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大森ヤエの異世界転生スローライフ~森に勇者が生えました~  作者: 山門紳士


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29/37

29、災厄と勇者

 二人の魔族が森に消えるのを見届けてから。

 ヤエは森の視界をオフにした。


 そしてそのまま狸のしっぽ亭のカウンターに突っ伏す。


 あまりに知らない情報が多すぎて呆然とした結果だった。

 カウンターに伏せながら。

 森のことをテレジアに任せて何も見ていなかったことを後悔していると。

 横から少し湿った鼻がピスピスと音を立てながらヤエの耳をくすぐってくる。


 それはさっきまで視界共有で同じ映像を見ていたテレジアの鼻だった。


「どう思います? 災厄の森さん?」


 からかうような声音。

 さっき初めて聞いた災厄の森という呼称にハッと顔を上げ、目を開き、テレジアを見た。


「待って、テレジアさん! 災厄の森ってなんなの!? 怖過ぎない?」


 ヤエ的にはこの世界の脅威にならないためにある程度貢献してきたつもりだ。

 それなのに災厄呼ばわりとはまったくの予想外だった。


「ふふふ、ヤエさんの待ってを聞いたのは随分と久しぶりな気がしますねえ」


 テレジアはそんなヤエの質問に答えず。

 のんきに笑っている。


「え、そう? そうだっけ?」


 そんなのんびり空気にヤエもつられる。


「そうですよう。最近は災厄の森としての貫禄が出てきて落ち着いてましたからねえ」


 そこからまたテレジアが話題をまぜっかえした。


「だからテレジアさん! 災厄の森ってなんなの? テレジアさん知ってた?」


「ええ、知ってましたよう。魔族の間で、ここはそう呼ばれているみたいです」


「うそよー! なんでそんな物騒なの!? うそって言ってー」


「うーん、それなら自分のステータス見てみればいいんじゃないですか? これが単なる魔族の嘘で、世界の認識でなければステータスにはのってないはずですから」


 ヤエはその言葉にステータス?

 みたいな顔をした後、急に思い出したように答える。


「あー! ステータス! あったわね! そう言われるとそうね。絶対のってないわよ。そうか、ステータスかあ、たしかに久々だし見てみるわ。えっと……ステータスオープン!」


 久しぶりに開いたヤエのステータス画面は色々とごちゃついていた。


 新規部分にはNEWの文字がついており、その数はおびただしい。

 どれだけヤエが自分のステータスを確認していなかったかを。

 その数が物語っている。


「うわなんかいっぱい知らない情報があるわよ」


「こまめに確認しないからですよう」


「えーだって、静かに生活する分にはそういうのいらなくない? だから見てなかったんだけど……ぉ、おお、なんかいっぱい過ぎてどこになにがあるかわからないわ。ねえテレジアさん、その災厄の森ってのはどこを見たらのってるかってわかる? 絶対ないと思うけど」


「そうですねえ。あるとしたら称号の項目ですかねえ」


「ありがとう。うーん、称号、称号っと……えーっと……えっと……んー、あー」


 それきり絶句したヤエはものすごく嫌な顔をしている。


 なにを言わずともその表情が語る。

 称号部分にある災厄の森という言葉。

 それが妙に豪華なフォントで鎮座している事実を。


 やけに自慢げなNEWの文字がヤエには余計腹立たしい。


「その顔を見ると有ったんですねえ?」


 お察し顔のテレジア。

 ヤエはそこへ憤慨して返す。


「待って! なんで私が災厄なの? なにか悪いことした?」


「してるっちゃあ、してるんですかねえ?」


「え? 原因まで知ってるのテレジアさん!?」


「ええ勿論、私は狸で女神ですからねえ」


 なぜか自慢げに鼻を鳴らすテレジア。かわいい。


「教えて、テレジアさん!」


 神に祈るようなヤエの姿に、狸テレジアはまた満足げに鼻を鳴らす。かわいい。


「いいでしょういいでしょう。教えましょう」


 実は前に魔族の話が出た時から気になっていたテレジアは森の巡回中に積極的に魔族の情報を集めていて、さっき見た魔族たちの話で大体の事情は把握できていた。


 怠惰な狸ながら、実に有能な女神なのだった。かわいい。


「ありがとう! さすが美狸女神ね!」


 そんなことをまったく知らないヤエの賛辞に気を良くしたテレジアは、ふんふんと鼻を鳴らしながら、自分の知っている情報を開示する。


 ヤエが人間の世界だと思って森で侵食していたのはほぼ魔族の領地だったこと。


 突然住んでいた場所が森に変わったことに驚いた魔族たちは、慌てて領地を放棄して逃げ出したこと。


 それらが棄民となって問題となっていること。


 それに加えて森に人間の勇者が生まれたことを世界に周知されたこと。

 そしてその事実は魔族にとってさらに致命的なダメージになること。

 それを防ぐために魔族の皇子とやらがヒナタを探すために魔族を森に送り込んでいるけれど、現状の魔族は全員あんな感じなので危険性は低いこと。


 諸々語って聞かせた。

 話が一段落して、ヤエは驚きと共に呟いた。


「なんで勇者が……」


 ここでいったん言葉を切り。


 ヒナタを気にするように、チラリと背後の窓から庭を見る。


 どうやら剣の鍛錬に集中しているようでこちらを気にしている様子はない。

 これなら室内にいる自分たちの会話は聞こえないだろうと、ヤエは判断して話を続けた。


「なんでヒナタの誕生が、魔族にとって致命的なダメージになるの?」


 自分が災厄と認識されていることよりもそれが気になってしまった。


「いい質問です、ヤエさん。魔族と勇者は因縁の関係なのです。まず勇者というのは世界を災厄から救うために定期的に人間に現れる救世主です。これはいいですか?」


「ええ、それがヒナタでしょう?」


 ヒナタが勇者だということは認識できても。

 自分が災厄だとはまだ言えないヤエだった。


「はい、そうです。そこまでは人間にも魔族にも、勇者は等しくありがたい存在です」


「そうね。じゃあなんで魔族にとって勇者が因縁の相手になるの?」


「災厄から世界を救った人間の勇者はどうなりますか?」


 テレジアの問いにヤエは首を傾げながら、前世で読んだ物語の中の勇者の行く末を思い出す。

 大体どの物語も同じ。


「幸せに暮らしましたとさ、めでたしめでたし、じゃないの?」


「それは物語の中だけですねえ。この世界ではそうはいきません。まず人間とは力も魔力も弱い種族です。反対に魔族は力も魔力も強い種族です。ですが、この世界では実権も領地もその多くを人間が握っています。なぜでしょうか?」


「なぜって……なんでだろう? それに勇者が関係してる……」


 言葉を止めて。


 もう一度、振り返ってヒナタを見る。

 思い至っていることはあるが、かわいい娘のことだと考えると言葉にはならない。


「そうです。お察しの通り、時の勇者が人間の為政者に従って魔族を滅するからです」


 女神はその点、容赦がない。事実を淡々と告げる。


「そうなのね……」


「ええ、だから魔族にとって勇者は必要であり、かつ忌むべき存在なのです」


「ヒナタも、そうなるのかしら?」


 テレジアは一瞬言葉に詰まる。


「……わかりません。今回の勇者と災厄の関係は私が聞いた話とは全く違います。全てはヤエさん次第じゃないですか?」


「まーそーよねー。私はそんなことに関わらずにずっとスローライフがいいんだけどねー」


「ならそうしましょう。ずっと言ってますが、すべてはヤエさんの自由なのです」


 それはいつも通りの優しい言葉だった。


「ありがとう、テレジアさん」


 隣にスッと寄り添ってくれるテレジアの毛並みをゆっくりと撫でながら。

 すっかりと冷めてしまったコーヒーを啜った。


 温度が下がって少し酸味と甘みがたっている。


 ふう、と息を吐いた。


「ま、そんなに焦らなくても大丈夫ですよう」


 目を細めながらテレジアが言う。


「そうね」


 それに答えるように呟いて、カップを皿に置く。カチャカチャと音が鳴った。


 ヤエはそのまま無言でテレジアを持ち上げて抱きしめると、その毛並みの中に顔を埋めた。

 テレジアもされるがまま。


 二人の間にしばらくゆっくりと時間が流れる。


 だからだろうか。


 さっきまで庭で一心不乱に剣を振っていたヒナタの姿が見えなくなっていることに。

 二人はまったく気づかなかった。


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