5、広がるヤエ
「広がったわよねー」
一本の木から、ヤエの拡大は一気に加速した。
手を広げると面白いように森が広がる。
現状では広大な死世界の砂漠を三分の一ほど緑化したぐらいだろうか。
「そうですねえ」
周辺が砂漠で、見えるもの全てが砂。
「転生して一年は経ったかしら?」
ヤエの身体である森の季節は一周していて。
そこから、おそらく一年が経ったのだろうとヤエは推測していた。
「森のランクもあがりましたねえ」
死世界の砂漠を緑で侵食し、異世界の中で自己を拡張し続け、成長するうちに。
テレジアのいっていたようになった。
「これもその成果ね」
その恩恵か。
いつの頃からか森の中にヤエの幻体を作り出せるようになった。
人間の形をしているモヤのような存在だけれど。
これが出来るようになったのはヤエにとって嬉しいことだった。
やはり面と向かって人と話したいのだ。
だから姿を出せるようになって以来、テレジアと話す時はこの体で話すようにしている。
今もヤエの幻体の隣にテレジアがいる。
これ以外にもこの一年で大きく変化した所があった。
「あ、あっちで犬の子が生まれたわ」
それは森の中のこと。
なんと森に生物が発生したのだ。気づけばいつの間にかヤエの中には動物がいた。
森は命を育む。
「春ですねえ」
だから動物がいてもおかしくないのだけれど。
死世界の砂漠に囲まれたヤエの森の中には動物がくるわけない。
つまり彼らはヤエの内部から生まれたことになる。
テレジアに聞けば、森なんだから動物はいますよう。
というシンプルな答えが返ってきたため、ヤエは原因の究明を諦めた。
自然発生的に現れた生物たちが、今はヤエの中で多様な生態系を形成している。
「生き物が増えれば森が豊かになるわね」
ヤエの中で生命が生きている。
これが思いのほか幸せだった。
最近のヤエは森として日々成長するかたわら、自分の中で日々変わる生命の営みを眺める生活をおくっている。
散歩する狼の群れ、恋を歌う鳥、水を飲む猪の親子、木の上で睡る虎。
いくら見ていても飽きなかった。
これこそが森としてのスローライフだと感じていた。
そんな思いをこめてテレジアに語りかける。
「テレジアさん。森って、いいわね」
当初思っていたのとは全く違うけれど。それでも良いとヤエは思っている。
「でしょう?」
テレジアはフーンと自慢げに鼻を鳴らした。
「命の移り変わりを見つめ続ける。これぞスローライフよねえ」
「ほんとですねえ。森は狸の次にいいと思いますよう」
そう言うテレジアは、いつの間にか森の動物の王の座についていた。
「狸ねえ……熊の上に乗って森を巡回するってのは、狸のやることじゃないと思うけど?」
「仕方ありません。あれは熊のクマゴンが勝手にやっていることですから」
どうやら森の動物たちは元神である狸テレジアを崇拝しているらしい。
そしてテレジア本人もそれが満更じゃないようで。
朝夕と二回、熊の頭の上に乗り、多くの動物を引き連れて、森の巡回を日課にするようになっていた。
巡回と言っても、ただ歩くだけで特にすることはない。
なぜなら森の中の治安は良いからだ。
テレジアが見て回らずともトラブルなど起こらない。
獣たちは互いの縄張りを尊重し合っている。
もちろん肉食獣は獲物を狩って食べるが。
それもほっておけば増えすぎる草食動物の数を制限する生態系の営みの中の一つだ。
完成された円による循環がここにはあった。
森はこの一年どこまでも平和だった。
それもこれもずっと広がり続け。
増える獣に対して広大な土地を与えることができ。
さらには豊かな実りを提供し続ける。
そんなヤエの森だから出来ていることだった。
しかし、ここ数日、ヤエは森を広げることをやめていた。
今日ヤエとテレジアの二人が話しているのはそのことに関してだった。




