41、ほんとにこれでいいのよね?
救う、と。
そう言われて。
魔族たちには動揺が走った。
生まれてからここまで。
何度救われたいと思っただろうか。
辺境魔族の生活は苦痛に満ちている。
食い物にも飲み物にも満足などしたことがない。
種族固有の頑健な体がなければ生きてこれなかっただろう。
子供の生存率も低く、子を失ったことのない親は存在しない。
それを救うと。
目の前にいる森の王は言っている。
狸の姿だというのに。
その言葉には不思議と説得力がある。
魔族たちは顔を見合ってうなずきあう。
救われるのなら救われたい。
救い主の伝承。
その中にあるように。
全ての苦しみから救ってもらいたい。
無言ながらもそんな意思で魔族たちが統一されかけたその時。
「待ってくれ、みんな!
騙されるな!
救い主は全部を救ってくれんだ。
だども!
この森で仕事を請け負った俺のムコスが行方不明なのを忘れたか!?
ムコスはこの森に殺されたんだ!
ムコスは救われていない!」
一人の屈強な魔族が大きな声をあげた。
どことなくリチャードの元の姿に似ている。
「いや、おめとこのムコスは可哀想だけども」
「それは怪しい仕事に乗っかったんだ、仕方ねえよ」
「そもそもこの森にいたかもわかんねだろ?」
テレジアを信じ始めている他の魔族たちは、災厄の森の機嫌を損ねるのを恐れてか、一人抗議の声をあげている魔族を諌める。
「あれ、リチャードさんの?」
小声でヤエが問う。
「ああ、俺のオアジ……えっと、父親だ。横にいるのが母親。すまないな」
申し訳なさそうにリチャードが答える。
「大丈夫。ちょっと私が話してみるね」
ヤエはテレジアを頭に乗せたまま、リチャードの父親の所へと歩み寄った。
さっきまで黙っていた女性が急に近づいてきて。
リチャードの父親は自然と一歩下がった。
恐怖を感じたわけでもない。
威圧されたわけでもない。
それでも下がってしまうナニカをヤエに感じていた。
「こんにちは」
ヤエはニコリと笑う。
「あ、あんたは?」
リチャードの父親はひざまずきたくなる感情を抑えて問うた。
「私はこの森で、ヤエと言います」
「森?」
「なに言ってんだ、おめ?」
リチャードの父と母は、急な話すぎて理解できない。
「控えなさい!
この女性こそがこの森そのもの!
ヤエさんです!
今は人の身の化身でありますが、実態はこの森そのものなのです!
無礼は万死に値しますよ!」
ヤエの頭の上でテレジアが吠える。
「災厄の、森さま……」
「だ、だからどうしたってんだ? ムコスを失った俺らだ。殺すなら殺せ!」
頑ななリチャード父にヤエはなおも微笑む。
「貴方の息子さんは死んでません」
「じゃ、じゃあムコスをだせ!」
「さっきから出してますよ。ここにいるリチャードさんが貴方の息子さんです」
「私らのムコスはそんな姿じゃなかっただ。
災厄の森さま、誤魔化さねえでくれ。
殺したなら殺したでええで、そしたら私らも死ぬだけだ」
そう言ったのは、さっきまでオロオロとしていたリチャード母だった。
覚悟を持った瞳をしている。
それはとてもリチャードに似ていた。
「本当に殺してません。貴方のその瞳の輝き、息子さんにそっくりですよ。見てください彼の目を……」
「目、瞳……」
母の視線がリチャードへと向かう。
「そうだ、オーカ、よっく見てこ、俺だ、あんたのムコスだ」
「ムコス……ああ……その目は、確かに、私らの……」
一歩。
母の足がリチャードへと向いた。
「オーカ」
一歩。
リチャードの足が母へと向いた。
両の手と手が合わせられ。
五本の指と指がそれぞれ交互に組まれた。
感動の再会。
親子の抱擁へ。
至ると思っていたヤエの予想は裏切られた。
「行くぞ!」
「おう!」
勇ましい掛け声に合わせて、リチャードとその母は、そのまま力くらべを始めたからだ。
「は?」
「え?」
「ははは、リチャードさんたち、すっごいね!」
ヤエとテレジアは理解の外。
ヒナタはそのパフォーマンスに喜んだ。
全身の力をこめて、母と息子は何度も押し合った。
お互いを確認するように。
犬が尻の匂いで個を認識するように。
力こそ正義である西端の村の魔族では、力の使い方で個人を見ている。
「おお、おお! この力の癖! 確かに私らのムコスだ!」
「やっとわかってくれたか、オーカ!」
「随分と見た目が変わっちまってえ! わかねかったわ!」
「おれ、そこのヤエさんに名前をもらって悪魔族に進化しただよ!」
「そっか。名前をもろたんか! だから随分と強くなってるだなあ!」
「あんたー! この子は私らのムコスだ! 間違いねえ!」
「おう、たしかにそうだな! その背中の力の使い方は俺らのムコスだ!」
「オアジも! わかってくれたか!」
「わかっただ! だども、次は俺とやらんと認めん!」
「おうよ!」
母から手を離したリチャードは、今度は父と力くらべを始めた。
西端の村の魔族独特の個人識別式はしばらく続き。
ヤエとテレジアはそれを呆然と眺め。
ヒナタはその勇猛さを楽しむのだった。




