46、たったひとつの簡単な
勇者を、災厄の森を、すべて破壊すると宣言した。
第二魔皇子ディスク。
彼はあの後すぐに行動を起こし。
魔族領とシンセカイの森が繋がった部分に百の軍勢を配置した。
森と軍勢の間に立ち、鬱蒼と草木が茂った森を見ながらディスクは言った。
「領地を奪われたのはクソだと思ってたがよ。こっちから攻め込むには有利だよな」
すでに勝ちを確信したディスクは笑う。
この状況だと下品な笑いになりそうだが、そこは魔王族らしくとても爽やかな笑いだった。
まるで夜会で淑女に向けるように。
しかしそれに追随して笑う部下たちはそうはいかない。
ゲハハ、だとか。
ガハハ、だとか。
グヘヘ、だとか。
一様に下卑た笑いだった。
それも無理はない。
武闘派のディスクに従っている彼らは戦闘に長けた、というよりも戦闘狂であるため、現行の穏健派の魔族のなかで浮いたものたちばかりだった。
優遇はされず、自然と立場は低くなる。
そんな彼らに上品な笑いなど求めることが間違っているのだ。
「おう! おまえら!
これから災厄の森との戦争を開始する!
だがこれは侵略じゃない!
俺らが、おまえらが、奪われたモノをとり返す戦争だ!
正義は俺らにある!」
鼓舞する。
「おおおおお!!!!」
見え透いた演説でも魔族たちは高揚するのだった。
「よし! 行くぞ!」
「おおおおおおお」
雄叫びをあげて軍勢はシンセカイの森へと雪崩こむ。
その最後尾へと色白魔族はついていくのだった。
◇ ◇ ◇
一週目。
魔族の軍隊は意気揚々と森を進んだ。
色白魔族の報告や、他の逃げ帰ってきた魔族からの報告。
これらから、勇者や森の王が住んでいる大体の位置は把握できていて。
魔族領から入った場合は、大体一ヶ月の行軍となる算段だった。
一ヶ月の行軍ともなれば、食料やら水やらも相当な量になり。
当然、百人の軍勢の足は遅くなる。
だけれど、この森は違っていた。
食料も水も。
なにもかもが満ち足りていた。
数日は警戒して森の食べ物に手をつけなかった魔族兵たち。
だが、あまりにみずみずしい果実や、新鮮な獣の肉の誘惑には抗えず、そちらを食べるようになった。
豊かな森では兵站を気にする必要がないことに気づいた魔族軍は。
持っていた糧食や水をその場に捨て置いた。
これは行軍を早く進めたいディスクの指示でもあった。
「これで身軽になったな! 進むぞ! おまえら!」
「おおおおおお」
百人の魔族の行軍は実に順調だった。
その後ろ姿を見てディスクは快活に笑った。
◇ ◇ ◇
二週目。
兵達の士気はいまだ高かった。
良質な食事に、澄んだ水。
故郷にいた頃とは比べ物にならないほど快適な生活だった。
この森が自分たちの手の中におさまる。
そう考えるだけで誰しもが興奮した。
測量担当に聞けば、敵の本拠地まではまだ二週間ほどかかると言われた。
みなぎった戦闘欲。
その反面、見当たらない敵。
仕方ないので彼らは獣を狩って発散させた。
森の獣たちは警戒心が存在しないため狩りたい放題だった。
それらは全て百人の兵の食事になる。
「それにしてもなんだここは楽勝すぎるだろ」
クハハと、帝王のように笑うディスク。
「敵に食事を与えるとはこの森は狂ってますな。我らには実に好都合ですが」
副官の魔族は真面目な顔でディスクに言った。
普段は自分の言葉を肯定するだけの副官が、珍しくディスクへと向けた感想の言葉を、少し意外に思いながらもちょっとだけ嬉しく感じた。
ディスクはまた上品に笑った。
◇ ◇ ◇
三週目。
異変はこのあたりで始まった。
「なにが起こっている!」
気づけば兵の数が減っていた。
残った兵も、士気が下がっている気がする。
「しっかりしろ!」
「は、はい!」
ディスクが魔力で威圧してなんとか士気を保っている状況だった。
「おい! 副官! どうなっている!」
どれだけ威圧的に怒鳴りつけても。
副官は、
「わかりません、不測の事態です」
としか答えない。
「わかりませんじゃねえだろう……」
そういう自分も状況はわかっていない。
ディスクは自嘲気味に笑った。
◇ ◇ ◇
四週目。
ついには副官すらも消えた。
残っているのは勇者の報告をしてきた雑魚魔族だけになった。
「おい! どういうことだあ!」
誰もいなくなった森に怒鳴り散らす。
誰に言ったわけでもない。
「おそらくですが、森の攻撃だと思います」
だが、一人残った色白雑魚が言葉を返した。
それが癪に触って。
無言で色白魔族の頬を横に張った。
甲高い肉の音と。
地面が揺れる低い音がした。
「んなのわかってる。おまえに聞いてねえよ」
「はい」
倒れ込んだままの色白雑魚はディスクを見ることなく答えた。
そこに視線を落としたディスクは気を取り直したように、色白魔族に言葉を投げかける。
「おい、雑魚。お前、森にしばらくいたんだろ? 勇者の巣はどの辺だ?」
「……森はどこも同じような見た目なんで、正直どの辺りかはわかりません」
「ちっ、役に立たねえな」
「ただ……森の王を呼び出すだけであれば簡単な方法があります。ただこの方法を取ると決定的に森に敵とみなされるので、勇者をこっそりと拐うことはできなくなります」
「んだよ! 知ってんじゃねえか! さっさと言えや!」
「はい……森の獣や実りを、食べる以上に狩れば良いです。そうすれば森の王が現れます」
「は? 冗談言ってんじゃねえよ。んな簡単な方法で出てくるわけねえだろ」
「出てきます。食べる以上に獲るな。これはこの森の唯一のルールです。これを犯した者を罰するために森の王が出て来ます。その時には大体勇者が同行しているはずです」
「は、ははは。そんな簡単なことなのか?」
「はい」
「なら!」
手に持った剣を投げる。
少し離れた位置の鹿の首に突き刺さった。
「さっさと!」
何もない空間からファイヤーボールが放たれる。
水辺でゆったりと水を飲んでいた小動物がまとめて焼き払われた。
「言えよ!」
体から周囲に瘴気の波を噴出させる。
木々で羽を休めていた鳥たちがまとめて地に落ちた。
「ほら! 殺したぞ! 食わない分を殺したぞ! 出てこい! ケダモノの王!」
ディスクは狂気的に笑った。




