第10話 反逆の炎
居館にて魔王を見つけることが叶わなかったハイブリッドたちが、居館の外へと捜索の網を広げたのだろう。倉庫に囲まれたこの広場へも姿を現した。
広場中央の立て看板をハイブリッド全員が無視はずもなく、やがて立て看板に貼られた紙に記された文字の内容に気付く者が現れた。先ほどキビットが何やら文字を書き込んだあの紙である。
紙に記された内容を不審に思った男は仲間を呼んだ。そして立て看板を指差して何かを語ると、またそれぞれが仲間を呼び寄せる。そうやって看板の近くには、どんどんハイブリッドたちが集まってゆく。
立て看板に貼られた紙に書かれた文章。それは、魔人の扱う文字で記されていた。
ハイブリッドに魔人の文字をすらすらと読める者はいないが、魔人を母に持ち、ある程度の文字の手ほどきを受けている者はいる。そのような者であれば、一般的な単語くらいであれば魔人の文字でも読解ができる。母は魔人ではないが、古書の解析を生業とするキビットも、同様に魔人の文字を知るハイブリッドの一人であった。
キビットは文章の中に次のような単語を混ぜて記した。
『円陣、立つ、77人、城、中枢、入口、開く』
それ以外の文字は魔人文字に似せて出鱈目に書いたもので、誰にも読めたものではない。
看板の『円陣』の文字を見た者は、まず間違いなく今自分を囲んでいる円模様の石畳に思いが到るだろう。砂色の石畳の広場、その中央に描かれた円。その円の内部のみ幾何学模様のデザインが施され、カラフルな石畳が敷かれているのだ。
そうなると、残りの単語から読み取れることは一つ。魔王城には城の中枢と呼ばれる場所が存在しており、魔法で制御されたその入口を開く術が書かれているのだと。そして、これまで発見できなかった魔王はそこに居ると。
広場の中央にハイブリッドたちが集まっていく様子は、扉の開け放たれた倉庫の中の魔人たちにも見えていた。
気配を抑えるステルスの魔法の効果もあるが、何より広場中央の看板に気を取られて、ハイブリッドたちが倉庫へと向かってくることはなかった。
「この城に魔法で入口が開閉するような中枢区域など存在しないのに。あのような落書き一つでこうも敵の行動を操れるとは……」
魔人の一人が驚きと共に言った言葉にキビットは
「大掛かりな罠よりも、シンプルな罠に工夫を乗せたものの方が、案外騙せるものです」
現状戦えるハイブリッドの全員が目の前の広場に揃っているのかは判らない。だが、総勢でも九十九人のハイブリッド、仮に居館への襲撃で一割が減っていたとして、残りの大半は集まっているように見える。
やがて、広場のハイブリッド全員が円の中に入った。
── 今だ!
キビットは魔法攻撃担当の魔人の方を向き、手で合図を送った。それを見て二人の魔人がそれぞれが魔法を放つ。すると、広場中央付近、ハイブリッドたちの周囲の空気が赤く変色した。
『魔法が発動した ──』
倉庫の魔人も広場のハイブリッドも、その場の全ての者がそう思った。
そして次の瞬間、ゴオオオォォォ── という轟音とともに炎の柱がそびえ立った。その灼熱の火炎は容赦なくハイブリッドたちを灰へと変えた。
『とうとうやってしまった……』
今キビットは、自ら手を下して大勢のハイブリッドを葬ったことになる。これからは、裏切り者としての人生が始まるのだ。
元々キビットは、今回の遠征の中でハイブリッドと袂を分かつつもりでいたものの、敵対しようとまでは考えていなかった。遠く離れて二度と関わることなく生きてゆこうとしていたのだ。そんなキビットの運命は、魔王城のこの倉庫に踏み入ったことで総てが変わってしまった。
そんな複雑な思いで見つめていた炎柱の勢いが次第に弱まると、炎柱は細くなってゆき、やがて消えた。あれだけいたハイブリッドが、広場の立て看板ごと全て消滅していた。
……いや、全てが消滅したというのは、言葉が過ぎたようだ。人影が一つ、広場の円の外に立っていたのだ。
「あれはクルード……」
クルードは片腕を失っていた。流石というべきだろう、円陣の空気が赤くなり、皆が真の魔王の間への道が開くと思った時、この男だけはそれが罠であることを察知したのだ。
咄嗟に赤く変色した空気の範囲から抜けようとするクルードだったが、ここで彼はたまたま隣にいた者をも助けようとした。それが優しさなのか、それともリーダーとしての義務感からなのかは分からない。だが、そのことが彼にとって取り返しのつかない痛手を招いた。
何とクルードに手を引かれた男が抵抗したのだ。男も明確な理由があって抵抗したわけではない。突然手を引かれたので、無意識に体が拒んだ。その場に留まろうと足を踏ん張ったのだ。
結果、男を掴んでいたクルードの左腕が炎を巻き上げる円陣からの離脱に遅れてしまった。
「知り合いか?」
キビットがクルードの名を呟いたことに、傍に居た魔王が気が付いたのだ。
「ええ。知ってるも何も、彼がこの城へハイブリッドを率いてきたリーダーですよ」
「ほぉ、彼奴がの……」
クルードが手練とはいえ、一人で魔王の幹部全員を相手にするのは荷が重いだろう。なので魔人側としては、ここで一斉にクルードへ攻撃を行うべきだ。
そう進言しようとしたキビットに、魔王はニヤリと厳しい申し入れを行った。
「では、お主が行って、彼奴を倒してきてくれるかな?」
「お……お父さん、僕はあまり戦闘向きでは無いのですが……本気で仰ってますか?」
「お主が真に、ハイブリッドが敵とみなした我らの側に付こうとしているのか。それは我らの目の前で、お主がお主のリーダーを倒すことをもって、信用しようではないか」
クルードはハイブリッド社会の中にあって、格闘技において武名を轟かせた男である。それによって遠征軍のリーダーにもなった。そんな男とタイマンを張ってキビットに太刀打ちが出来るのか。
とはいえ、断ることもできない。既にハイブリッドと敵対し、さらに魔人からも敵とみなされたのでは、キビットがこの城から生きて出ることもできないだろう。
「分かりました。彼を倒して僕が生き残れば、僕が味方であると認めてくれるんですね」
「うむ、認めよう」
「そして、娘さんとの交際も認めて……」
「それは知らぬ」
最後まで話を聞いてももらえなかったが、認めぬとも言われなかった。今後の行動次第なのだろう。
無謀にもクルードに勝負を挑んで勝とうというのだから、それくらいの褒美は欲しいところだったが、今のキビットにはとにかく味方であると認められることが優先事項である。




