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魔王城に近い町  作者: やまもと蜜香
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第13話 ヒメッチ

 ハイブリッドによる魔王城襲撃事件から数日が経った。ハイブリッドを撃退した城方にも多数の犠牲者が出ており、最優先で行われたそれら戦死者の弔いがやっと落ち着いた。

 キビットは魔王城に留まることを許され、居館内に部屋を与えられていた。一応は人間の領地に含まれるアントバニアを捨てて、魔人の生息域で生きることを選んだからには、少しでも魔人や魔人が暮らす地についての知見を広げておくべきだと考えたキビットは、日中は城の書庫に居ることが多かった。


 しかし今、キビットが資料のページをめくるペースが極端に遅くなっていた。先ほどから、目の前に姫が居るからだ。

「キリのよい所まで読んでて構わないわよ」

 キビットの籠もる書庫へと入ってきた姫は、そう言って机を挟んで向かいの椅子に座っていた。今は机に頬杖をつき、片手の人差し指で髪をくるくると弄びながら、窓の外を見ている。

 キビットとしては気になって仕方がない。ちらちらと姫の方を見てしまい、書物に集中ができない。


 ハイブリッドの襲撃によるゴタゴタの中で、キビットは出会ったばかりの姫に求婚ともいえる告白をした。だが、その後すぐにハイブリッドとの戦闘となり、負傷して治療を受け……と、次々と展開する新たな状況に上書きされ、あの告白が忘れ去られたような雰囲気になってしまっている。

 姫はどう思っているのだろうか。成就の可能性の芽くらいは存在しているのだろうか。しかしそれを今、姫に確認するつもりはない。今はこうして姫と過ごせる時間を持てているだけで、キビットは細やかな幸せを感じており、余計な言動によってそれを壊したくはないからだ。

「何か困っている事はないか?」淡々とした口調ではあるが、姫はそう言って日に一度はキビットを訪ねてくる。おそらく魔王からキビットの監視を命じられているのだろうが、理由は何にせよ、姫とコミュニケーションを取れることが嬉しい。気持ちの荒んだアントバニアでの生活より明るくなれる自分が居た。


 ふとキビットは今日読んだ書物の中で、意味の解らない言葉があったことを思い出した。そういうものを尋ねるだけでも会話のきっかけになる。とにかくキビットは、姫との会話を増やしたかった。


「ねぇヒメッチ、この文字はどういう……」


「いや、誰がヒメッチなのさ! あんたねぇ、人を変な名で呼ばないでよね」


 姫は生まれてからこれまで、父親である魔王に「姫」と呼ばれていた。もちろん魔王側近の大人から年の近い者まで、魔王城で暮らす全ての者が彼女をそう呼んだ。姫というのは正確には立場であって個人の名前ではない。だが、名前など付けられず、当たり前のようにそう呼ばれてきたため、今では姫にとっても姫と呼ばれることに違和感はなく当然のこととなっていた。


「愛称だよ。そうやって呼んだ方が親しくなれると思ってね。……嫌だった?」


「嫌よ」


即答する姫。


「まぁまぁ……そのうちに慣れるからさ」


「アタシはあんたを愛称でなんて呼ばないからね」


「あぁ、分かってるよ」


 これでも姫は随分とキビットと話をするようになった。倉庫で出会ったあの時は、当たり前だが取り付く島もないくらいに心を閉ざしていたものの、キビットによるハイブリッドの撃退を目の当たりにし、その時に傷付いたキビットを治療したのが姫だった。

 何より同胞を敵に回してでもキビットが自分を求めたと考えれば、姫も女として悪い気はしない。



 その後二人は気晴らしに、魔王城の上層に在るテラスに出た。少し風が強かった。城壁が高いため城の外の様子は見えない。城壁の向こうには遠い山脈が見えていた。


「キビット、あんたはこれからどうするつもりなの?」


「そうだねぇ、僕がどうする以前に、おそらく君のお父さんから呼び出しを受けると思う。その後は旅に出る可能性が高いかな?」


「お父様から何か依頼を受けるっていうの?」


「まぁ、そんな気がするだけさ。そんなことよりヒメッチ、いつかキミが次の魔王になるのかい?」


 キビットはまだ、魔王の親族は姫しか見ていない。もし姫がひとり娘なのであれば、姫が次期女王として魔王を継承するのではないか。ここで暮らすようになって以来、キビットが気になっていたことである。


「アタシが魔王? ふふっ それは無いわね」


「ってことは、キミにはお兄さんかお姉さんがいるってこと?」


「そうか、あんたは知らないのね。魔王ってのは世襲じゃないのよ」


 魔王の一族は強大かつ特殊な能力を備えていて、代々魔王として魔人たちの頂点に君臨する。そんなキビットのもつ魔王象もまた、伝説や物語によって植え付けられた先入観であるらしい。


「でも、誰にでも魔王になる道があるのなら、魔王に取って代わりたい輩が魔王暗殺を企んでいたり、代替わりの際には次期魔王を巡って内乱が起こったりと、大変じゃないのかい?」


「ふふ、それはないわね。魔王になりたいだなんて物好きは、そうはいないもの」


 魔王という存在に権威はあれど、それほどの権力があるわけではない。魔人領内の諸種族から信任を得たものが魔王となり、皆が秩序と平穏をもって暮らせるように導くのだという。

 外敵が来れば防壁となって立ちはだかり、魔人領内で紛争があれば、これを仲裁する。時には小規模な揉め事まで裁く。また、秩序の守らせ方も、魔王の強権によるものではなく、最低限の法をもって秩序を破る者を裁くというから、公平性が求められる。


「そりゃあ気苦労が絶えないだろうね…… たしかに魔王の志望者は少なそうだ」



 魔王城は魔人領の奥深くに在るわけではない。むしろ逆で、魔人の生息する領域の中でも人間たちの生息圏との領境近くに、まるで人間の侵入を阻む前線の砦ともいえる場所に在る。


 魔人領については、魔王城の書庫に調べのつく範囲での地図や情報が保管されていた。

 だが、分かっていないことも多い。魔人領の奥深くへ進むほど、資料にも無い未知の種族、未知の世界が広がっており、魔王の威光も届かない。そもそも魔人領の果てがどうなっているのかを知る者がいないのだ。魔王城などといっても、せいぜいこの地図に記されている程度の領域についてしか把握できていないのだ。

 第一に『魔人』という言葉に語弊がある。

 魔人という呼称を最初に使い出したのは人間である。人間というのは非常に排他的な種族で、差別意識が強い。彼らは、自分たち同胞を「人間」と呼び、その他人間ではない種全てを「魔人」と呼んだ。この世には数多くの種族が存在していて、人間はその一種にすぎないのに、人間のみが崇高であり、その他は蛮族とひとくくりにしたのだ。

 よって、「魔人」という呼称を用いるのは人間の他、便宜上使用しているハイブリッドや魔王城とその関係者くらいであった。


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