44、色白魔族
「お前はそれで逃げてきたのか?」
目の前で魔貴族が静かに怒っている。
森から逃げた俺に怒っている。
圧が凄い。
死を覚悟して来たってのに、逃げ出したくなる。
なんせこの男は貴族の中でも王族だ。
たしか第二魔皇子ディスクとかいったか。
なんにせよ、魔力は桁違い。それがこの圧だ。
それだけは辺境の雑魚魔族である俺にもわかる。
命令無視。
敵前逃亡。
職務怠慢。
報告義務違反。
なんか色々言われた。
きっと俺はこの魔族に殺される。
褐色を置いて逃げた俺はそうなって当然だ。
「はい。勇者の情報を伝えなければならないと、それだけの思いで逃げました。後はどうなろうと構いやしません」
むしろ殺してくれ。
俺は罰せられなきゃならねえ。
「は、勇者の情報、ね。どうせお前もただのガキだのなんだのって言うんだろ?」
魔皇子ディスクはそう言って馬鹿を見るように鼻を鳴らした。
お前、も。
俺の他にも報告にきた奴らがいるのか。
「いえ、あれはただのガキなんかじゃありません」
「ほう?」
色白の言葉にディスクが興味を持った。
「ただのガキじゃなきゃなんだ? 言ってみろ」
色白は語った。
本気で逃げる魔族に一瞬で追いつく脚力。
剣を構えた時の圧。
悪かと問いかけてきた時の空虚な目。
そして現場に残されていた血痕。
「……俺の、相棒は多分勇者に殺されました」
「魔族を殺した、か」
「ええ、あいつは西端の村の出身で気の良いヤツでした。死ぬ必要なんてなかったのに」
「西端の村? おい、そんな村の話、報告で聞いた気がするぞ?」
ディスクはのけぞるようにして背後に控えている側近に聞いた。
「は、その村は先日、災厄の森に飲まれました。村人は全員消え去り行方不明です」
側近の一人が感情のない声で答えた。
「おお、それだ、それ。おい、聞いたか? 勇者の奴、村ごといったらしいぞ!」
「は」
色白は言葉にならなかった。
あいつはたまに村の親の話をした。
親の生活を楽にしてやりてえから。この森の仕事に来たと言っていた。
ひでえ話だ。
なんで一族郎党殺されなきゃならねえ?
拐うか、殺すか、そんな話を聞かれただけでか?
やはり勇者は——
「やっぱ勇者は悪だな、悪、すでに災厄に取り込まれてんだよ」
俺の気持ちを代弁するように第二魔皇子が言った。
「そのようです」
背後に控えた数人の側近が一糸乱れずイエスと言った。
「やっぱやるしかねえなあ、親父や兄貴はダメだって言うがよ。ここで勇者をとっ捕まえて洗脳でもすりゃ、災厄の森まで手が届く。んで、アレを片付ければ俺は英雄になれる。その後で洗脳した勇者は良いように使いまくって最後は文字通り潰しゃいいだろ! なあ!」
「はい。その通りです」
背後に控えた数人の側近が一糸乱れずイエスと言った。
「だよな。そうすりゃ俺は魔王に至れるだろ。俺が魔王になったら人間どもにでかい顔なんてさせねえよ。あんな弱小種族なんぞ滅ぼして、世界を魔族中心の世界に変えてやんよ」
「勇者を、災厄を、潰す」
汚い床が俺に何かを言っている。
勇者を潰す。
災厄を潰す。
仇をうて。
それが逃げたお前の命の使い方だ。
「おう、そうだ。全部潰すぞ。お前もやるか?」
「はい」
俺は無意識に答えていた。
「じゃあ、ここで殺さず、お前の命はちゃんとそこで使ってやるよ」
「はい」
罰を与えられる。
有意義な罰を。
喜びに身が震える。
「っしゃ! 俺にも運が向いてきたぜ! あのバカ家族どもに俺がどれだけすげえか見せつけてやるよ! 覚悟しとけ! 俺が王になったらあいつらからまずぶっ殺すからよ!」
意気揚々と拳を振り回すディスク魔皇子の姿を見て。
俺はなんだか救われた気がした。




