49、ヒナタ誘拐事件
二人の男の感動の再会。
そんな幸せな光景を眺めているヒナタに魔の手が忍び寄っていた。
テレジアもヒナタも、完全に気を取られていた。
もう一人の魔族を忘れていたのだ。
それは元凶。
第二魔皇子ディスク、その人で。
彼は蚊帳の外に放り出され存在を忘れられてから。
ずっとチャンスを狙っていた。
そしてそのチャンスだと認識したタイミングで。
すかさず隠蔽のスキルを発動した。
彼の存在は村の中の誰からも認知されなくなった。
魔族の中でも武闘派であるディスクが持っているのが不思議なタイプのスキルだが。
なぜかディスクに生えるのはこの系統のスキルが多かった。
そしてディスクはそれを恥だと考えていて。
だからこそ逆に正面からの武力にこだわる性格になっていた。
そんなディスクは誰にも気づかれないままにヒナタに近寄る。
そしてそのまま、ヒナタの両脇に手を差し込み、スッと持ち上げた。
すると。
隠蔽がヒナタにも適応され、いなくなったことに誰も気づかない状態になった。
声を出しても暴れても。
誰にも届かない。
すぐにディスクはヒナタをスキルで縛り上げた。
目的を遂げ、ニヤリと笑ったその顔は醜悪であった。
しかしそんな笑顔は誰にも見られることはない。
ディスクはヒナタを抱えて、そのまま村から飛び出した。
◇ ◇ ◇
必死で森を駆ける。
ディスクはひたすら駆ける。
魔族の潤沢な魔力で身体強化して。
駆けて駆けて駆ける。
景色は全く変わらない。
どこまで行っても森の中だ。
明けない夜はないように。
それでもいずれ森は抜けるだろう。
ディスクはそう考えて必死で駆けていた。
一方ヒナタはといえば。
ディスクの脇に抱えられている。
蛇縄というスキルで縛られていて、どうにも身動きがとれない。
とりあえず状況を理解するために、大人しくしているが、それにも段々と飽きてきた。
だからヒナタはディスクに話しかけることにした。
「ねえ、おじさん、どこ行くの?」
普段と変わらない調子のヒナタの言葉。
「あ? 魔族の国に帰んだよ。
帰ったらてめえは暴力と薬でじっくり洗脳して。
魔族の勇者に仕立ててやるから楽しみにしとけよ。
泣いても喚いても許さねえぜ」
それに苛立って、ディスクの口調はわざと脅すような言い回しになる。
「ヒナタ、泣かないよお。だって勇者だもん」
「あ? ガキが余裕ぶりやがって、泣き出さないのは良いが調子に乗るなよ」
誘拐されたことに気づいているはずのヒナタの態度。
脅しても何も変わらないことにディスクはさらに苛立った。
脅しじゃなく本当にやって、このガキに恐怖を教えてやろうと考えた。
そのために、さっさと森を抜けようと、さらに脚に魔力をこめて、速度を上げる。
一瞬で。
ギュンっと景色を置き去りにする。
けれど森の中。
置き去りにしたとて、また同じ景色になるだけ。
木を置き去りにすれば、木が現れる。
走れども走れども、どこまで行っても木が続く。
ディスクにはまるで景色が止まったように感じられた。
それでも足は止めない。
「そんなに急いでもこの森を出るのは無理だと思うよー」
「は、ガキが!
てめえの頼みの綱の森の王は、てめえがいなくなったことにすら気づいてねえよ。
俺の隠蔽の方が格上だ。
生まれた時から生えてやがる気に入らねえスキルだけどよ。
今日は役に立ったぜ」
「そっかなー? でも、もうヤエママは気づいてるよー」
「あ? ヤエママ? 誰だそれ。んなやつはどこにもいねえし、お前は助からねえよ」
「えー? いるよー。ヤエママはどこにでもいるんだから。ね、周りをよく見てみてー」
「あ? 何言ってんだ? いい加減にしねえとここでぶちころ……」
ガキのたわ言に視線を外してふと横を見てみれば。
凄いスピードで動いているせいで、止まっているように見えていると思っていた景色。
「あ?」
気づけばそれは。
本当に動いていなかった。
さっきから一歩も先へ進んでいなかった。
ディスクの体は少しだけ浮いていて。
ディスクの足はただ虚空を蹴っていた。
「はああああ! なんだこれはよお! 俺はいつから止まってたんだ!?」
「えー? さっきから止まってたよ。ヤエママのツタが身体に絡まったの気づかなかった?」
「ツタ……? ツタってなんだ。ってあああ! んだこれえ!」
ディスクが自分の体を見れば、言われたように全身にツタが絡み付いている。
そのツタが身体に巻きつき、四方八方へと木に繋がっていることで、身体を持ち上げている。
そのせいでディスクの脚は地を蹴ることが出来ずにいるのだった。
「ああああ! やめろ! やめろお!」
必死でツタを振り払い、千切ろうとするが。
ツタは丈夫で切れることなく、逆にさらに身体に絡みついてくる。
こうなってはヒナタを抱き抱えている場合じゃないらしく、ヒナタは解放された。
どさっと地面に落ちるが、柔らかい枯葉に抱き止められ、なにも痛くない。
同時にヒナタの身体を縛っていた蛇縄は、ディスクからの魔力供給が途切れがちになったせいか、ボロボロと崩れて、ヒナタの四肢は完全に自由を取り戻した。
それとは逆に、ディスクへの縛はどんどんと勢いを増し、全身がツタで覆われるまで、それほど時間は掛からなかった。
途中からは口を塞がれ、ムウムウとしたうめき声だけになって。
やがてそれも聞こえなくなった。
「ふう」
ディスクが静かになったのを確認してから、ヒナタはヤエにもらったお気に入りの服についた土を軽く払うと、誰かを探すように辺りを見まわした。
「どっこかなー? あ! いたいた!」
そしてすぐに目当ての相手を見つけた様子で手を振る。
「ヤエママー!」
「ヒナタ! 無事でよかったわ! 怪我はない?」
「うん! だいじょうぶだよ! ヒナタ勇者だから!」
「ふふ、そうね。ほらおいで!」
「ヤエママー!」
ヤエが両手を広げると。
そこにヒナタはポンっと飛び込んだ。
ヤエとヒナタは無事を喜んで抱き合った。
そこには幸せそうな災厄と勇者がいた。
血も繋がっていない。
種族も違う。
ましてや世界から見たら敵同士。
だけどその抱き合う姿は、確かに親子だった。
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