フィアナ、結界の修復を見守る
そうして私たちは、結界があるという裏山に向かうことにしました。
「エリン姉が結界を直してくれるの?」
「本当に魔法使いみたい!」
「みたいっていうか、魔法を学んでるから!」
エリンちゃんの妹弟も、興味津々といった様子でついてきました。
魔法と縁のない世界で生きていれば、結界の修繕なんて滅多に見ることがないですからね──リィちゃんとルルくんは、目をキラキラさせていました。
「でも……、大丈夫なんですの? なにやら難しい資格が必要なんですわよね?」
「分からない。やるだけやってみるけど──」
「私も結界の種類によっては手伝えます。ドーンと構えて下さい!」
不安そうなエリンちゃんを励ますように、私は力コブを作ります。
そうしてしばらく歩き、ついに結界の前にたどり着きました。
(これが、この村の結界!)
(なんでしょう……、謎の親近感が──)
結界を形作る魔術式には、見覚えのあるクセがありました。
「ねえ、エリンちゃん。この結界の作者って──」
「ん? これは先代聖女のナリア様が開発した、簡易結界を実践配備したもので──」
(やっぱりナリアさんだ~!)
それなら私でも読み解けそうです。
(う~ん、さすがナリアさん)
(凄い綺麗な結界です!)
結界は、地面に掘られた複雑な幾何模様です。神々しい淡い光を放っており、中央には数十センチの魔石が置かれており、それが魔力の供給源となっているようでした。
周囲には淡く輝く白い光のマナが浮かんでおり、どこか幻想的な空気をまとっています。
そんな結界のまとう雰囲気を前にして、
「エリン姉、結界の修繕やるって本気?」
「やっぱり無茶しないほうが良いんじゃない?」
リィちゃんとルルくんが、不安そうにそんなことを言い出しました。
私にとっては馴染み深いナリアさんの結界ですが、初めて見る人にはとても普通の人間には手が追えないという圧迫感を与えたのでしょう。
「フィアナちゃん、まずは何をすればいい?」
「えっと──」
エリンちゃんから向けられたのは、こちらを信じ切った瞳。
(これは、失敗できませんね……!)
私は決意新たに、ナリアさんの言葉を思い出していきます。
たしか結界を前に口を酸っぱく言っていたのは、
「結界っていうのはね、案外、頑丈なんだ。なに? 壊れないか心配? はっはっは、面白いことを心配する子だね。たかだか一人の人間のマナで、結界を壊せるもんかい。いいかい、なるべく均等に、力強く──でも最後に物を言うのは────気合いさね!」
(どうしましょう、かなりいい加減です!)
思い出してはみましたが、驚くほどに参考になりません!
「魔力を注ぐだけで動かなかったら、それは結界を設計した人間が悪い。フィアナ、覚えときな──誰がやっても同じ結果になる。それが良い魔法陣ってもんさ」
否、それはナリアさんなりの矜持。魔力を注ぐだけで動くからこそ、いい結界だというナリアさんの言葉を信じるなら、
「エリンちゃん」
「はい!」
「マナを注ぐときは──なるべく均等に、力強く!」
「うん!」
「でも最後に物を言うのは────気合いです!」
「分かった、気合い!」
何それ!? と私自身も思う言葉です。
それでもエリンちゃんは、ぐっと胸の前で両手を構えて気合を入れるのでした。
エリンちゃんは、一時期、魔力のコントロールに苦労していました。
それは圧倒的な魔力量を持っているということの裏返しで、今回のように結界に魔力を注ぐという行為への適正は高いと言えます。
エリンちゃんが結界の中心に座り、コアとなる魔石に優しく触れました。そのまま徐々に、マナを魔石に注いでいきます。
あとは魔法陣の効力で魔石からマナが流れ込み、結界が勝手に維持されるはずです。
(これ、協会から認定された聖女しかできないって、どうしてだろう?)
魔力を注ぐだけで起動できないなら、それは魔法陣の作成者が未熟な証さね──というのが、ナリアさんの口癖でした。
「エリンちゃん、良い感じです!」
「ほ、本当ですか!」
「はい、だいぶ色が戻ってきてます!」
おお、と見ていたエリンちゃんの家族からも歓声が上がります。
結界はエリンちゃんの魔力を吸い、どんどん美しい本来の色を取り戻していき……、
「エリンちゃん、もう十分です!」
「え? もう?」
「はい、見てください。この瑞々しい結界の輝きを!」
電池の切れかえた電灯のように不安になる光り方をしていた結界は、今や力強い輝きを取り戻していました。
結界の修繕──マナを注ぐ作業は、これ以上ないほどうまく行ったと言えるでしょう。
エリンちゃんは、魔法陣の外から確認すると、
「えぇ!? これ、私がやったの?」
目をまんまるにして、そう素っ頓狂な声を上げます。
「はい! さすがエリンちゃん、お手柄です!」
「エリンさん、さすがですわ!」
「エリン、あなた本当に、しばらく見ない間に、すごいこと出来るようになったのね」
「お姉、これから聖女さまって呼んだ方がいい?」
「やめて!」
口々にかけられる称賛の声に、頬を緩めながらも、
「えへへ。フィアナちゃんが教えてくれたおかげです!」
そんな嬉しいことを言ってくれるのでした。
「そうだ! 今度、私の家に遊びにきてくれたときに、ナリアさん──光魔法の先生を紹介するね。エリンちゃんなら大歓迎だと思う!」
「やった、是非!」
嬉しそうに頷くエリンちゃん。
ちゃっかり遊びにきてもらう約束を取り付けて、私も大満足なのです。
「……え? それ、聖女さまの名前と同じですわよね。さ、さすがに偶然ですわよね?」
一方、セシリアさんは戦々恐々といった様子で首をかしげます。
「あっ……。うん、もちろん偶然です!」
「──ですわよね!」
(しまった。ナリアさんには内緒にしてほしいって言われてましたね!)
「フィアナさんのことですし……、もう深く考えるのはやめておきますわ」
セシリアさんは、そう肩をすくめます。どうやら、私にとっては大変不本意な理由で、そう納得してくれたみたいです。
「みんな、お腹すいたでしょう? お弁当にしましょう」
「「「は~い!」」」
待ってましたとばかりに、目の色を変える私たち。
その後は、エリンちゃんのお母さんが持ってきてくれたお弁当を全員で食べながら、午後のひと時をのんびり過ごすことにするのでした。





