第四十七話 新婚旅行
ブーケを普通に投げようとしたら、視線が一斉に私に向いた。
ちょっと、怖かった。
なんというか、血に飢えた狼?
肉食獣に囲まれた草食獣の気分って、きっとこんな感じなんだろうと思った。
彼女らが狙っているのは、私ではなくこのブーケなのが幸いだった。
だからいつまでも、こんな危ないモノを持っているのは危険だと思った。
私はえいって、ブーケを投げた。
後は、野となれ山となれだ。
え?その後はどうなったかって?
先輩が青ざめているのが、ちょっとおかしかったです。
それで、察してください。
その後、私たちは新婚旅行で熱海に向かった。
新幹線は高校時代の修学旅行以来だけど、グリーン車に乗るのは初めてだ。
ゆったりとしたシートに、気分上々だ。
しかし、隣に座る我が夫は、新妻をほっといてすやすやとお休みのようだ。
口を半開きにし、なんと言うか暢気な姿をさらしていた。
つまり、無防備だ。
これは、私に何をされても文句は言えないと、そういうことなんだろう。
私はあたりときょろきょろと見回し、そっと顔を近づけた。
もう少しと思ったその瞬間、切符を拝見しますといきなり言われた。
「は!はい!」
車掌さんだった。白を基調とする、結構カッコいい制服だけど、少しは空気を読めと言いたい。
いえ、悪いのは・・・・・もちろん、先輩です。
「ええっと、お父様でしょうか?」
「夫です」
「し、失礼しました」
先輩の切符の在り処が分からないので、後にしてくださいとお願いしたら、そんな確認をしてきた。
ホント、先輩って面倒。
私は呆れてしまい、諦めてボ~とすることにした。
いたずらは、またにしよう。
新幹線は小田原を出発し、次は熱海とアナウンスされた。
「先輩?」
先輩を揺すっても、中々起きてくれない。
「先輩?」
仕方がないので、鼻をつまむことにした。
平手打ちを食らわそうかと思ったけど、車内ではさすがに憚ると思ったので、優しく扱うことにしました。
「何分持つだろう?」
先輩がうめき声をあげてきた。ちょっと、苦しそう。
先輩が、ガバッって起き出した。
「先輩、おはようございます」
「い、いま、何かしなかった?」
「いえ、別に」
「そ、そう?」
「ええ。新妻一人を置き去りに、すやすや眠っている失礼な人に、ほんのちょっと愛を込めただけですわ」
「あ、すまん」
ホント、先輩って、可愛い。
熱海駅に着いた私たちは、駅ビルで買い物を済ませ、駅まで迎えに来ていたホテルの送迎バスで宿に向かった。
熱海は坂道が多く、その分景色はいい。
人も多いけど。
「へえ~、結構いい宿だね」
「知りませんか、ここ、わが社の系列ですよ?」
「え?そうなの?」
「だから、格安で泊まれました」
普通なら、二人で一泊10万円はするけど、結婚祝いとして9割引きで泊まれた。
普段は役員が使っているらしいけど、ここで何をしているやら。
「そうなんだ」
そんな事情を何も知らない先輩の無邪気な顔を見ると、毒気が抜かれたような気がしてしまう。
平和だなあと、自分たちを棚に上げて感慨に耽った。
部屋に案内されたけど、相模湾が一望出来る景色は、まさに圧巻だった。
部屋には露天風呂もあったけど、先輩と私は仲良く大浴場に向かった。
「先輩、どうですか?」
私は先輩の前で、くるりと回って見せた。先輩が見たがっていた、浴衣姿だから。
「なにが?」
「先輩?」
「ちょ、ちょっと、耳を引っ張らないで!」
「私の浴衣姿を見たいって、前言っていたじゃないですか?」
「そ、そうだった?」
「そうですよ」
「ああ、そうなんだ。ほ、ほら、私の言った浴衣って、もっとカラフルな奴だよ」
「もしかして、スケスケの奴ですか?先輩って、結構エッチですね」
「ち、違うよ。ほら、夏祭りでよく見る、ああいった奴だよ」
「じゃあ、今度買ってください」
「ああ、はい」
「じゃ、許します」
ホント、先輩って、可愛い。
しまむらで、先輩の浴衣も新調しようっと。
それで、一緒に夏祭りに行くんだ。
楽しみだなあ。
お風呂は、意外に空いていた。
大浴場も大きいけど、露天風呂も大きかった。
相模湾が一望のお風呂だけど、外から丸見えじゃないかな?
まあ、いっか。
温泉とサウナを堪能してから、お風呂から出ることにした。
きっと、先輩が待っているから。
お風呂上りに、先輩と一緒にコーヒー牛乳でも飲もうと、その時の私はうきうきしていた。
でも、何でビールじゃなくて、コーヒー牛乳なんだろう?
だが、そのうきうき気分の時間は、案外短かった。
いつまで経っても、先輩はお風呂から出てこない。
一応、部屋に戻ったけど、無人だった。
長い、長すぎる。
風呂で何をしている?
すると、やっと先輩が出てきた。
「先輩、何してたんですか?」
「ああ、ゴメン!寝てた」
「はあ?まさか、外のあのソファーでですか?」
露天ゾーンに置いてある、ソファーだ。裸で休む仕様で、ソファーに横になると海風に当たって、かなり気持ちいい。
「ああ、そうそう。気持ち良くてねえ」
「風邪ひいたら、どうする気ですか?」
「まあ、大丈夫そうだ」
「次からは、気を付けてください」
「ああ、分かったよ」
「まったく、人妻をこんなに待たせて。ナンパでもされたら、どうする気ですか?」
「ホントね、どうしようか」
「先輩、まだ起きていないようですね?」
「いたたたたたたたた!」
思いっきり、耳を掴んだ。
「さあ、夕食の時間ですよ」
私は先輩の耳を掴んだまま、食事処に向かおうと思った。
「ああ、そうだったね。お願いだから、手を離して?」
「ああ、そうでした。つい」
次はもっと、刺激的なお仕置をしようと思った。
新妻を待たせたんだから、それぐらい当然です。
だから私は、先輩の手を取ることにしました。
お風呂上りなのに、先輩の手は冷たかったから。
食事処は個室になっていて、お洒落というかシックというか、高級感があった。
「はあ、お洒落だねえ」
「そうですね」
「いらっしゃいませ。当ホテルにようこそ」
「ああ、どうも」
「お飲み物は、どうされますか?」
「私はビール、咲良さんは?」
「私もビールで」
「はい、少々お待ちください」
「あの仲居さん、私たちをどう思ったのかな?」
「夫婦でしょう?」
新幹線の車掌さんに、親子と間違われたけどね。
「訳アリに見えたんじゃないかな?」
何で、そんなに嬉しそうなんですか?
「なら、訂正しないと」
実際、役員は愛人を伴って宿泊していると、そんな噂が流れていたから。
あいつらと一緒にされたら、敵わないと思ったからね。私たちは、夫婦ですと。
「いいよ、別に。私たちに後ろ暗いところが、ある訳じゃないから」
「そうですか。先輩って、本当にお優しいんですね」
「なんだか、トゲがあるなあ」
「きっと、裏で色々と噂してますよ?」
「そうだろうね」
「いいんですか、それで」
「いいも何も、人の口に戸は立てられないよ」
「そうですか」
「はい、そうなんです」
「だいたい、先輩が悪いんです。私を待たせるなんて」
「ああ、すまないと思っているよ」
「お待たせしました」
仲居さんが、ビールを運んできた。
ちょっと高そうな、瓶ビールだった。
「はいはい、ほら」
すると、まるで私のご機嫌取りでもするように、先輩は私にお酌をしてくれた。
悪い気は、しませんけどね。
「どうも」
私も、先輩にお酌をした。何だか、不思議な感じがする。
ああ、そうか。これが、非日常ってやつかな。
「おつかれさん」
「はい、お疲れ様です」
「うぐうぐうぐ、ぷはあああ。うまい!」
「先輩、もう一杯どうぞ」
「ああ、どうもありがとう」
「お待たせしました。前菜です」
仲居さんが、お料理を運んできた。
「おお!これはうまそうだ」
前菜のようだけど、種類が多かった。
「ホント、美味しそうですね」
「来てよかったね」
「そうですね」
次々に運ばれるお料理は、揚げ物や焼き物にお造りと、びっくりするぐらい華やかだった。
生きている伊勢海老を見るのは初めてで、アワビは本当に踊っているし。
どれもこれも、とても美味しい。
「金目鯛のしゃぶしゃぶです」
「おお!」
「ホント、美味しいですね」
「初めてだよ、こんなの」
「私もです。来て良かったです」
「本当、君と結婚出来て良かったよ」
「温泉に美味しい料理が、たくさん食べれたからですか?」
「違うよ、こうして君と一緒に、美味しい食事が楽しめたからだよ」
「そ、そうですね」
何で先輩は、こういう時に限って殺し文句を言うんですか?
普段の先輩らしくしてください。ここでは、何も出来ないじゃないですか。
先輩、卑怯ですよ?
「お水貰おうか?」
もしかして、顔に出ていたのかな?後で、覚えていろ。
「いえ、大丈夫です」
「デザートお持ちしました」
「おお!美味しそうだ」
フルーツにアイスに、ミニケーキにゼリーと盛りだくさんだった。
「このゼリー、ここの売店で売ってましたよ」
「なら、帰りに買っていこうか」
「はい」
こうして、熱海の夜は更けていく
いよいよ、私たちは新婚初夜を迎える。
私はドキドキしていた。
もちろん、この日の為にわざわざ用意した勝負下着を身に着け、準備万端にその瞬間を待っていた。
なんだろうか、やっと新婚らしくなってきた。
今夜私は、先輩に女にしてもらう。
はずだった。




