4、森の生き方
不思議と。
人間に戻れない事実をヤエは受け止められた。
思考は肉体に引っ張られるというが。
森になったことでヤエの思考が雄大になっているのかもしれない。
気持ちを切り替えたヤエは次にするべき事を考え始めた。
「さて、問題はどうスローライフをおくるかよねえ。テレジアさんどうしたらいいか知ってる?」
「もちろんですよう。まずは森をでっかくするんです」
「でっかく? 森を大きく広げるってこと?」
ヤエの頭に疑問符が浮かぶ。
「はい。正解です。大きくなって、森のランクを上げれば、現生人類すら支配できるようになりますよう」
森を広げる話だったはずだが、なんだかとっても恐ろしい話をしている。
「待って、なにそれこわいわよ。そんな成り上がりチート転生道を歩みたいわけじゃないの。あくまで森の中でスローライフ目指したいの」
「安心してください。全部ヤエさんの思い通りに出来ますから」
「えーほんとにー?」
神と人の認識のズレもあって、ヤエはこの気のいい女神のことがいまいち信用できていなかった。
「あー信じてませんねえ。じゃあとりあえずやってみましょ。まずは自分と世界の境界線を感じてみてください」
「ん、わかった」
ヤエは自分の境界を意識する。
肌と外界の際を意識する感覚。
集中した途端。
世界との境界部分が視界に飛び込んできた。
「あー、こんなクッキリ分かれてるのね」
森であるヤエの外。
そこには一面の砂漠が広がっていた。
「え、待って、私の外って砂漠なの?」
「はい。その砂漠は死世界の砂漠って呼ばれています。この砂に触れた生き物は一瞬で水分を奪われて死んじゃうんですよう。怖いですねえ」
「待って! じゃあ私もすぐに死んじゃうんじゃないの?」
「ヤエさんは死世界の砂漠程度で死ぬようなヤワなチート転生してません」
「そうなの?」
「ええ、ヤエさんは森という概念そのものです。ヤエさんが触れれば世界が森に上書きされます。そうやってヤエさんが広がれば森としてランクが上がります」
「とんでもないこと言われている気がするけど。まあ、とりあえずよくわかんないし。やってみるわ」
「それがいいですよう。私は異世界転生のベテランですからねえ。大船に乗った気持ちで頼ってください」
狸の大船はもはや泥舟にしか聞こえないのだけれど。
という気持ちは飲み込んだ。
「で? どうすればいいの?」
「さっきも言いましたが、ヤエさんが世界に触れればいいだけです。砂漠に木が生え森になります」
「ほんと? 砂漠に木を生やすって。簡単に言うけど、地球だったら一大プロジェクトよ、それ」
「いやいや、それが簡単なんですよう。なんせヤエさんには成長速度十億倍をつけてあるんで」
「なにその聞くからにチートなやつ」
「そりゃあ転生チートなんだからチートなんですよう」
「たしかに」
「ま、指先をちょいと境界の外へ伸ばす感覚でやれば、そこに木が生えますから」
簡単そうに言う狸テレジアの言葉を聞くと、ヤエはなんだか出来そうな気になってきた。
「ん、わかったわ、やってみる」
大丈夫と言われているけれどやっぱりそれが間違いで。
砂に触れた途端、森の水分全部が奪われ。
シワシワの枯れ果てた森になったりしないだろうなと怯えながら。
おそるおそる。
意識の指先を外の砂漠へ伸ばした。
爪先、指、手のひら、と、ゆっくり伸ばしていき、ヤエは砂漠にその手のひらを重ねる。
そうしてから。
ここも私。
そう意識すると。
みるみるうちにその場に苔が生え、下草が生え、木の芽が出た。
それは前世で見たジブリ映画のようだった。
そしてその木の芽も一秒数える程度の時間で、あっという間に一本の木に成長した。
「すごい! 生えた!」
「そりゃあ、生やしたんだから生えますよう。だから簡単だって言ったでしょう?」
テレジアはそう言って自慢げにフーンと鼻を鳴らした。
ヤエの感動に反してテレジアのリアクションは薄い。
元神の狸からしたら出来て当たり前のことが出来ただけ。
そういう反応になるのもきっと当然なんだろう。
だけれど。
この一本の木はヤエにとって大きな一本だった。
同時にこの世界にとっても大きな一本だった。
ヤエ本人も、女神テレジアでさえもまだ気づいていない。
この一本がいずれシンセカイの大森林と呼ばれるヤエの第一歩になったことを。




