34、災厄にだってなれる
ヤエが自分の中を探し始めて、すぐにヒナタは見つかった。
「いたわ」
「良かったですねえ。どこにいます?」
視界を森にさいているヤエの横顔にテレジアの鼻がむにっと当たる。
「ここは……近いわ。こっちに向かってる。でもあんまり良くないかも。テレジアさんも見て」
そう言って、ヤエはテレジアに森の視点を共有した。
「いましたね……
ってああ、確かにこれは良くないかもしれません。
ヒナタを拐うとか殺すとか言ってた魔族の一人じゃないですか」
「やっぱりそうよね? なんでヒナタが魔族を連れてこっちに向かってるのかしら?」
ヤエにもテレジアにもこの褐色の肌の魔族に見覚えがあった。
「それは神にも狸にもわかりませんねえ。魔族を連れてこないようにヒナタを止めます?」
「連れてきちゃダメって言ってヒナタが聞くと思う?」
苦笑いでヤエはテレジアを見ると、鏡写しのようにテレジアも同じ顔をしていた。
「いやあ、無理ですねえ、あのフンスフンスした顔のヒナタは本当に頑固なんですよう」
「そうよねえ」
森と狸は揃って肩をすくめる。
「まあ、連れてきてから、拾った場所に返してきなさいでいいんじゃないですか?」
「ふふ、犬猫じゃないんだから」
「神から見たら似たようなもんですよう。それにしても初めての客が魔族になるとは予想外ですねえ」
「って、確かにお客!
そうよね!
これが狸のしっぽ亭の初めてのお客さんになるのよね!
え待って! なんの準備もしてないんだけど?」
テレジアの冗談みたいな本気の話に若干戸惑っていたヤエが今度は変な所で慌て出した。
「そこらへんは招かれざる客じゃないことを確認してからで良いんじゃないですかねえ。悪い子だったら私がメッして終わりなんで」
身もふたもないことを言う。
「そっか。悪い人じゃないと良いわねえ。ちょっとお客さんに来てもらいたかったから」
テレジアの冷静な言葉にヤエも少し落ち着きを取り戻した。
「さ、そろそろここに着きそうですし、庭までヒナタを迎えにいきましょうか?」
「そうね」
ヤエとテレジアがワタワタしている間にも。
ヒナタと魔族はこちらに向かっていて、距離としたらもうすぐ着く頃合い。
二人はテラスから庭へと向かい、そのまま待っていると。
ヒナタと褐色魔族はすぐに姿を現した。
ヒナタは立ち並ぶ二人のママを見て顔をしかめた。
今までバレていなかった無断外出がバレた上。
それがよりにもよって魔族を連れて帰って傷の手当てをしようと思っていた今とは。
あまりにタイミングが悪すぎる。
いなくなった自分を心配していたのは、二人の表情を見れば一目瞭然だった。
「ヒナタ!」
まずはテレジアが口火を切った。
森の王たる狸の咆哮に、ヒナタの肩が無意識にすくむ。
基本的にヒナタを叱るのはテレジアの役割になっている。
しかし普段怒られることは少なく。
基本的には聞き分けの良いヒナタは怒られなれていなかった。
本格的に怒られたのは、剣を捨てろと言われた時以来だっただろうか。
「……ごめんなさい」
森の入り口で足を止め、顔をうつむけて、ヒナタは謝る。
実際、自分が悪いことをしていたという自覚はある。
それが楽しかった。
剣を捨てろと言われた時みたいな理不尽さは感じない。
だから素直に謝れる。
ヒナタの反省した姿が意外だったのか。
テレジアは強く叱る気はなくなってしまった。
テコテコと歩いて、ヒナタの前まで進み、ヒナタに座るようにうながした。
ヒナタは素直にそれに従って地面にペタンと座る。
テレジアはヒナタの膝の上に前脚をかけて、鼻先をヒナタの顔に近づけた。
「その様子だと、悪いことをしたのはわかってるみたいですねえ」
「ん」
ヒナタはちいさくうなずいた。
「じゃあなんでその悪いことをしたのですか?」
「……楽しかったの」
うつむきながら答える。
「森の散歩が、ですか? 森の中なら私と一緒に毎日散歩してるじゃないですか」
「んーひとりがよかったの……」
「一人ですか? そんなに変わりますか?」
「うん、変わるよ……
自分の足で歩くとね。
森の中全部がヤエママだってわかるんだよ。
木も草も苔も土もね、ぜんぶヤエママなんだよ!
すごくない!?」
話すうちにひとりで歩く森の情景を思い出したヒナタの言葉は興奮で弾んだ。
「それが楽しい?」
聞いてはいるがテレジアもその感覚は知っている。
「そうだよ! 普段のヤエママのギューも好きだけど、森の中にいるとそれがずっと続くんだよ! 楽しいよーテレママだってそれが楽しいから毎日森に行くんでしょう?」
そしてその事実をヒナタも知っている。
「え……私は森の王だから行ってるんですよう? 仕事です仕事。労働なのですよう」
「うそだよー。いつもろーどーは悪だって言ってるよ。テレママはろーどー絶対しないよ」
必死でごまかすがヒナタには通じない。
「…………嘘じゃないですよう。私は働き者ですから」
そう言う元働き者、現怠惰狸なテレジアの鼻はピスピスと鳴っている。
もちろん労働っていうのは嘘で、森が好きだから毎日行っているだけだ。
事実を突きつけられて。
ヒナタを叱っていたはずのテレジアはすっかりとヒナタにやり込められていた。
そんな二人を無言で見つめていたヤエ。
おもむろに二人に近づいて、横から二人を丸ごと抱きしめた。
二人のやりとりがあまりにも嬉しくて。
テレジアがヒナタを叱り終えるのを待とうと思ったが我慢ができなくなってしまった。
抱きしめられたテレジアもヒナタも、一瞬驚いた顔をしたが。
すぐにそれがヤエだと理解してその腕に身を預けた。
森そのものであるヤエの包容力がその腕から伝わってくる。
「ヤーママ」
ヒナタは嬉しすぎて赤ちゃん返りしている。
「ヤエさん」
テレジアも嬉しそうに鼻先をヤエの腕に擦り寄せる。
「ふふ、二人とも私のギューが好きなのね。
言ってくれればいつでもするわよ。
なんのためにスローライフしてると思ってるのよ」
ヤエはそう言い、二人を抱き寄せて、思いきり頬を擦り寄せる。
「ヤエママのぎゅう、ヒナタ好きだよ」
「そうですねえ、とっても落ち着きます」
テレジアとヒナタは嬉しそうに目を細めた。
「私も二人が大好き。
だからね、二人ともいなくならないで。
ヒナタがいないことに気づいた時は、ママ死ぬかと思ったわ」
「ほんと!?」
「ええ、ほんとですよう。ヤエさん慌てすぎて森の中見るのも忘れて、ヒナタがいないヒナタがいないって、騒いでたんですからねえ」
ヒナタに自分のヤエ大好きぶりをバラされたので。
テレジアもヤエのヒナタ大好きぶりをバラそうという魂胆だった。
「テレジアさん! それバラさないでよ!」
「むふ、良いじゃないですか。ヤエさんがそれだけヒナタを愛しているって証拠ですよう」
「ヤエママ、そうなの?」
慌てるヤエを見て、無邪気な顔で笑うヒナタが問いかける。
ヤエはそれに対して無言でヒナタの頭を優しく撫でる。
それから表情を幸せな笑みから真面目な顔へと変えて静かにうなずいた。
「ええ、そうよ。ママはヒナタが大好き。ヒナタの敵なら世界だって滅ぼせるわ。だから、黙っていなくならないでね。森の中ならひとりで出かけても良いから」
真っ直ぐにヒナタの目を見つめて放つその言葉。
本気の言葉だった。
積極的に世界の災厄となる気はないが、この娘のためならばそれにすらなれると、今日の行方不明事件でわかった。
「うん! わかった!」
そんなヤエの心情をヒナタは理解していないだろう。満面の笑みで答える。
「わかれば良いのですよう。それにしてもお腹がすきましたねえ」
横からそう言ったテレジアのお腹がタイミングよく、ぐうと鳴った。
「そうね! もうすぐ夕飯の時間だったわ! さ、帰ってご飯の支度をしましょうか」
「ヤエママ! ヒナタ、ハンバーグ食べたいよ!」
「良いですねえ、じゃあさっさと家に戻りましょう」
問題を解決して、仲直りをした三人は立ち上がり、狸のしっぽ亭に向かって歩き始める。
森、狸、勇者、全員の種族は違えど、その後ろ姿は間違いなく家族だった。




