表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
私の先輩  作者: せいじ
33/60

第三十三話 離婚の理由

「昔々、あるところに・・・」

 おい?

「先輩、真面目に話す気あるんですか?」

「昔のことなんだ、仕方が無いだろう?」

「そうですか?ふざけてたら、怒りますよ」

「ああ、分かったから。今から話します。でも、つまんない話だよ」

「つまんないかどうかは、私が判断します。先輩は、気にしないでください」

「ああ、はい」

 だって、私の出生に関わるかもしれないんだから、つまんない話しであるはずがない。

「先輩?」

「ああ、分かったよ」

「ええっとね、妻は、ああ、別れた妻ね」

「馬鹿にしてますか?それぐらい、私にだって分かりますよ」

「お願いだから、殴らないで」

「先輩は、私をなんだと思っていますか?」

「うが!」

 とりあえず、殴っておくべきと思った。何か、私の気分の悪くなるようなことを、言われたような気がしたから。というか、ぶつぶつ言っていましたけどね。

「いま、乙女に言っては行けないことを、思い浮かべたでしょう?」

「一応言うけど、私は一般的にオヤジに分類されますので、そこはご容赦下さい。今後は、善処する方向で検討したい所存であります」

「先輩、もう一発いいですか?」

「すみません、もう言いません」

「で?」

「え?何が?」

「だ・か・ら、続きをどうぞって、言っているんですけど?」

「え?オヤジギャグやセクハラは、もうやめろでは無かったっけ?」

 とりあえず、殴るのはやめて、鼻をつまむことにした。

 一瞬、首を抑えつけてやろうかと思ったけど、さすがにそれはやめようと思った。

 先輩が落ちたら、お話が聞けないからね。

「ねえ先輩、私、からかわれるのって、我慢ならないんですけど?」

「か、からかっていません、失念していただけです」

「じゃあ、続きを」

「は、はい」

「先輩?」

「分かってますよ。ちょっと、長くなるよ」

「はい、いいですよ」

「ええっとね、まず妻、別れた妻ね?」

 分かってますよ。私の母のことでしょう?怒りますよ?

「その妻がね、夢を持っていたんだよ。お嫁さんが持つような、普通の夢をね」

 あの母の夢?夢なんて、持ってたの?悪い夢でしょうね、きっと。

「夢ですか?」

「そう、夢をね」

「素敵な人と結婚し、郊外に一戸建てを持ち、小さな庭と犬を飼う。ベタだけど、これが夢なんだよ」

 何それ?実現したじゃん。何が不満なの?先輩が素敵じゃなかったなら、最初から結婚なんてしないはずだし。益々、母が分からない。

「先輩は、奥様に夢を叶えて上げたじゃないですか?」

「一つを覗いてね。いや、二つかな?」

「何ですか、それは?」

「まずは、出世ね」

「出世ですか?」

「そう、出世」

「意味が分かりませんけど?」

「時代なんだろうね。バブルがはじける直前だったから、社会はまだイケイケな感じがあったんだよ」

「イケイケですか?私にはよく分かりませんけど」

「まあ、そんな時代だったからね。旦那の地位と、奥方の地位は、相関関係にあったからね」

「今は、違うんですか?」

「違うねえ。いや、今はいい時代だと思うよ。無茶な残業も無いし、手当ても付くしね、パートナーが何をしていようと、自分は自分ってね」

「でも、先輩の時は違った」

「そう。それでもまだ、希望はあった。しかしね、同期で出世しないのは私だけになったし、後輩に追い越された時は、ちょっとまずかったね」

「それの何が、いけないんですか}

「そうなるとね、リストラ対象になるということなんだよ」

「リストラですか?」

「そう、リストラ。まあ、実質的な首切りだね。だから、妻は私に愛想を尽かしたと、そういうこと」

「貧しき時も病む時もって、結婚の時に誓わなかったんですか?」

「おや、よく知ってるね。一応誓ったけど、それはそれなんだよ」

「ふざけてませんか?」

「いや、大真面目だよ」

「だとしたら、益々変です」

「まあ、そう言いなさんな。むしろ、今の時代の方が、分かりやすいんじゃないのかな?」

「だったら、最初からそう言えばいいのに」

「こうなるなんて、彼女も私も思わなかったんだよ」

「でも、それって」

「いいから、怒んなさんな」

「怒っていません。納得できないだけです」

 だから、あの母は私をあの男に差し出したのか?

 私よりも、あの男を信じたのか?

 何それ?

 怒るなって方が、無理でしょう。

「はは、ありがとう」

「先輩に、お礼を言われる筋合いじゃありません」

「うん?まあ、いいじゃないか」

「はい」

「で、続きだけど、さっきのタネ無しって、どう意味か分かる?」

「不妊症のことですよね、男性の」

「まあ、そうらしい」

「そうらしいって、調べたんですよね?」

「いいや、調べなかったよ」

「どうして?」

「さっきの続きさ。妻の夢、郊外に庭つきの一戸建て、犬を飼い、子供は二人ってね」

「よく分かりません」

「私もだよ。でもね、妻は必死だった。毎日体温を測り、妊娠できる日にちを特定し、子作りをしたわけだ」

「セックスしたんですね?」

「こら、乙女がそんなことを言うものじゃないよ」

「言葉を飾っても、同じだと思いますけど?」

「まあ、そうなんだけど。でもね、あれをセックスと呼んでいいのか、私には分からないよ」

「セックスに、違いがあるんですか?」

「私もその時までは、違いが分からなかったんだよ」

「どう、違うんですか?」

「うまく言えないけど、愛し合うとか慈しむとかの為ではなく、あくまでも子作りの為のセックスなんだ」

「どんな、セックスだったんですか?」

「随分と、踏みこんだことを聞くね」

「真面目に知りたいんです。これからの、参考にしたいからです。私も、これから経験するんですから」

「まあ、普通なら楽しくとか、快楽があるんだろうけど、あくまでも子作りの為だからね」

「楽しくないと?」

「鬼気迫るっていうか、ちょっと怖かった」

「よく、分かりません」

 私には、よく分かる。あの母の、やりそうなことだ。

「とにかく、快楽そっちのけで、あくまでも妊娠目的なセックスだった訳だ。楽しむなんて、不謹慎になるよ」

「それでも、子供が出来なかったんですか?」

「ああ、その通り。最後になるとね、時間も指定されたよ。真夜中に叩き起こされ、今しましょうと言われたこともあるよ。この時間なら、妊娠するはずだって」

「子供って、自然に出来てしまうモノではないのですか?」

「そう簡単なら、世の中不妊症で悩む人は居ないと思うよ」

「私には、分かりません」

「私も頑張ったんだよ。体調管理をして、精力のつく食事に気を配ってね。お酒だって、断っていたよ」

「それで、セックスしたんですね?」

「言い方がさ、身も蓋も無いねえ。でもまあ、それでも出来る日と出来ない日があったんだよ」

「出来ないって、どうしてですか?」

「疲れていたり、残業で遅くなった時がそうだよ。風邪を引いた時もあるよ」

「病気でもですか?」

 もはや、母は人では無い。鬼だろう。先輩を何だと思っている?

「何で、こんな大事な日に風邪を引くのかってね」

「無茶です」

「その時の妻の顔は、今でも忘れられないよ」

「どんな顔でしたか?」

「役立たずが、一番近いかな」

 つまり、役に立つか立たないか、それがあの母の判断基準であり、価値観だったのか。虫唾が走る。

 それで娘の私ではなく、あの男を選んだのか?

 役立たずの私ではなく、生活の面倒を見てくれる、あの男を。

 最低だ。

「だって、夫婦は共に助け合うんじゃないんですか?」

「子供を持てない夫婦は、夫婦ではないんだろうね」

「それで、別れたんですか?」

「ああ、私の二十代を返せってね」

「そんな」

 だったら、私の十代を返せ。

 お前のせいだ。お前が父と離婚しなければ、先輩と離婚しなければ。あの男と再婚しなければ、私はあんな目に遭わなかった。

 私の貴重な十代を台無しにしたのは、母やあの男のせいだ。

「まあ、実際、子供を作るには三十代よりも二十代がいいらしいからね」

「まだ、可能性はあったんじゃなかったんですか?」

「どうだろうね。二十代で出来なかったら、まあ三十代では難しいだろうね」

「それで、タネ無しですか?」

「一応、私も離婚の際に、ごねたからね。それで、捨て台詞を吐かれた訳だ」

「それで今までよく、慰謝料を払い続けていましたね」

「おや、よく知ってるね。それも、給湯室ネタかい?」

「・・・・ええ、そうです」

 そのお陰で、私はこうして居るんですから。

 それが無ければ、先輩と出会えなかったかもしれない。

 先輩と、こうして語り合う日が、来なかったかもしれない。

「家を手放せばよかったんだけど、バブル崩壊で家の価値は下がり、しかもローンが残っているからね。手放せなかったんだ。だから、慰謝料は結構厳しかった」

「払わなければ、良かったじゃないですか」

 あんな母に、払う価値はあったんですか?そもそも、悪いのは先輩なんですか?

「それでもね、彼女の貴重な二十代を、私の為に使わせてしまったんだよ。そのぐらいは、償わないと」

 あの母の二十代が貴重なら、私の十代はどうなるんだ。

 私に対してこそ、責任を取って欲しい。

「先輩って、本当に優しいんですね。頭に来るぐらい」

 あんな母に、優しくする必要は無い。

 そんな価値が、あるはずはない。

 先輩がそんなに優しいから、あの母はつけあがるんだ。

「はは、時々自分でもそう思うよ」

 でも、それが先輩なんだ。

 私が好きになった、好きになってしまった人なんだ。

 そうなると私が、一番ダメなオンナなんだろうか。

 私は聞きたいことが聞けたので、もう寝たふりをすることにした。

 正直、これ以上は聞くに堪えないからだ。

 母を益々、憎んでしまいそうだからだ。

「おやすみ。いい夢を」


 先輩は私の頭を撫で、あやすようにおやすみを言ってくれた。


 私は寝たふりをしながら、先輩の優しさに応えられない自分を、ちょっと情けなく思った。

 

 先輩の優しさに、付け込んでいるのは私も同じだから。


 先輩こそ、いい夢を見てください。




 私が先輩を、幸せにしてみせますから。




 先輩を、ひとりにしませんから。



 それが、私の誓いです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ