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大森ヤエの異世界転生スローライフ~森に勇者が生えました~  作者: 山門紳士


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33/44

33、墓標と来客

「血……あいつの、血だ……」


 ヒナタと褐色が去ってしばらく経った後。

 日が暮れた頃に色白は褐色と離れた場所に戻ってきていた。

 様子を探りながらおそるおそるその場所に近づいてみれば。

 そこには勇者はおらず、褐色の姿も見えなかった。


 なにか痕跡はないかと探った結果。


 そこに真っ黒く丸いかたまりになった魔族独特の血痕を複数発見した。

 ひとつひとつが赤子の頭部くらいの大きさがあり。

 さっと見る限りでも、それが五個くらい、等間隔で並んでいた。


 まるで褐色の墓標のようだと、色白は思った。

 触れてみる。


 ひどく固い。


 魔力が多く含まれる魔族の血は粘度が高く。

 時間経過によってだんだんと固くなっていって、最終的にはそこそこな硬度になる。

 今触れた血痕の硬度は完全に固まりきった時のそれだった。

 つまり褐色がここを離れてから少なくとも数時間以上、半日程度は経っているということだった。


「この量、俺なら死んでるよな」


 自分よりは頑強そうな褐色だったが。

 自分の常識であればこの量の血液を失ったら死んでいるだろうと色白は考える。

 色白は見た目通り、魔族では虚弱な体質だった。


「あいつ、死んだか……」


 色白はつぶやいてから下唇を噛む。

 つぷん、と唇に血の球ができる。


 色白と褐色はこの森で初めて出会った。


 お互いに魔族の中でも弱い立場にある部族の出身で。

 食うに困って災厄の森での仕事募集に飛びついた身の上だった。


 いかつい見た目のわりに気の良い褐色と出会ってすぐに意気投合した。

 そのままツーマンセルを組んだ。

 色白の少し斜に構える性格と、褐色のおおらかな性格は不思議とマッチした。

 この森の実態を知ってからはのんびりと暮らす良い相棒だった。

 のに。


「なんで……なんで、俺を助けた……なんであそこで……俺は……」


 墓標に拳を打ち付ける。

 ひどく固い。

 それが褐色の強い肉体のようで。

 まるで逃げた自分を罰してくれているようだった。

 それを救いのようにして色白はしばらく墓標を殴り続けた。


 ガン。

 ガン。

 ガン。


 森に無機質な音が響く。


「は、はぁ、はっはっはあ、ぐはっ……はぁはぁはぁ」


 やがて、息を切らした色白は、殴るのをやめて、後ろに倒れ込んだ。

 無心で殴り続けた結果。

 汗だくになって、髪は乱れ濡れそぼり。

 拳は破れて血があふれ固まり、さながらパンチグローブにようになっていた。


 仰向けに倒れ込むと。

 気づけばすでに陽は暮れていた。

 シンとして、美しい景色だった。

 そんな茜さす森の中で、色白はポツリとつぶやく。


「やっぱり……勇者は……」


 つぶやいたっきり。

 その先は言葉にならない。

 でも意思は明白だった。

 言葉にする必要がないから言葉にしなかった。


「よし」


 なにかを決意したようにつぶやいて。

 色白はゆっくりとその身を起こした。

 そしてそのままよろよろと歩き出し、森の出口へと向かったのだった。


 ◇ ◇ ◇


 少し時間を戻す。


 ヒナタが褐色を連れて狸のしっぽ亭に歩き出した頃。

 ヤエは狸のしっぽ亭のカウンターで、ねぼけまなこをこすり。

 ふうと息を吐き出していた。


 それから、あたりを軽く見渡すと、店内は夕焼けに染まっていた。


 どれくらい、テレジアの毛並みの中に顔を埋めていたのだろう。

 気づけば、カウンターに置いたテレジアを枕にしてそこに突っ伏していた。


 状況を見るに、寝てしまっていたのかもしれない。


 枕にされていたテレジアも、今はスウスウと寝息を立てている。

 お互いの温もりを分け合う時間があまりにも幸せすぎて二人して寝てしまったんだろう。

 ヤエはそう判断した。


「さ、夕飯の支度しなくっちゃ。きっとヒナタもお腹をすかしてるわ」


 ひとりごちて。


 ヒナタを探せば。

 そこに娘はいなかった。


 慌てて庭に視線を投げても。

 やっぱりそこにヒナタはいない。


 ヤエはスッと血の気が下がった気がした。


「え? 待って! ヒナタ! どこ!?」


 叫んでも。

 ヒナタが答えることはない。


「ねえ! テレジアさん! 起きて! ヒナタが!」


 慌てて寝ているテレジアを揺り起こす。


「むーん、どうしたんですか、ヤエさん? そんなに慌てて」


 お気楽な狸の寝ぼけ顔。

 可愛いけれど今はそういう場合じゃない。

 ヤエはテレジアの脇に手を差し込んで持ち上げた。

 意外と長いテレジアの胴体がのびーんと伸びる。

 急に持ち上げられて、驚いた尻尾がバタバタと揺れる。


「なんですか、ヤエさん!」


 なんだか異様な事態を察したテレジアが聞く。 


「ヒナタが、ヒナタがいないのよ!」


「え? さっきまで庭にいたじゃないですか?」


 割としっかり寝てしまっていたので、さっきはさっきじゃない。

 そんな思いを口にはせずにヤエは首を大きく左右に振った。


「それがいないの! 私たち寝ちゃってたみたい!」


「え?」


 驚き。


 テレジアが庭に視線を投げる。

 確かにいない。

 テレジアがヤエの手の中から抜け出して。

 店内を走り扉を開けて外へと駆け出した。

 ヤエもそのあとを追った。


「いませんね」


 呟き見つめる夕暮れの庭。

 朱に染まった草が毛足の長い絨毯のようにかすかに揺れているだけ。


「待ってねえ、テレジアさん、どうしよう」


 その態度はすでに焦燥に近しい。


「ヤエさん、落ち着いてください」


 ひどく慌てたヤエを、足元のテレジアがなだめる。

 しかしテレジアとてそれなりに慌てているのだからそれもあまり意味をなさない。


「落ち着けないわ! 娘が、ヒナタがいなくなったのよ! どうしよう? 警察?」


 慌てすぎて前世の対応方法を口走り始めたヤエ。


 それを見たテレジアはフンっと鼻息を吐き出して。

 ヤエの足元を伝い。

 背中を駆け上り。

 その首に巻きついて。

 耳元に問いかける。


「だから、落ち着いてくださいって。この森に警察はいませんよう」


「じゃあ、どうしたらいいの? ねえ、誰に聞いたらいいの?」


 首元を暖めるテレジアの毛並みに手をあてて、問う言葉は涙まじりだった。

 ヤエは問う、誰に聞いたら良いのか。

 そしてその言葉に、テレジアはなにか気づいたような顔をして口を開いた。


「ねえ、ヤエさん、ここはどこですか?」


「狸のしっぽ亭よ……森の中の……」


 ヒナタの行方とは無関係な問いだが、焦燥を通りこして半ば呆然としたヤエは素直に答える。


「はい、そうです。じゃあ、この場合の森とはすなわち誰ですか?」


「?……私、だけど?」


 テレジアの諭すような声音と質問に。

 あれ? みたいな表情で、こちらもなにかに気づきそうになるヤエ。


「そう、ヤエさんですよ。

 ここはヤエさんそのものなんです。

 そこでお忘れかと思いますが。

 ヤエさんはこの森の中ならどこでも誰でも一瞬で探しだせるんですよう?」


「そ、そうね」


 ヤエもテレジアの言わんとしていることをすでに理解している。


「ところでなんですが……森の中、見ました?」


 テレジアの指摘に、ヤエは顔を覆った。

 ここは森で、森は自分で、自分の中をまったく探していない事実に。

 明確に気付かされてしまったから。


「んー……見てないわ」


 失敗に気づき、顔を覆った指の隙間から恥ずかしそうな声が漏れ聞こえる。


「じゃ、まず、見ましょっか?」


「ん、そうね……」


 ヤエは顔から手をはずし、うなずいて。


 オフにしていた森の視点を全域に広げた。


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