47、遺言はありますか?
獣の血に塗れた。
第二魔皇子ディスク。
高らかに嗤う。
色白魔族はただ呆然とそれを眺めていた。
いつ、森の王は現れるのだろうか。
魔族の皇子が勝てるのだろうか。
ぼんやりとそんなことを考えていると。
急に。
見えている景色の背景だけがパッと切り変わった。
目はずっと開いていたはずなのに。
瞬きすらしていないのに。
ごく自然に周辺の景色だけが変わっていた。
さっきまで森の中にいたはずが。
今は見知らぬ村の中にいる。
村。
いや、街に近しい。
色白に少し遅れて、ディスクも変化に気づいたらしく、慌てたように周辺を見回す。
そしてその視線は一点で止まった。
そこには狸がいた。
「遺言はありますか?」
その狸はディスクに向かって語りかけた。
正体はもちろん、美狸女神のテレジアだ。
ディスクは急な変化に慌てたが、それを態度には出さず、テレジアに問う。
「ここはどこだケダモノ、答えねえと殺す」
魔力をもって目の前のテレジアに向かって威圧を放った。
大概はこれで自分の言うことに逆らわない。
第二魔皇子ディスクの経験則。
しかし、テレジアにそんなものが効くはずもなく。
「死の間際に言いたいことがそれですか?」
涼しい顔でディスクに向かって座っている。
ディスクはたかが獣が自分の威圧に動じていないことに驚き、一歩後ずさった。
そんなディスクとは違い。
色白魔族は狸の正体が、森の王たるテレジアだと気づいている。
たじろいだディスクと交代するように。
横から色白魔族がテレジアに問う。
「森の王よ、勇者はどこだ」
「それを言うと思いますか?」
「思わない。だがヤツは俺の友の仇だ。教えてもらわなくても見つけて殺す」
「ふふ」
テレジアが笑う。
「いくらでも笑え。勇者だけは差し違えてでも俺が絶対に殺す」
「大丈夫。貴方たちはここで滅されるのですから」
テレジアの語尾に被せるように。
動揺から復活したディスクが「おい! ケダモノ!」とテレジアを呼んだ。
「なんですか?」
「なんですか?
じゃねえ!
さっきからわけわかんねえ話してんじゃねえぞ!
俺は決めたぞ!
てめえだけじゃねえ!
ここの村の奴ら全員ぶっ殺す!
雑魚も適当なこと言ってんじゃねえ!
殺すってんなら口開く前に自爆でもしてさっさと村ごと殺せ!
だから雑魚なんだよ!」
狸と色白雑魚魔族のやり取りを、不快げに聞いていたディスクは、ついに蚊帳の外にいることに我慢がならなくなったのか、声を荒げた。
テレジアと色白はチラリとそちらを見てすぐに視線を戻す。
無視されたディスクは不満げに「ゴラア」と一声吠えたが、テレジアの威圧的なひと睨みにたじろいで、そこから何も言わなかった。
色白魔族とテレジアの話は続く。
「いいから勇者をだせ」
「さっきからしつこいですね。勇者になんの恨みがあるってんですか」
「相棒を殺されたんだよ! 知らねえとは言わせねえぞ」
「あなたの相棒を? 殺した? ヒナタが、ですか?」
テレジアの中にそんな記憶はない。ヒナタはまだ殺しをしたことがない。
基本的に罰を与えて滅するのはテレジアの役目だ。
「ああ、俺の相棒の褐色魔族を殺しただろ!」
「褐色って……ああ、リチャードさんのことですか?」
「リチャード? 誰だそれは?」
リチャードの名前が話題にのぼり。
それに反応する者がいた。
「テレママー? リチャードさんがどうしたー?」
それはヒナタで。
テレジアの背後にあった家の扉が開き、そこからテコテコと出てきたのだった。
「ちょっ、ヒナタ! 出てきたらダメですよう!」
見覚えのあるヒナタの姿が色白魔族の目に映る。
あの時の光景がフラッシュバックして。
一気に頭に血が上った。
「勇者! 殺す!」
ヒナタの姿を視認した色白魔族は一瞬で激情に支配される。
考えるよりも早く。身体はヒナタに向かって飛んでいた。
飛びながら。
鋭い爪を長く伸ばす。
色白魔族の祖先は吸血悪魔族で牙や爪を自在に伸ばすことができる。その爪や牙から敵の体液を吸い尽くす攻撃を得意としていた。
ヒナタを守るべきテレジアは、ディスクの目の前に立っていた。
その関係で少し離れた場所にいる色白魔族とヒナタの間に。
障害はない。
爪先がヒナタに突き刺されば一瞬で血を吸い尽くして終わりになるだろう。
「死ねええ!」
そう考えた色白魔族が勝利を確信して雄叫びを上げた瞬間。
それは儚く消えた。
色白魔族の美しい爪は。
すっぱりと。
ヒナタの木剣によって細切れに切り落とされていた。
「は」
地に堕ちた爪を見て息がこぼれた。
届かなかった。
そう認識した次の瞬間に腹に突き抜ける強い衝撃。
「が」
ヒナタの木剣の柄が色白魔族の腹を撃っていた。
胃の中と肺の中が空になるような衝撃。
そのまま地面に倒れ込む。
しかしそれでも色白魔族の目は死んでおらず。
地に這いつくばりながら。
ヒナタを睨む。
攻撃に反射で対応したヒナタの目は光を失っていて。
勇者の本能に支配されている。
「なんで褐色を殺した。やつは何もしないと言っただろう」
「かっしょく……」
「俺と一緒にお前に襲われた魔族だ!
覚えているだろう!
まさかその年で殺した相手を忘れるほどになっているのか!?」
「かっしょくって……ええっと……」
だんだんとヒナタの瞳に光が戻る。
「ああ……かっしょくって? リチャードさんのこと? それなら殺してないよ?」
いつもの状態に戻ったヒナタはあっけらかんと答えた。
「う、嘘をつくな!
俺は奴の血痕を見た!
普通なら死んでる!
殺してないってんならやつをだせよ!」
「え、いいよー。ねえねえ、リチャードさーん、なんかこの人が呼んでるよー?」
ヒナタは背後にある建物へと呼びかける。
返事がない。
「ヒナタ、結界を張ってあるから家の中には声は届きませんよう。
結界の外の音が聞こえるのはあなたと私くらいです」
「あ、そうだったー。ちょっと待っててねー」
そう言ってヒナタは軽く剣を振った。
瞬間に。
何もない空間で何かが割れた音がした。
「ああ! ヒナタ! なんで結界を破るんですかあ!」
「だってえー!
この人がリチャードさんを出せって言うからー。
ねー、リチャードさーん!
お友達が来てるよー!
ヒナタと会った時に一緒にいたひとー」
あらためて、室内のリチャードに呼びかける。
すると、その声に反応して室内でバタバタと音がして。
室内から声が返ってきた。
「え? なんですって?
ヒナタ様、誰ですってー?
ちょっと待ってください。
今行きますからー」
色白魔族の耳に聞こえた声は。
褐色の声に似ていた。
でもそれはどこか違う声だった。
扉が開いた。




