第四十八話 ワインと夜景
普通、新婚初夜って、もっと色っぽいモノだと思っていた。
ところが我が夫は、食べ過ぎてベッドでうんうん唸っていた。
不肖の妻は、こうして夫の看病をする羽目になった。
おかしくないですか?
「先輩、薬ですよ」
「ああ、すまない、って、何をする?」
「口移しですよ。妻は病気の夫に、こうするんですよね?」
「いやいや、私は病気じゃないし、そんな話聞いたことないよ」
「この前観たドラマで、やっていましたよ?」
「知らないよ、ドラマなんて見ないし」
「とにかく、先輩は大人しくしてください。すぐ、済みますから」
「いいから、大丈夫だから」
「ちぇ、一度はやってみたかったのに」
と言うか、披露宴の誓いのキス以来、私たちは何もしていなんですけど。
キスぐらい、いいと思うけどなあ。夫婦なんだから。
「とにかく、大丈夫だから。ああ、でもありがとう」
「ホント、先輩子供みたいですよ」
「すまないね。あんな豪華な料理なんて、生まれて初めてだから」
「前の奥様との新婚旅行では、豪華なお料理は出なかったんですか?」
「宿のグレードが違うし、バイキングだったし」
「そうですね、バイキングもいいですね」
「そうそう、でもね、そこでも食べ過ぎたんだよ」
「先輩、まさか今夜と同じことが?」
「ああ、そうだよ。口移しは無かったけど」
「先輩?」
思わず、母が先輩に口移しをしている姿を想像してしまった。
想像したら、いいようもないような感情が沸き起こったけど、あの母がそんな事をするはずもないか。でも、気分が悪い。
「何で、そこで睨む?」
「だって、せっかく新婚旅行に来ているのに。新妻の目の前で、他の女の話をするんですよ。先輩って、デリカシー無いですね」
「ああ、さいですか」
「先輩?」
「ああ、分かりました。どうも、すみませんでした!」
「先輩、冗談ですから」
ホント、すべてが冗談だったら、笑えたのになあ。
「それで、先輩大丈夫ですか?」
「すまないけど、無理そうだ」
「分かりました。先輩をいじるのを、諦めます」
キスも諦めます。
先輩は目をパチパチさせていたので、妻として愛する夫には、安心してもらうことにしました。
「冗談ですよ」
先輩が落ち着いたので、私はテラスで夜景を見ることにした。
不思議な光景だと思う。
こんな風景を見る日が、私に来るなんて、想像もしていなかったから。
「生きていて、良かった」
すると、先輩がワインを持ってテラスに出てきた。迂闊だったかな?
幸い、私のつぶやきは、聞こえなかったようだ。気を付けないと。
でも何だろう、ワイン片手にワイングラスを持つ先輩って、似合わないなあ。
可愛いけど。
「咲良さん。飲むかい?」
「おや、先輩にしては、気が利きますね」
「たまにはね。隣いい?」
「もちろんですとも、私の旦那様」
「ふたりの為に」
先輩は私に向かって、グラスを高く上げた。似合わないけど、それなりにサマになっているのが不思議だと思う。
こんな場所だからかな。
私も、雰囲気に酔っているし。
「どうしたんですか、まるで詩人ですね」
「らしくないかな?」
「そうでもないですよ、乾杯」
私たちは、グラスをコツンと軽く当てて乾杯した。
「美味しいね」
ホント、こんなワイン初めて。
「ホント、美味しいです」
「高いんだろうなあ。チェックアウトが怖いな」
「先輩、この部屋、飲み物は飲み放題ですよ」
「え?このワインも?」
「これは、特別です。新婚カップル用に、ホテルが用意してくれたんですよ」
「へえ、気が利くね」
「だからと言って、飲み過ぎないでください」
「分かってるよ」
ワイン片手に夜景に魅入るなんて、本当に非日常だと思う。
「キレイですね」
「そうだね、本当にキレイだ」
「先輩、夜景ですよね」
「もちろんだよ」
「じゃあ、何で私の方を見て、言うんですか?」
「気のせいだよ」
「誤魔化さないでください」
「本当だよ。君は、本当にキレイだよ」
「先輩?」
「本当のことだよ。君を一番きれいで素敵な女性って、私は入社当時から思っていたよ」
「その割に、何も誘ってくれませんでしたけど?」
「仕方が無いだろう。こっちは定年間際の窓際族、しかも、慰謝料と住宅ローンでかつかつ。君みたいな女性をエスコートなんて、はなから無理だよ」
「私、居酒屋でも良かったんですけど」
「その割に、三ツ星レストランを要求してこなかった?」
「そうですね、三ツ星レストランもいいですね」
「まあ、いつかなんとかするよ」
「私の誕生日でいいですよ」
「了解しました。善処する方向で、調整します」
「先輩?」
「そ、そういえば、君の誕生日って、いつだっけ?」
「は?」
「いやだって、個人情報じゃないか?」
「先輩らしい。ホント、呆れるを通り越して、殴りたくなります」
ホント、今まで良く生きて来れましたね?
自分の妻の誕生日を知らない夫なんて、世界中で先輩ぐらいでしょう。
「いいですか、一度しか言いませんよ。私の誕生日は、12月24日です」
「へえ、え?12月24日?」
「はい、そうです」
「君は、キリストと同じ誕生日だったのか?」
「キリストの誕生日は、12月25日です。24日はイヴですよ」
「ああ、そうだったっけ?」
「ホント、しっかりしてください」
「ええっと、それって難易度が上がったような」
「先輩、愛の力で何とかしてくださいね。私を愛しているのなら」
「は、はい。頑張ります」
「はい。カワイイおよめさんのために、だんなさまは頑張ってください」
私はくいッと、ワインを飲みほした。
ボ~としている我が旦那様に、お代わりを要求しました。
先輩は恭しく、ワインのお代わりを注いでくれた。
いい気になれるって、本当に素晴らしいと思う。
私は注がれたワインを、一息で飲み干した。私はですね、先輩と一緒ならね、もうどこでもいいんですよ。分かってます?
ワインと共に、この思いも身体の中に流し込んだ。
「先輩」
「なに?」
「なんでも」
「なになに?」
「いいから」
「そう?」
「はい。そうなんです」
先輩のグラスは、まだ空いていなかった。
「飲まないんですか?」
「ああ、そうだった」
先輩は残ったワインを飲みほしたので、私が恭しくワインのお代わりを注いだ。
本当は、こういった高級なワインは、もっとゆっくり飲むものなんだろうけど。
仕方が無いでしょう?ワインなんて呑みなれてないし、すんごく美味しいんだし。
綺麗な夜景、潮騒の音、美味しいワイン。
私も、酔ったみたい。
これが、新婚初夜って奴かな?




