途多難そうです。
「リリス、とりあえず人間を殺すのは絶対に禁止。これからは私の近くで行動して、なるべくお願いは聞いてほしい」
「分かったのじゃ。敗者は勝者に従う義務があるのじゃ。そうじゃな……、フィアナよ。これをお主に預けて置くのじゃ」
「?」
私が手を差し出すと、リリスが何やらキラキラ輝く宝石のようなものを渡してきました。
キラキラ輝きながら、ときどきトクン、トクンと動いています。
「リリス、これは?」
「わらわの心臓じゃ!」
「ちょ~っ!? なんってものを渡すんですか!」
ギョッとして思わず落としそうになりました。危ないです。
慌てて丁寧に抱きかかえる私に、
「わらわが何か企んでいたら、その心臓を握り潰せばわらわは死ぬ。保険だと思って、常に身に着けておくと良いのじゃ」
「いりませんって! 自分で持っててください!!」
強引に心臓を突っ返す私です。
そーっと割れ物でも扱うように、心臓の扱いは丁寧に……。
「むう……、我らが魔族の間では、隷属させた相手の心臓を預かっておくのは当たり前──やっぱりお主は、変わっておるのう」
「だいたい私は、隷属させようななんて思ってませんよ」
「ほう?」
「リリスはリリスとして過ごせばいい──そうして一緒に過ごすうちに、人間を侵攻することを諦めてくれたら嬉しいとは思ってますけどね」
「やっぱりお主は変わっておるなあ」
私の言葉に、リリスはそう首をかしげるのでした。
***
「エリン姉、あれ話して!」
「えへへ。フィアナちゃんは、本当にすごいんですよ。飛び交う地獄の火炎、この世の終末を予感させるような地獄の業火。それをフィアナちゃんは、たった一つの魔法で鎮めてみせたんです。その魔法は──」
「「ニブルヘイム!」」
「や~め~て~!」
夕食の席にて──私は、エリンちゃん妹弟からキラキラした眼差しを受けていました。
おおらかなエリンちゃんの家族は、あっさりとリリスを受け入れたのですが──その過程でエリンちゃんが、武勇伝のごとく私とリリスの戦いを語るのです。
(というか自分が負けた戦いを、眼の前でずっと語られてるんだよね)
(リリス、怒ってないかな?)
心配した私がちらりとリリスに視線を送ると、
「これは何じゃ?」
リリスの視線は、テーブルの上に置かれたケーキ──エリンちゃん母の手作りです!──に釘付けになっていました。
「興味ありますか? 美味しいですよ!」
「べ、別に興味はないぞ? 食べ物なんて栄養さえ取れれば同じで──」
「じゃあ食べちゃいますよ!」
「あ~! 待つのじゃ! 食べる、食べるのじゃ~!」
「素直でよろしい」
ちなみにリリスは、夕飯をうまいうまいと幸せそうな顔で食べていました。
聞けば魔族にとって食とは栄養を補給するための活動に過ぎず、下手すれば動物の生き血をすすって済ませてしまうこともある体たらく。
リリスは、目を輝かせながらケーキを手に取りました。視線を集めていることに気が付き、一瞬、表情を取り繕うように無表情を装いましたが、
「なんじゃこれ、うますぎるのじゃ!」
そう満面の笑み歓声をあげるリリス。
(……ちょろい!)
「そこまで喜んでくれると作りがいがあるよ。ありがとね」
エリンちゃんのお母さんは、苦笑しながらもう一切れ、ケーキをリリスに渡します。
(う~ん、前途多難かと思いましたが──)
(この分だとあっさり人間界の侵攻、諦めてくれるかもしれませんね)
ガツガツとケーキを食べて幸せそうな顔をしているリリスを見ながら、私は内心でそんなことを呟くのでした。





