39、天才ヒナタ
「善悪は、俺の中にある、か……そうだよな」
呟いて。
リチャードは自分の手から視線を上げた。
まっすぐにヤエを見る。
それは信念を持った瞳だった。
「なにか決めたの?」
ヤエはそこに男の決意を見た。
「ああ、ヤエさんにもらったこの力で、俺は同郷のみんなを助けようと思う」
強い言葉だった。
「いいね! おじさん、虫食べたくないって言ってたもんね!」
ヒナタが微笑む。
「具体的にはなにか考えがあるんですか?」
テレジアが実際のプランを問うた。
リチャードは、それにえ? みたいな顔をして、それから少し考えてから答えた。
「……それはまだない」
ノープランだった。
「え? ないんですか!?」
「リチャードさんはまだ力を得たばっかりだから考えなんてないわよ」
「確かにそれはそうですけど……具体的には同郷の皆さんにどうなって欲しいとかあるんですか?」
「それはある! みんな俺みたいに食うものに困らないようにしてやりたい!」
「なるほど……
となると、蟻しか食べるものがない土地を豊かにする必要がありますね。
一番必要なのは水ですかねえ。
その力で井戸でも掘りますか?」
「井戸か! それいいな! テレジアさんありがとう!」
「ああ、急がないでください。
掘って水が出れば良いんですが。
掘った先に水があるかもわかりませんからねえ。
掘っても無駄な可能性もありますよう?
そうなった場合、遠くの川から水を引くとかしなければなりませんよ?」
「そ、そうか。
掘っても水がでないこともあるのか。
でも、あの辺りに川はないから引いてくるのも難しいな」
「ふむ……」
そこから。
テレジアとリチャードはああでもないこうでもないと。
リチャードの故郷を救うための方法論を交わした。
しかし決定的な救済案はなかなか出てこない。
そのまま少しして議論は行き詰まった。
そんな中、二人を黙って見ていたヒナタが一言発した。
「ねえ、リチャードさんのお友達みんなヤエママの森に来たらいいんじゃないの?」
「え?」
ヤエの森を守る身のテレジアにその発想はなかった。
「は?」
自分の村がここからどれだけ遠いか知っているリチャードは非現実的だと考えた。
「ああ、確かにみんな来てもらったら解決するわね。ヒナタ天才!」
ヤエはパンっと手を打った。
その提案が一番簡単だと思えたからだ。
「いや、待ってくれ!
俺の村はここから遠い。
戻るのも命懸けだと思っていたんだ。
全員を連れてここに来るなんて不可能だ」
「そうなんですか? どの辺りです?」
「お、俺の村か?
森が伸びているここら辺とは反対側だ。
こっちは死世界の砂漠の東の方だろう?
俺の村は真逆の方向、西の方角の死世界の砂漠の境界だ。
ここに来るには魔族の領地を越え、人間の領地をいくつも跨いでやってきた。
単身だったから出来たことだ。
村のみんなを連れて移動したら間違いなく人間に止められる」
「西の方、ですか……」
ヤエはすでに視界を拡張して森の西端を見ていた。
確かにこちらの方はまだ森に変えていなかった。
見る限りに砂漠が広がっている。
さらに高く視点を上げる。
すると何かが見えてきた。
「あ、あれかな?」
とおくとおくの方に。
家屋や人影が見える箇所があった。
「え? どういうことだ?」
ヤエの独り言を聞いても、リチャードには状況がわからない。
「リチャードさんの村って真ん中にでっかい土の柱っぽいのがあったりする?」
「あ、ああ、ある。でも、ヤエさんに、なんでわかるんだ?」
「ヤエさんは森ですからねえ。ある程度遠くまで見えるんですよう」
答えないヤエの代わりにテレジアがリチャードに説明する。
「ある程度って……戻るのに俺が死を覚悟した距離だぞ?」
「まあ、ヤエさんですから当然ですねえ」
「まあ、そうか」
ヤエだから。
そう言われてしまうと、リチャードはなんとなく納得してしまう。
なんせ自分の姿はおろか種族すら変えられてしまったのだから。
「ねえ、テレジアさん、そういえばなんでこっちの方に森を広げてなかったんだったけ?」
森の視点と並行で人の視線を走らせているヤエがテレジアに聞いた。
「特に理由はなかったと思いますよう。
そっちに森を伸ばす前に、ヒナタが生まれたから広げるのやめただけじゃないですか?
だからたまたま伸ばしてなかっただけですねえ」
「ん、特に理由がないならよかったわ。
じゃあサッと森にして、リチャードさんの村の人をこっちに転送しちゃうわね」
森として進化したヤエは森の中であれば。
モノでもヒトでも好きな場所に転移させられるようになっている。
「んー、森の管理が少し煩雑になりますけどまあ良いでしょう。
ダメな人間ならメッすればいいだけですからねえ」
「ちょっと! 理解が追いつかない! 少しだけ待ってくれないか!?」
「リチャードさんこそちょっと待っててください。ヤエさん今、作業中なので」
「待てって言われても」
「あ、テレジアさん、大丈夫です。もう終わったんで」
ここまでの会話中にすでにヤエは死世界の砂漠の西側を森へと変えていた。
リチャードの故郷である西端の村も森へと変えており。
さらに村の魔族を狸のしっぽ亭の庭に転移させていた。
「さすがヤエさん、仕事が早いですねえ」
「さ、リチャードさん、外に行きましょう。庭に故郷の方たちがいるんで」
「は? え? はあ?」
「さ、ヒナタも行きますよう」
「はーい! 行ってみよー!」
ヤエを先頭に、テレジア、ヒナタと続いて。
唯一理解の追いつかないリチャードは戸惑いながらも、その背中を追って外へ出るのだった。




