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大森ヤエの異世界転生スローライフ~森に勇者が生えました~  作者: 山門紳士


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28/36

28、ある日、森の中

 シンセカイの森の中。

 二人の魔族がポツンと立っている。


「ちくしょう! なんなんだこの災厄の森ってのはよ!」


 その内の一人、色白な肌と目の下のクマと三白眼が特徴的な男がいきなり叫んだ。

 急な大声にびっくりしたように隣の男が色白を見る。


「おお、いきなりなんだ、どうしたんだよ?」


 隣は筋骨隆々とした褐色の男。

 驚きを誤魔化すように、頭のツノを軽くさすりながら半笑いで。

 いきなり叫びだした相棒に問いかける。


「は? お前は感じんのか?」


 その態度にカチンと来たのか、色白の男は褐色に食ってかかった。


「なにをだ?」


「この森の理不尽さをだ!」


「理不尽? ここが?」


「ああ! そうだ!」


「どこがだ? 俺にはさっぱりわからんぞ」


 褐色は軽く肩をすくめて首を横に振った。


「じゃあ言うぞ!

 この森じゃ木の実も果実もほぼ無限に獲れる。

 なんなら野菜も普通に収穫できる。

 肉だってどんな獣も選びたい放題だ!

 気候も安定してほぼ常春じゃねえか!

 雨も定期的に降る。その雨ですら慈雨にしか感じねえ!

 なんだこれは! なんだここは!

 すげえ! すげえよ! どこが災厄の森だよ!」


「いやあ……べったぼめじゃねえかよ」


「ああ! 褒めるさ! その上、食う以上に獲ったら死ぬ以外のルールもない! なにしてたっていいんだぜ? なんだここは! 楽園か!?」


「おお、間違いねえ。楽園だ。んで? 楽園のどこが理不尽だって?」


「全部! 全部だよ!」


「はー? 意味わっかんねえなー。ちゃんと言えよ」


「お前にだって家族がいるだろうが」


「おお、いるな」


「家族はどんな暮らしをしてる!」


 色白の言葉に褐色の顔が曇る。

 少し固まってからゆっくりと口を開いた。


「……虫を食ってる」


 それを恥じていて、他人に言いたくなかっただろうことを表情が物語っている。


「は? まじで? 虫、食ってんの?」


 色白は半信半疑だった。

 褐色の言葉はさっきからずっとキレ散らかしている自分への意趣返しかと疑うような信じられない言葉だったからだ。


「……おお、俺の村は死世界の砂漠の近くでよ。

 雨も降らねえ、川もねえ、草も生えねえ、動物は寄り付かねえ。

 住んでんのは俺の村の奴らと拳くらいあるでっけえ蟻くらいだ。

 俺らはその蟻を主食にしてる。

 俺はここに来てそれが異常だと知った。

 虫以外の食い物もな。悪いか?」


 その言葉に嘘はなく。

 褐色の人生で生まれてこの方、虫が主食だっただろうことが不思議と納得できるものだった。


「いや……すまん、悪くない。俺が悪かった。だがよく虫だけ食っててその図体で生きられてるな」


 色白は褐色の盛り上がった逞しい筋肉を指でさした。


 謝りながらも同時に色白は素直に感心している。

 褐色の恵まれた体格はとてもではないけれどを虫だけで維持できるとは思えない。


「俺らの種族は魔族の中でも一等頑丈だからな。ちょっとのことじゃ死なねえ」


 褐色は指さされた胸筋を軽く撫でてそう言った。

 死なないからこそ苦労をしている。でもこの体があるから生きていられる。


 複雑な話だった。


「そうか。だったらお前にもこの災厄の森の理不尽がわかるだろ」


 色白は話を最初に戻す。


 しかしどんなに言われてもやはり褐色には色白の理論はわからない。


「いやわからん。

 災厄なんてどこにもなかった。

 ここに来るまでは名前だけを聞いて、どれだけ過酷なのかとビビっていたが。

 ……ここは楽園だ。

 なんの苦労もなく命をつなげる。

 あまりに穏やかな生活過ぎて、たまに自分が生きてるのか死んでるのかわからなくなる。

 それくらいには楽園だ。

 天国といってもいいぜ」


 褐色はここに来て初めて自分の住んでいるところが地獄だと知った。

 だからここが本当に幸福な場所だと思っている。


「それだよ! なんで俺らの世界は貧困と飢餓と辛苦に満ちているのに! この森だけはこんなに安らかなんだ!?」


「それは……知らねえよ」


 とは言いながら、この言葉だけは褐色にも色白の言っていることがわかった。

 理不尽とは言わないが不公平だとは思う。


「これが理不尽と言わずしてなんと言う!? なあ教えてくれよ」


「だから知らねえよ。

 ここが嫌だったら出てけよ。

 ここの外で見張ってるヤツが命令違反したお前を天国に連れてってくれるぜ。

 それが嫌なら任務をさっさと終わればいいじゃねえか。

 魔皇子様からある程度のまとまった金がもらえるだろうが」


「勇者のガキを拐えって? できなきゃ殺せって?」


 これがこの二人をはじめとした魔族がこの森に来ている理由だ。


 魔族の皇子がこのために複数の魔人をこの森に派遣している。

 魔族の中にも種族や生まれ育った場所によって格差が存在し。

 ここに派遣されているのはみな一様に貧困者ばかりだった。


 魔皇子は弱者救済だと宣っているらしいが、言ってしまえば捨て駒だ。


 なんせここを知らない魔族にとっては災厄の森なのだから。


「そうだな。勇者のガキを拐うか殺すか。それが俺らがここに来た目的だろ?」


「やだよ。んなことしたらここから出ていかなきゃいけねえじゃないか。金がもらえるったってここよりいい生活にはならねえだろうが」


「おめえはこの森が、気に入らねえのか、大好きなのか、どっちなんだよ」


「わかんねえ、わかんねえよ。

 俺の家族だってよ。

 お前の家族ほどじゃねえけど苦しんでんだよ。

 前回の勇者に滅ぼされた都市の跡地で細々暮らしてんだ。

 今だってやっすい仕事でその日暮らしだ。

 それが俺はどうだ?

 ガキを探すフリをして、この森でなんの苦労もなく生きてる!

 理不尽だろうが。

 これが理不尽じゃなかったらなにが理不尽だ!」


 つまり、森の理不尽に憤っているのではなく、自分だけ幸福なことに憤っている。


「はー。言ってることはわかったけどよ。そりゃあおめえが理不尽なだけだ」


「わかってるよ。んなこたあ」


「多分よう、ここに来た魔族はみんな似たり寄ったりそう思ってんじゃねえか?」


「かもな。出会う奴ら出会う奴ら全員幸せな顔してよ。ガキを探す気なんてねえんだよ」


「まあそうだろうな。ここにいる奴らはみんな食い詰め者ばっかだからな」


 勇者を探して拐うなんてことをしなくても、ここで生きていけるとわかったのならわざわざこの森に敵対するリスクを負う気はないだろう。


 はじめの頃に馬鹿正直に森に敵対して死んだ魔族も何人か知っている。

 色白も褐色もこの森の優しさと厳しさの両方が身に染みている。


「あーキレ散らかしたら腹減ったな」


 どうやら色白は思い切り気持ちを吐き出してスッキリしたらしく。

 両手を上げてぐうっと身体を伸ばしてからそう言った。


「ずいぶんと手前勝手なことを言うぜ」


 どうやら色白のストレス発散に付き合わされただけだと気づいた褐色は呆れ顔だった。


「ま、べっつにいいだろ? ここでは俺らは自由だ」


「まあな。こないだあっちにすげえうまい赤い果実見つけたんだ、食いに行こうぜ」


「おういいな」


 二人の魔族はお互いの肩を叩き合って森の奥へ消えていった。


 そこにヤエの目と耳があったことは知らずに。


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