31、魔族さんの言うことにゃ
一足で魔族の目の前に到達したヒナタは。
「ねえ、おじさんたちは悪い人?」
ニコニコと笑って問いかける。
「は? え? ガキ? いつの間に?」
色白魔族は戸惑い。
「まずい、逃げるぞ」
褐色魔族は瞬時に状況を理解した。
いきなり三歳の幼児が目の前に現れたのだから、色白魔族の反応が普通だろう。
しかし褐色は違った。
さすがに厳しい環境で生き残っただけあって状況判断とその対応が素早い。
さっきの勇者がやってきたのだと断定し。
即座に固まったままの色白魔族の首根っこを掴むと。
褐色魔族はヒナタと距離を取ろうと駆け出した。
チラリと後方を見れば不気味な幼児は追ってくる気配はなかった。
そのままある程度距離ができるまで駆けてから。
さらに速度を上げるために視線を前に戻す。
「な!?」
そこには背後に置いてきたはずの幼児が立っていた。
褐色魔族にとってはホラーだ。
森の中に置いてきたはずの幼児が視線の先に立っている。
思わず背筋が震えるが、それには負けずに脚に急ブレーキをかける。
その時の慣性の力を利用して色白魔族を推定勇者の後方へと投げ飛ばした。
「逃げろ! こいつさっきの勇者だ!」
同時に褐色魔族は叫んだ。
さすがに走っているうちに色白魔族も状況を理解したらしく。
急に投げられたというのにうまいこと太い木の枝に着地した。
空を舞っている時に聞こえた褐色魔族の言葉。
逃げろ。
勇者。
それに従って枝の上で逃げるべきか逃げないべきか。
少し逡巡した結果、色白魔族はそのまま森の中へと姿を消した。
しかしヒナタはチラリともそちらを見ない。
大体気配察知で位置はわかっているから。
今は褐色魔族に真っ直ぐに向かい、再度問いかける。
「ねえって、おじさんたち、ヒナタに悪いことをする人?」
ヒナタは無垢な表情で褐色を見る。
「……いや、違う」
褐色魔族は棒立ちのまま、自分の膝下くらいしかない幼児に向かって、首を横に振る。
「えー? でもヒナタをさらうとか言ってたよ?」
「確かにそういう命令を受けてはいるが、俺たちはすでにその命令を放棄している」
聞かれていたのか、と。
褐色魔族は内心驚くが表情を変えずに答える。
「じゃー森で何してるの?」
「……生かされている」
ヒナタの問いに少し迷って褐色魔族が答えた。
「生かされる? んー? 生きてるってこと? なら、ヒナタも生きてるよ。一緒だね」
その答えはヒナタにとって予想外だったが、なんとなくシンプルな答えが気に入った。
「いや、嬢ちゃんとは違う」
褐色魔族は大きく頭を振った。
「なにが違うのー?」
違うと言われてちょっと不満げなヒナタ。
「嬢ちゃんは生きてるんだろうが、俺たちは生かされているだけだ」
褐色魔族は地面に膝をついて視線を下げて、極力ヒナタに目線を合わせながら言った。
「どういうこと? ヒナタよくわかんない。なにか違うの?」
しかしヒナタにはわからない。
「ああ、嬢ちゃんは自分のしたいことをしたいようにできてるだろ?」
「えーそんなことないよ?
テレママがね、これはダメ、あれはダメって。
すぐ言ってくるから!
ヒナタ、やりたいことだけじゃないよ?
ニンジンさんも食べないとダメだし」
日々、ヒナタは苦労し、成長している。
テレママの言うことにはやりたくないこともいっぱいだ。
ヒナタはそう思っている。
褐色魔族はヒナタの言葉に同意するように大きくうなずいてから。
諭すような声でヒナタに語りかける。
「そうか、嬢ちゃんも大変なんだな。でもニンジンを食べられるだけいいじゃねえか。俺が生まれた所じゃ、虫以外食うものがないんだぜ」
「虫さん? ヒナタ、虫さんも好きだよ。ちょうちょさんが特に好きなんだー。でも食べたいとは思わないなー。おじさん虫が好きなの?」
無邪気な問い。
虫を食べるという発想も。
虫を食べざるを得ないという環境も。
ヒナタには存在しない。
「いや、嫌いだ。だいっ嫌いだな。ここに来て、さらに嫌いだって思い知った」
「じゃあなんでー?」
「それ以外食うものがねえからだ。食うものだけじゃねえ、着るものだって、住むとこだって、満足なもんなんて一つもねえんだ。俺の人生の中ではな……」
褐色魔族の語尾が小さくすぼんでいく。
大きな体が小さくなったように見えて、ヒナタは少し可哀想に感じた。
「そうなの? 大変だったんだ? でもこの森はそうじゃないよ。大丈夫だよ」
大変だなとは思っても。
可哀想だなと思っても。
ヒナタには褐色魔族の言っていることの実際の様子は想像がつかなかった。
生まれた時から森にいて。
ヤエがいて。
テレジアがいる。
お腹が空いたらご飯があって。
眠たくなったらベッドがある。
寒ければ暖かくしてもらって。
暑ければ涼しくしてもらう。
ヒナタにはなんでもあった。
それが普通だった。その逆なんて知らない。
何もない。
それは想像が出来なかった。
ヒナタにとって初めて知る世界だった。




