第三十四話 先輩とお買い物
もう、眠ったかな?
私はそろりそろりと起き出し、用意してあったキットを取り出す。
「よしよし。今回は、仰向けに寝ている」
おあつらえ向きに、口も若干空いている。
「あ?やばいなあ。いたずらしたいかも」
何と言うか、先輩の寝顔は意外に可愛いかも。
いや、今はそんなことをしている場合ではない。
私は検体採取キットを、先輩の口にそっと差し入れた。
中をぐりぐりしたら、先輩がうめき声をあげた。やばっ!
「ああ、寝言だったか。良かった。でも、どんな夢を見ているんだろう?」
ホント、いい気なもんだ。こっちの気も知らないで。
最後に、先輩の頬をつんつんする。
「ふふっ。案外、柔らかいかも」
何だか、楽しくなってきたけど、もう休もうと思った。明日は明日で、それなりに忙しいし。
検体も無事に採取出来たし、あとは結果待ちと。
「ふわああああ。おやすみなさい」
「先輩、先輩、先輩、先輩」
私よりも長く寝ているのに、なんで私より先に起きないかなあ。
とは言え、さすがに寝起きの顔はまだ見せたくないから、最低限のメイクをする時間が得られたけど。先輩が寝坊助さんだったことは、ちょっと助かったけどね。
「う、う~ん。そんな、はれんちな」
はあ?どんな夢を見ている?
「先輩?」
とりあえず、頬を叩くことにした。
「いったいなあ。何?」
「先輩、おはようございます。朝です」
「いや、だから何で叩いたの?」
「さあ?夢でも見たんじゃないですか?」
ホント、どんな夢を見たんだか。私の夢かな?ハレンチって、なんだろう?気になるなあ。
「ああ、そうですか」
先輩は頬をポリポリ掻いているけど、そこは私が昨夜つんつんしたところですけど。あまり掻くと、私が付けたマーキングが取れてしまうんですけど?
「坂上さん」
「はい」
「私が眠っている間、何かしなかった?」
一瞬、ドキッとした。
「何もしていませんけど?夢でも見たんじゃないですか?」
「そうかな?」
「先輩、早く支度してください。出かけますよ」
「え?どこへ?」
「先輩?」
とりあえず、もう一発殴っておこうか。
「ちょっと待ちなさい。何でそう、君はすぐに暴力に訴える?私だって、人権ぐらいはあるよ」
「先輩、何を当たり前のことを」
「それそれ」
先輩が、私の振り上げた手を指していた。
「ああ、これですか?親愛の証です」
そう、私は心から、先輩を愛しています。だから、私の言う通りにしてくださいね。言う通りにしてくれたら、痛いことはしませんから。
私って、悪い子かな?
「それよりも、朝食を用意してありますから、早く食べてください」
私って、いいお嫁さんになれるかもね。
先輩が眠っている間に、ごはんの支度を済ませ、ついでに身ぎれいにしたんだから。
いつもキレイで居ろって、そんな歌もあったよね?
ねえ?先輩はどう思いますか?
「ああ、ありがとう」
なんですか、その不思議そうな顔は?
「ありあわせですから、期待しないでください」
本当は近くのコンビニまで行って、最低限の食材を買ってきたんですけどね。
私って、健気でしょう?お嫁さんにしてくれますか?お嫁さんにしてくれなくても、いずれ押しかけますけどね。
とは言ったものの、用意したのはトーストとゆで卵とサラダ。あとは、愛情たっぷりのコーヒーだけです。
「先輩、食べ終わったら食器をシンクに置いてください。洗っておきますので」
「ええ?食洗器に突っ込めばいいじゃないか?」
「先輩?」
「はい、すみませんでした」
「まだ、何も言っていませんよ?」
これじゃまるで、私が先輩をイジメているようじゃないですか?
酷くないですか?
「先輩、何で私にそんなに、怯えているんですか?」
「怯えてませんよ」
「まあ、いいですけど。女子として、ちょっと気分が悪いんですけど」
だからですか?私に手を出さないのは?
それはそれで、気分最悪なんですけどね。
「じゃあ、片付けたら出かけますよ」
「はい、どうぞ。いってらっしゃい」
はあ?やっぱり、もう一発殴ろうかな?
「先輩?」
「冗談です、本気にしないでください」
「先輩のその寛ぎようを見たら、誰でも本気にしますよ?」
「だって、休日ぐらいいいじゃないか」
「先輩は、平日もそんな感じですよ」
「そうだった?」
「そうです」
「そうなのか」
「いいから、シャンとしてください」
「はいはい」
「先輩?」
「あああ、もう。はい!」
ホント、先輩って面倒だ!
「車、動きますか?」
「多分」
随分と古そうな車だけど、動くのかな?
「ああ、エンジンかかったよ」
「そうですか、じゃあ、出発しましょう」
「はいはい」
「先輩?」
「いいじゃないか、癖なんだから」
「私、まだ何も言っていませんよ?」
ホント、先輩はやっぱり、可愛い人だ。
目当てのホームセンターは混んでいたけど、駐車場はスムーズに入れた。
やっぱり、早めに来たのが幸いだった。
先輩のようにのんびりされたら、まともに買い物も出来ない。
「先輩、早く行きますよ」
「ああ、はい」
「先輩、何か言いましたか}
「いいえ、何でもありませんよ」
「ふ~ん」
とりあえず、私たちは寝具コーナーに向かった。
「坂上さん、寝具でも買うの?」
「ええ。あの掛け布団って、気持ち悪いので」
「いや、布団は布団だって。まあ、確かに干していないけど」
はあ?まさか、一年に一度とか、言わないですよね?
まあ、今はいいですけど。
「ダブルベッド用の掛布団を買いますよ」
「何で?」
「先輩?」
先輩?あのね、私だってお布団被って休みたいんですけど?
分かってくれないんですかね?ああ、そうですか。
次に反論してきたら、とりあえず一発いくか?
「必要だから、必要なんです」
先輩は黙ってうなずいたけど、まだ何か言いたげだった。
言いたいことがあるなら、はっきり言えばいいのに。
すぐに、黙らせますけど。
そのうるさい唇を、私の唇でふさいじゃいますよ?
やだ、私って大胆♪
とは言え、先輩はどこか冷めた表情をしていたけど。
「だいたい、あれじゃ寒いじゃないですか?」
「ああ、だからあんなにくっついてきたのか?」
「先輩が、私にくっついてきたんです」
「まさか。私は暑がりだから、君に、君に、ええっと、何でもありません」
先輩の顔をじ~と見ていたら、何だか狼狽えてきた。どうしてだろう?
まあいいや。
気を取り直した私は、お布団を選ぶことにした。
「先輩この柄、どう思いますか?」
「いいんじゃないの?」
「じゃあ、先輩、こっちはどうですか?」
「うん、いいんじゃないの」
おい?
「先輩?」
「だから、私に聞いてどうする?大体、私のセンスに期待なんかしていないだろう?」
「確かに。私が愚かでした」
でもね、買い物の時って、こうやってやり取りしたいんです。
少しは、女心を学んでください。
まあ、先輩に期待する方がおかしいかな。
「じゃあ、これをレジに持って行ってください」
私は気に入ったお布団を、よっこらせと先輩に渡そうとしたら、先輩が嫌がってきた。
女子にこんなのを、運ばせる気か?
「え?店員さんを呼ぼうよ」
「これぐらい、持ってください」
仕方が無いので、先輩にカートを持ってくるように指示した。
先輩がのんびり歩いてカートを取りに行ったので、急いでとハッパをかけましたけど。
先輩のあの、ビクッとする感じ、やっぱり可愛いなあと思う。まるで、小動物みたいで。
「では、次に調理器具コーナーに行きましょう」
「何で?」
「先輩?」
「ああ、もう、分かったから。そんな目で、私を見るな」
鍋に包丁など、調理器具をカートに突っ込み、レジで会計を済ませた。
一応、払いは先輩がしてくれたけど、なんなら私がしても良かったけど。
そこはやっぱり、男の人なんだと思う。
「先輩、そっち持って」
「はいよ」
先輩の家に戻った私たちは、ダブルベッド用の掛布団をベッドに掛けた。
うん。やっぱり、こうでなくっちゃ。しっくりくるなあ。
「ほら、気持ちいいでしょう?」
これで今夜は、安心して休めそうだ。
「さあ、次に行きましょうか」
「え?どこへ?」
「スーパーですよ」
「ええ?もう、いいじゃないか。疲れたよ」
「先輩?」
「分かったから、そんな目で見ないで」
何よそれ?
私が、どんな目をしたって言うのよ?
せっかく、私が美味しいご飯を作ってあげるってのに。
ホント、先輩って面倒。
でも、そこが可愛いんですけどね。
私って、悪いオンナかもね♪




