第11話 格上挑戦
キビットは倉庫を出た。歩を進め、姫の発するステルスの範囲からも出る。やがて背後から近づいてくるその気配にクルードも気が付いた。
「キビットじゃねぇか……キサマ、今まで何をしてやがった!」
キビットを睨みつけて言うクルードは、苦痛で顔を歪めながら失った腕の傷口を押さえているが、炎で焼かれたためか、出血は少ない。
「クルード、キミにはここで死んでもらう」
「何だと? 俺が怪我したのを見て仕返しとは陰険な奴め」
「キミほど陰険ではないつもりだが、キミを倒すのは今しかないのも確かだね」
「なめるなよ、片手が無い程度でキサマに勝ち目など無いのだからな!」
卑下していたキビットに大きな口を聞かれたことが、クルードのかんに障った。彼は語尾を少々荒げると、一気にキビットとの距離を詰めて先に手を出した。キビットはかわす間もなく、腹に拳の一撃を入れられた。
ガハッ ──
思わず腹を押さえて片膝を着くキビットの頭に向けて蹴りが迫るが、キビットはこれをかろうじて腕でガードした。それでもガードした腕ごと蹴り飛ばされ、キビットの体が飛ばされる。
クルードが強いのは知っていたが、実際に受けた一撃の重さにキビットは閉口する。
『こんなもの、受けてられない。この攻撃を止めるには、守るのではなくて反撃するしかない』
腰の短剣を握ったキビットは、なおも追い打ちをかけてくるクルードの腕に合わせて剣を振るう。
反撃に気付いたクルードが腕を引いて斬撃をかわしたが、それによってやっと攻撃が止まった。
「何だその弱々しい攻撃は。そんなんじゃその辺のザコ魔人にも勝てんだろう」
キビットの動きからその力量を測り、ますます自信を深めたクルードがそう吐き捨てた。しかもここは広場で周囲には何も無い。戦闘力に劣るキビットにとっても、使える物の無い不利な戦場だった。
では、この状況にあっても、キビットに有利なことは何か。
それは戦闘におけるキビットの手の内をクルードが知らないこと、またそれとは逆にクルードは有名な格闘家であり、能力や闘い方が少なからず世に知られていることだ。
クルードが祖先にエルフの血を持つことは、ハイブリッドの中ではよく知られた話である。エルフは魔人の中でも力よりスピードで押す近接戦闘、離れたならば弓での射撃を得意とする戦闘力の高い種族である。その他にも戦闘力の向上にバイアスのかかった魔人との血の配合を重ねてきているのだろう。
要するに彼は戦闘のスペシャリストなのだが、そんなクルードの心には特に打撃格闘においての自信とプライドが強いことが見てとれる。現に武器を使えばすぐに決着が付くにもかかわらず、先ほどからキビットに対して素手での戦闘を行っている。そこにはキビットをなぶり殺そうとする意図が感じられるのだが、キビットにとってはすぐに殺されはしない、むしろ何かしらの手を打つ猶予を与えられたことになる。
とにかくキビットは止まって考えるわけにはいかない。相手の手数を減らすためには、弱々しいと言われようとも攻撃を続けねばならないのだ。
短剣の攻撃をかわしざまにクルードの放つ蹴りが入った。転がりながらもすぐに態勢を立て直すキビット、そんなキビット側にのみダメージの蓄積する攻防が続く。
キビットがクルードの胸をめがけて短剣を突き出した。真っ直ぐに伸びてゆくキビットの右腕が下から蹴り上げられた。右手が上がり、無防備になるキビットの脇腹。
「ガラ空きだ! 素人がっ」
クルードは馬鹿にするように言葉吐きながら、キビットの腕を蹴り上げた脚を地に着くことなく、そのままキビットの脇腹へと続けて蹴りを入れた。
「ガハッ──」
キビットの息が止まる。あばらの一つも持っていかれたかもしれない。
どうにも近接戦闘では埋めようのないスピードの差があった。それでも何かやりようはないかと、キビットはクルードを観察する。
クルードの衣装には特徴がある。彼は革の上下で身を包み、肩肘の関節と胸を部分的に守る軽装備である。これは多くのハイブリッドと同様の装備といえたが、背中の部分が大きく開いているところが特殊だった。まるで女性の服のように背中の肌が露出しているのだ。
多くの人がこれを格闘家クルードのこだわりだと思っているようだが、キビットには一つの推測があった。
『クルードは羽根を持っているのではないか?』
その思いが強くなったのは、数あるクルードの逸話の中でも魔人狩りでの武勇伝を聞いたときだった。
そのとき魔人は、クルードとの間に炎の壁を現出させたという。もちろん自分の命を狙うハイブリッドとの間に広い壁を作り、逃げる時を稼ぐためである。魔人の目の前に炎、その上に黒煙が上がった。しかし、逃げようとした魔人が振り返ると、既にクルードは魔人の背後に居て、あっさりと魔人を仕留めたという。
これはクルードに炎への耐性があって炎を突き抜けて魔人の背後へ回ったのか、空中を飛んで炎の上の黒煙を抜けて背後に回ったのかのどちらかだとキビットは思った。
だが、今のキビットならば、その答えを絞り込むことができる。炎柱で腕を失ったクルードに炎への耐性は無い。おそらく彼は一時的に羽根を出して高速で飛ぶことができるのだ。
そこに何か、反撃のきっかけを見出せないか。
「はああぁぁぁぁ!」
気力を振り絞るように声を上げ、キビットは掌に魔力を込める。キビットが何かをすると察したクルードも踏み込む足を退き、攻撃の手を止めた。
キビットは左掌から炎を現出させながら、その手を右から左へと振った。すると振った手を追うように、キビットの前面に炎が立つ。それにより、キビットとクルードは炎の壁によって隔たれた。キビットはあえてクルードの武勇伝と同じ状況を作り出したのだ。
さらに間髪入れず、キビットは炎の上の黒煙へ向けて両手を突き出すと、火氷弾を放った。
火氷弾とは左掌から発生させた火を右掌から噴き出す冷気で凍らせて飛ばす魔法の弾である。
キビットが魔法で発生させることができる炎も冷気も残念ながら攻撃の範囲としては近距離であった。そこで考案したのが、魔法で火を生み出し、さらにはその火が一瞬で凍る強烈な冷気を噴き付けて、凍らせた火を飛ばすというこの技である。
火氷弾は長距離といえるほどの飛距離は出ないが、戦闘で使える程度の中距離までは射程が伸びた。そして火の魔力が薄れる前に着弾すれば、氷が割れて火炎瓶のように火が広がるのだ。
キビットの放った火氷弾が、炎の壁の上の黒煙に突き刺さっていった。一瞬だが、火氷弾に貫かれた部分の黒煙に穴が開き、煙の向こう側が見えた。そこには飛翔する人影あり、火氷弾が命中したようにも見えた。
すると、黒煙を破ってクルードが現れた。バランスを崩している。キビットは腰の短剣を抜いた。




