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大森ヤエの異世界転生スローライフ~森に勇者が生えました~  作者: 山門紳士


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32/39

32、お嬢さんおやめなさい

 何もないなんて信じられない。


 そんな顔をしているヒナタを見て。

 褐色はこの子供が心底幸せに育てられているのだろうなと感じた。


 確かにこの森で生まれ育てばそうなるだろうとも思った。


 あまりにこの森が凄すぎて。

 妬ましいという感情すらわかない。


「ああ、そうだな。この森に来てからはなんでもある。ここはすげえな」


 自分が育ってきた環境とは真逆のこの森に。

 褐色は素直に感謝していた。


「へへー、でしょう? ヤエママはすごいんだよー」


 自慢げなヒナタのぷっくりした頬が赤く染まって愛らしい。


「ヤエママってのか、この森は?

 ほんとにすげえな。

 俺はよ、ここに来て初めて生きてるってことを実感したんだよ。

 それと同時によ、ここから出たらって考えたらよ。

 すげえ怖くなったんだ。嬢ちゃん、わかるか?」


 褐色は上を向いて、柔らかい木漏れ日と、木々のざわめきに目を細める。

 また元の世界に帰って以前と変わらない生活が送れるとは全く思えない。


「んー、ヒナタわかんないかなー」


 外の世界を知らないヒナタには褐色のその気持ちはわからない。


 ヒナタにとってはこの森が全てだった。


「だろ? それが生きてるってのと、生かされてるってのの違いだ」


「えー、それもヒナタよくわかんないよ。おじさんの言うことは難しいよ」


「ま、そりゃそうだろ。嬢ちゃんがママから離れて、初めて知ることだからな」


 褐色は少しだけ自慢げに言って肩をすくめた。


「……なんか、おじさん、ヒナタをだましてない?」


 ヒナタはなんだかうまく言いくるめられている気がした。

 たまにテレジアがヒナタからおかずを取ろうとする時にこういう言い方をする。


 むう、と疑いの視線を褐色に向ける。


「いや、いやいや、だましてねえよ。

 信じてくれよ。

 話を戻すとよ、俺らはただここで生きてえだけなんだよ。

 獣も野菜も果物も食える分だけとって食って。

 寝たくなったら木の葉を布団にして寝る。

 最高じゃねえか。

 この最高を捨ててまで、俺らは嬢ちゃんをどうこうしようって気はねえんだ」


 疑いの視線を向けるヒナタの態度にあわてて褐色は話を元の話題に戻した。

 ヒナタもこの森が最高だっていう意見には同意だから渋々と納得する。


「んー……わかったよー。おじさんが悪い人じゃないってのは信じる……ってあれ? おじさん、それどうしたの?」


 ヒナタはそう言って、褐色の脚を指差した。


 立膝をついた褐色の右脚のふくらはぎからダラダラと黒い液体が流れている。


「おお、こりゃすげえ血だなー」


 自分の怪我なのにまるで他人事のように褐色が言う。

 そもそも自分の怪我を幼児のヒナタに指摘されてから気づくというのがおかしい。


「それ、血なの? ヒナタのと違うね」


「ああ、魔族ってのは血液に魔力が混ざっててな、それが人族との違いで、寿命の長さや力の強さの原因になってるらしいぜ。ほれ、見てみ」


 自分のふくらはぎから人差し指で血をすくってヒナタに見せる。

 粘度の高い黒い液体がヒナタの前に差し出され。


「すごーい」


 ヒナタは思わず感心してしまった。


「……って違うよー」


 ヒナタはあわてて訂正した。血が凄いって話をしているわけじゃない。


「違うか?」


 今度は褐色がヒナタの言っていることがわからない。


「うん、違う! そんな怪我したら治さなきゃダメだよ!」


「いや、ほっときゃ治るぜ?」


 実際、褐色の種族は再生力も高い。

 血が多く流れるのはその血が肉の再生を促しているからだった。


 でもヒナタにそんなことはわからない。


 ヒナタが血を出したら、ヤエもテレジアも慌てる。

 だから血が出るっていうのは危ないことなんだと思っている。


「ダメ!

 ヒナタのせいで怪我したんだから!

 ぜったい治してあげる!

 とりあえずママのところへ行こう!」


「え? いや、ママって、森の王だろ? 無理、無理無理」


 いきなり森の王への謁見を提案されて褐色は慌てて断った。


「いいから! ヒナタの言うこと聞かないとダメ! テレママにメッされるんだよ」


 あまりな暴論。


「いや、怪我の治療を拒否したら滅されるってどういうことだ……って、んふっ、まあいいか、わかった。嬢ちゃんの言う通りにするよ」


 暴論に反論してみたが。

 大真面目に可愛い幼児がフンッと言っている状況に褐色は思わず笑ってしまった。

 そして、いくら断ってもこれは無理だろうと判断し、諦めることにした。


「それがいいよ! あと、ヒナタは嬢ちゃんじゃなくてヒナタだからね!」


「おう、じゃあ世話になるぜ、ヒナタちゃん」


 二人は狸のしっぽ亭に歩き出す。


 ヒナタは色白の行方を追うことをすっかりと忘れていた。


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